#8-3 君の心の中で
見えなくたって、確かにそこにあるから
入った近くのフードコートのようなところは混んでいて、注文こそできるが食べるのは外のテラス席だ。日差しを避けるためのパラソルもあるし、まぁいいか。
適当にメニューを選んで受け取り案内されたテラス席へ運ぶ。
「あ、私飲み物頼み忘れちゃった!ちょっと頼んでくる!」
「結構並んでるでしょ。座ってな?俺買ってくるから」
「んーん、大丈夫。私メニュー見たいし。龍斗さんは優也見てて!」
「そう、いってらっしゃい〜」
海美は先ほどまで並んでいた列の方、店の入り口の方へと戻っていく。気温が高い上に日差しも強い。水分はしっかり取らないと。
マスコットキャラクターが描かれたかわいげなトレーに乗せられている冷たい汗をかいたドリンクを手に取り口に含む。とりあえず人気そうだからと注文したマンゴードリンクの甘味、スパークリングの弾ける清涼感と共に喉が潤っていく。
「優也、ハイチーズ」
「え?」
驚いて龍斗さんの方を見た瞬間、貸し出されたスマホが龍斗さんの手でカシャリと音を鳴らす。写真撮られた?なんで俺の?と眉を寄せていると龍斗さんがごめんごめんと笑った。
「海美ちゃんが写真いっぱい撮りたいって言ったからさ、色々撮っておこうと思って」
「俺1人の写真とか需要あります?」
「いやいや、どこに需要があるもんかわかったもんじゃないぜ」
「いや海美になければないでしょ」
まーまー大人しく撮られとけって!そう笑う龍斗さんにいささか不審感を覚えつつ、答えをはぐらかす龍斗さんにハイチーズって死語になりつつあるらしいですよ、と一回刺しておいてから話題は海美に移る。
「でもまぁ、今日は海美が楽しめれば何よりですよ」
「え?なになに?なんかやけに優しいな?」
「準備の段階から1人で色々動いていたじゃないですか。なら当日は思いっきり楽しんでほしいだけですよ。俺は楽しませる役」
「えぇ?優也だって散々楽しんでじゃん」
「えっ、ど、どこがですか」
こちとら色んなとこ連れ回されてんだぞ?すごい楽しそうな海美を見て止めるに止められなかったのは事実だけどさ!そう眉を顰めているとふふっと龍斗さんが明るく笑う。
「まぁ最初のは確かにしんどそうだったけど、その後落ち着いたアトラクションの時はすげぇ楽しそうだったよ」
「俺がですか?」
「そう。自分で気付かなかった?」
そんな楽しそうになんてしてたかな。分からない。いつも訓練だ任務だで楽しいって思うのはドラマ鑑賞ぐらい。いや、それも楽しいとはちょっと違うか。小さいころの記憶はずっと研究所だから外で遊ぶのなんて人生で片手に収まるぐらい。
難しい顔の俺を龍斗さんはまた笑った。
「自分の知らない一面にびっくりした?」
「俺は特……化け物だから、楽しいだなんて」
「体はバケモンでも、心までそうなる必要はないだろ?」
「……」
「心ぐらい人間でいてもいいんだ。嬉しい、楽しい、幸せだって思ったってバチは当たらない」
「……わからない、です」
手元のジュースをギリギリ溢れないところまで傾ける。カラカラと氷同士がぶつかって音を立てる。ポタリと結露した水滴が指を伝ってテーブルに垂れる。
「俺、あの事件の日からずっとよくわからないんです。楽しいとか嬉しいとか、幸せとか」
「うん?」
事件の前はどんなふうに笑っていたっけ?
「そもそも俺、小学校すら行ったことないんです。前に話したことあるかもしれないんですけど」
「あぁ。知ってる」
「だから歳の近い人と遊ぶことなくて。研究所にずっといたし。研究所の人が遊んでくれるのも、人見知りだったしずっと一緒に遊ぶわけでもなかったし」
そもそも俺って、笑ってたんだっけ?
「何かを無くしたみたいですけど、初めから持っていなかったような気もして……ってすみません。変なこと言って」
ふいに周りの楽しそうな声が耳に入る。高校生集団の次に行くアトラクション選び。親と手を繋いで笑っている子供のはしゃぎ声。パークの従業員までも、客を呼び入れる声は明るく軽く楽しげだ。
そんな中で、自分だけこんな重くて暗い話をしているのが気恥ずかしくなってきた。誤魔化すように紙コップに口をつける。
隣に座る男はそんな様子を見て目を丸くした後、少しだけ悲しそうな顔をして、すぐに仕方なく笑った。
「あはは、優也にしちゃ珍しいな。じゃ、俺も珍しく真面目に返すと」
頭をくしゃっと撫でる龍斗さんの手。振り払う気にはならず、ゴツゴツとして俺よりも一回り大きなその手はいつもと同じ温かさだった。
「俺は、優也は全部持ってると思うよ」
「え……」
「もしわからなくてもいつかは気付ける。もう優也の心の中に、無くしたものも欲しいものも全部あるってな」
ニッと明るく笑う龍斗さん。
「俺……は、」
笑って泣いて、普通の人みたいになれるのかな?
「…………」
喉の奥に残るマンゴーの甘みが、妙に記憶に焼きついた。
「ま、今日をみっちりたっぷり楽しめばきっとちょっとは分かるよ。全力で楽しむぞ!」
「……海美が楽しめればそれで良いです」
「あれあれ?優也はやたら海美ちゃんに過保護だよな?どうした?あ、やっぱそういう……!?」
こそっと胸でハートマークを作る龍斗さん。先日の勘違いトライアングルを思い出して眉間に皺がよる。
「やめてください次は死人が出ますよ」
「ふふふっ、いやいや冗談。でも過保護は事実だろ」
「アンタがそれ言います?」
「俺には譲れないもんがあるんでね。優也がそこまで優しくなるのもなんか理由があんのかなーってさ」
『大人は子供を守るもの』……そう言う誰かさんの背中を見てきたから、なんて言ったら調子乗りそうだから。
「別にないですよ。初めて年下がSCRでできて、距離感が掴めてないだけです」
事実だ。基本的にSCRはその職員や隊員、研究員や開発者の腕が基準となってスカウトされてくる。その性質のせいか集まる年齢も俺を下回ることは今までになかった。海美が初めてだ。
あと
「それと、」
「それと?」
「その」
「そのぉ?」
「妹がいたらこんな感じだったのかなって、ちょっと思ったぐらいで───」
「妹?」




