#20-29 寝てていいよ
「よ、狛坂。久しぶり」
「龍斗さん、久しぶりですね」
同日同時刻────都内某病院、特別病室にて
部屋に顔をのぞかせたのは狛坂だった。ペコリ頭を下げて手に持った花束を、狛華ちゃんと海美ちゃんが一緒に花瓶に移してくれている。
今日でちょうど最終任務のあの日から1年。SCRの隊員たちが優也にむけて贈ってくれた花束らしい。そえられたメッセージカードには懐かしい名前がたくさん載っていた。よかったなぁ、優也。お前のこと心配してくれてるやつがこんなにいるぞ。
狛坂は優也の方を見て、そっと寂しそうな笑みを浮かべていた。近くの椅子を寄せて、座るように促し、俺はその隣に座る。
「もう1年、経ったんですね」
「あぁ。あれから色々変わったよな。コトラ事件の真相とか」
「あぁ、アレ。正直僕もそこまで出すんだってびっくりしちゃいました。白夜長官なら、まぁやりかねないとは思いますけどね」
「なぁ」
この1年で、コトラ事件の初期対応の遅れや警察の主張、偏向報道の実際などをLIVE配信で赤裸々に語られた。よくあそこまでやったもんだ。逆になんか尊敬だわ。
コトラ事件の真犯人はもちろん孤虎教授じゃない。別の研究室の助教を務めていた女だった。孤虎教授が国から賞をもらい、自分よりも優秀であることを酷く憎んだそうな。
ことの発端はそれだけ。本当に些細なことに突っかかって、勝手に恨んで勝手にねたんだ愚かな研究者の末路があの事件だったというわけだ。
それをマスコミが面白がって広めると思いきや、各局の謝罪から始まった。当時の不適切な報道について、多分何も知らなさそうな若いアナウンサーが謝っていたのが印象に残っている。
ま、なにがともあれ、孤虎利人教授の汚名が晴らされたのに間違いはない。
「でも意外だったな。また偏向報道でもされるのかと」
「そこはまぁ、信じてみようとなりまして」
「記者を?」
「面白い記者がいたんです。彼ならきっと真実を捻じ曲げず、正しく広めてくれんじゃないかって」
「世の中まだ捨てたもんじゃないってことか。期待だね」
「えぇ」
ふと、狛坂が点いたまま消音モードになっているテレビを不思議そうに見つめている。
「これ、来た時もついてましたけど、ずっとつけているんですか?」
「あぁ。俺がいる時は基本的につけてるよ」
「俺がいる時って言いますけど、聞きましたよ。龍斗さん、毎日来てるって話じゃないですか。海美ちゃんは受験勉強の合間に来ているって」
「あぁ。まぁ、暇だし」
「……」
俺の所属はSCRの特殊戦闘部に籍を置いたままだ。元々の経歴を見た各所の研究所から声はかかっているけれど、はっきりしない返事を続けている。
もう少しだけ、もう少しだけここに。もしかしたら今日優也が目を覚ますかもしれないし。
そうやっていたら、いつの間にか1年が経っていた。
こんな俺を見たら、優也は「何しているんですか」とかなんとか言ってきそうだけど。
「……テレビはいい暇つぶしになりますね」
「あぁ、本当に。……そういやさぁ」
ふと頭によぎった、優也の姿。あいつもテレビが好きだった。
でもそれは、本当は。
近くのリモコンを手でいじる。暗い視線に、気が付かれないように。
「優也がよく夜更かしてたの知ってる?ドラマハマってずっと見てたやつ」
「聞いてますよ。最近のおすすめドラマとか話してくれた時もあって」
「それそれ。じゃあ、何でドラマにハマったか知ってる?」
「ううん……小さなころからSCR本部にいましたし、娯楽がろくになかったからですかね」
「俺も初めはそう思ってた。でも違う。順番が逆なんだよ」
「順番?」
狛坂は首をかしげる。こんな知ったような口聞いているけど、俺も別に本人に聞いた話じゃない。でも多分そうなんじゃないかって思って。
リモコンをいじる。手先の震えに気が付かれないように。
「ドラマにハマったから夜更かしし始めたんじゃない。夜眠れなくて仕方なく起きてドラマを観始めたからハマったんだ」
「!………」
「俺も気づいたのは1年前。優也が目を覚まさなくなった時だよ、情けない。優也はずっと、殺してきた特異生物……元人間の特異生物に対して罪悪感があって眠れなかったんじゃないかってさ」
「…………」
「アイツの優しさの前提には常に自己犠牲がある。たとえ誰に憎まれようと罪の意識に苛まれようと、変異させられ苦しむ本人を救うために殺す。それに加えて孤虎教授のこともあった。心穏やかな夜なんて来るはずがない」
「そうですよね。俺たちが思う何倍にも優也君はずっと苦しんでいた。止められるわけじゃないですけど、ただ見てることしかできなかった」
「きっとあの10年でゆっくり寝れた日なんてほとんどない。なら、ゆっくり眠れるようになった今、起こしたくねぇなって」
「…………」
優也の頭をなでる。包帯が外れて、特徴的な髪の毛のハネが露になっている。
ずっと穏やかに眠れてなかったんだろ。誰にも言っていないんだろうけど、いつもいつも朝すごく眠そうにしていたのは、朝が弱いんじゃなくて夜の寝不足からきてたんじゃないか?なぁ。
気づけなくてごめん。朝寝ぼけた顔してるの見て、仕方ないやつだなぁなんて笑っていてごめん。
心の中で繰り返す。いつも通り、返事は返ってこなかった。
でもそれでいい。寝てていいよ。
「無理に起きなくていい。ずっと……寝たいだけ寝てていいぞって思ってさ」
「………龍斗さん」
眠れていなかったちょうど10年分、ずっと寝ててもいい。俺は、お前の隣から離れる気はないから。
もう一人にさせる気はないから。だから、安心して休んでいて。
狛坂の視線は俺の手元に注がれている。あぁ、隠しきれねぇや。11年も付き合ってたら、お互いの考えることなんてバレバレだ。
重い空気を取り払うように、明るく笑って見せる。
「っはーーごめん!辛気臭い話したな。少しだけおセンチになったわ!らしくねぇ」
「龍斗さん、龍斗さんは、平気ですか。眠れてないんじゃ……」
心配そうに俺の顔色を窺っている。あぁ、隈ができてんのバレたかな。うまく化粧で隠したと思ったんだけど、歳かなぁ。
「へーきへーき、とは言いづらいけど。でも、優也のこと思えばなんてこと無い」
「そんな……そんなこと無いです……!龍斗さんは優也くんに起きて欲しく無いんですか?毎日お見舞いに来てずっと優也くんのそばにいて、1年前からずっと起きるのを待ってるじゃないですか!そんな、そんな──!」
「しっ」
「!」
人刺し指をたてて狛坂を制する。
「あんまり大きい声だと優也が起きる。寝かしてやってくれ」
「っ!……」
「……はは、俺は気にすんな。伊達に年重ねてねぇから。こんな夜更かし余裕だよ」
何か言いたげな表情は次第に諦めに移り変わっていった。でもごめんな、俺はもう、優也には寝ていてほしくなっちゃってさ。
左目が眼帯で隠れてしまっているが、それでも優也の寝顔は随分穏やかだ。1年前から回復は少しずつ進んで、今じゃ生命維持にもあまり手間がかからなくなった。まぁ、基本的な世話は俺がまだやってるけど。
これでいい。いいんだ、これで。
ピ、ピ、ピ、としばらく心臓の音だけが響く病室。
その静寂を破るようにガラガラガラッと扉が開かれた。




