#9-6 弾かれた手
数分でたどり着くとその入り口には泣きそうな海美ちゃんが部屋の中を案じるように立っている。俺に気がつくとこっちに駆け寄ってきた。
「海美ちゃん、どういうこと」
「通りがかったらゆ、優也と的戸さんの声がここから聞こえて、そ、それ、それで」
海美ちゃんが扉を指差す。その指はカタカタと震えていた。肩に手を置いて落ち着かせる。
「海美ちゃん。大丈夫。落ち着いて」
「と、びら。ここに来たら優也の叫び声が、すっごく苦しそうな声がして。でも入れなくて。優也が死んじゃうと思って。龍斗さん、呼んで」
「うん。うん。わかったよ。ありがとう。大丈夫だからね」
的戸か。
昔一度本気で怒ったはずなんだがな。優也の人体実験を同意もなく本人の苦痛なんて考えずにやりやがった時にもういっそ壊して仕舞えばよかったかな、こんな実験室。
ここでやってるってことは優也の熱が関係した実験だろう。通常実験室じゃ優也の、フレイムの熱に耐えられないから。裏を返せば通常の実験室じゃできないようなことをここで隠れてやってるわけだ。
ドアノブに手をかけると動かない。鍵がかかってる。隣の扉のドアノブを捻る。こっちは開いてる。この部屋は確か大規模実験室を上から監視する部屋だったはずだ。丁度いい。
ガチャとドアを開けると目の前に上へと登る階段が続く。暗いが俺にとっては問題ない。鉄の階段をカンカンカンッと駆け上がる。
登り切るとそこは大規模特別実験室を上から覗く形の部屋。斜め下向きに大規模特別実験室とは分厚いガラスで阻まれている。
「優也……!?」
下を見下ろせば無機質な石造りの部屋。そこにはちゃちな椅子に座り机に突っ伏して肩で息をしている優也の姿。顔が、いや腕も真っ赤だ。右腕には手枷がつけられ長い鎖が床に繋がれている。よく見ると左腕、関節の上あたりに、
「血……」
シリンジを何本か無理やり刺した跡だ。
優也の目の前には的戸が座っている。足を偉そうに組み机の上に乗せられたトレーに入っているシリンジを眺めて何やら不満げだ。
「フレイムく〜ん。生きてる?」
「はっはぁっ……ゲホッ!!うっ、ぁ」
「ん〜なになに?どうしたの。もうやめる?」
「だぃ、はっはっはっ……じょうぶ、です!」
「あぁもうほんと、君は優秀だ。君と出会えたことが僕の研究人生の中で1番の幸福だよ」
「うっ……ぐ、ぁ……あぁぁああ」
「痛いねぇつらいねぇもう止めようか?ねぇ?」
「やめ……るわけ……ああああぁぁああっ!?」
胸を抑え苦しみ叫び、椅子から転げ落ちる優也に、的戸は耐えられないと言わんばかりに破顔し大きく笑いながら近づいてしゃがむ。自分の頬に手を当てて恍惚とした表情だ。
カンカンカンっと後ろから階段を上がってくる音がする。海美ちゃんだ。俺のあとを追ってきたんだろう。
「ねぇフレイムくん。僕ちんは君に出会う前から色んな動物実験をしてきた。でも当たり前だけどラットばかりで、あの子達はすぐ死んじゃうんだ」
「はっ、はっ……ぅうう……!」
「でも君はどう?こんなにやばいことしても死なない逃げない!話せるし、おまけに人間よろしく感情なんて持ってるから面白くってたまらないよ!」
的戸のせせら笑う声。優也が苦しみもがき、右腕につけられている手錠とそれにつながる鎖がガシャンガシャンと打ち付ける派手な音。
苦しげな息がガラスを超えて響いてくる。海美ちゃんがその様子を見て絶句し、俺の方を向いた。
「龍斗さ──」
我慢の限界だった。
分厚いガラスを力任せに蹴る。一度じゃヒビも入らないけど、化け物の力を舐めない方がいい。数度本気で蹴ればガシャンッッ!と大きな音を立てて割れ、そこから下に飛び降りる。
「うわ!?龍斗!?なんで!!」
「お前と話すことはない」
「ちょちょちょ、保護者の登場は聞いてないよ〜フレイムく〜ん」
的戸は倒れる優也を盾にするように隠れる。
「一応言っとくけどちゃんとフレイムくんの同意はあるよ?何なら彼から申し出があったんだから」
「聞こえなかったか?お前と話すことはない」
じゃり、とガラスを踏み締め倒れる優也の上半身を起こす。熱い。まるで燃えているみたいな体温だ。額には大量の汗をかいている。
的戸はちぇっとつぶやいて座っていた椅子に戻り、トレーの中にあるシリンジを手に取ってクルクルと回し始めた。
「優也、聞こえるか?」
「はっはっはっ……っあ......?............りゅうとさゲホッゲホッ」
「大丈夫だ。ゆっくり息を吐け」
過呼吸か?息をなるべくゆっくり吐かせないと。熱い背中を摩る。
全く、何してんだ。思い詰めるにしたってもう少し──
バシッ
「……は?」




