#20-28 花が枯れても
「あーあ。振袖姿、見てほしかったなぁ」
最終任務から1年後──2月某日、都内某病院特別棟にて
廊下の途中にある水道。花瓶の中の古い水を捨てて、新しい綺麗な水を注いでいく。
隣には結菜さんが花を丁寧に切り揃えていた。花束は元SCRの人たちからの贈り物。最終任務からちょうど1年だからかな。SCRが縮小して、色々なところにバラバラになったみんなが、まだ目覚めない優也のためにと贈ってくれたものだ。メッセージカードには早く目を覚ましてほしい、という旨が並んでいる。
「そうですよね。でも写真はたくさんとってあるので、大丈夫!」
「ありがと!……はぁ、もう1年かぁ。本当にあっという間だね」
「えぇ。ほんとに」
「狛華さんはこれからどうするの?」
最終任務から1年間、生き残りのオルガーもいないし、ザセルの細胞の反応もみられない。それでSCRは縮小を続けて、解体され始めている。多分特殊戦闘部と司令部の一部は有事のためにずっと残されるんだろうけどね。
私はまだ特殊戦闘部の所属だ。でもこの春からは晴れて大学生。鮫島家とは縁を切って一人暮らしをしている。
なかなか大変だった。いや、なかなかどころじゃなく本当に本当に本当に大変だった。でもなんとか鮫島家を────お父さんを振り切って、SCRにも龍斗さんにも色々匿ってもらいながらやっと縁を切ることができたなぁ。
お父さんに直接何かされたわけじゃないけど、お姉ちゃんをあんな追い詰めていた家にいたくないし。私は私の生きたい道にいきたいの!
話を戻すと、SCRのみんなは色々なところに勤めたり、或いは元の場所に戻ったりと様々らしい。そういえば、結奈さんはどこにいくんだろう。
切った花を丁寧にまとめながら、結奈さんはふわりと微笑む。
「私は研究所で解析系のお仕事をいただいたので、そこで働こうと思います」
「日本?」
「いえ、シンガポールでして」
「シンガポール!?」
「時差は日本とそこまでないので、気楽に連絡してくださいね」
「え、あ、うん。す、すごいなぁ……」
「そんなそんな。狛坂さんは司令部に残って有事に備えるみたいですが、掛け持ちで国際防衛機関の隊員にもなるそうで」
「こ……!?」
「そこでも司令部オペレーターらしいですよ、ふふ」
内緒ですからね、と笑った結菜さんに表情筋が固まった。こ、国際防衛機関って何??や、やっぱSCRにいた人たちってすごい人なんだ……?
みんなすごいや。それぞれの道を進み始めている。11年前に止まった時計が、動き出したみたいな。
そこまで考えて、花瓶を置く。
「……優也」
優也だけだよ、止まってるの。
シャーっと流れていく水は細長い花瓶の中に注がれていった。それを見つめて、1人俯く。しけた顔に気づいたのか、結奈さんが持っていた花束を置いて、私の背中を撫でた。
「海美ちゃん、大丈夫?」
「……」
「海美ちゃん……」
「優也の時間だけ、ずっと止まってるの」
「……」
「優也は事件から10年、苦しい辛い痛い思いをたくさんして来た。酷い言葉もたくさん、たくさん聞いて苦しんでた」
知っている。優也がずっと苦しんでいたこと。
戦いはもちろん、それで傷つけるしかなかった人にも心を痛めていた。オルガーが人の形をとっている場合、人を素体にしている可能性が高い。それを仕方なかったとは言わずに、真っ向から殺人と捉えて、亡くなった人を悼んでいた。
どれだけ悩んだんだろう。でもそれを表に出さず、いつもリーダーとして頼もしくて、いつも私のことを引っ張ってくれていた。まだまだ子供だった私を導いてくれた。
どれだけ苦しかっただろう。自分の細胞のせいで、多くの人が犠牲になったと聞いた時。
どれだけ辛かっただろう。私たちを守るために独りを選んだ、あの夜は。
「そんな世界もう起きたくないって思ったって不思議じゃない、じゃん」
「……」
「少なくとも私ならそう思う。思っちゃう」
いつのまにか花瓶に注ぐ水は溢れてしまった。急いで蛇口を止めて、必要な分だけ残してあとは流す。
動じるな。だめだ。揺れるな。優也はもっと辛かったんだから。私が弱音なんて。
1年前からずっと、心の中で唱えた言葉。
「……それは、優也さんと龍斗さんが待っていてもですか?」
「!」
「海美ちゃんは、2人が待っていても眠ってしまうんですか?」
「……それは、それ…は……」
そうやって押し固めた瘡蓋に、ヒビが入る。
ヒビから漏れ出た血が涙になって、目から溢れる。
結菜さんが背中から手を回して、肩に手を置く。肩の震えは収まってはくれないけれど、少し温かくなった。
「そんなことないって思いたいよ。でも、ずっと起きないんだもん。もう、嫌になったちゃったのかなって」
「うん」
「私たちに会いたくなくて、起きないんじゃないかって、思っちゃって」
「うん」
相槌を打ちながら、少し背中を押されて近くにあった椅子に誘導される。その隣で狛華さんは背中を撫でて、嗚咽の止まらない私を落ち着けようとしてくれた。
時間を置いて、嗚咽が少し落ち着いたころ。お茶を淹れてきてくれた結菜さんにお礼を言ってお茶を飲む。温かいそれに少し冷えていた指先が温まった。
「ごめんなさい。取り乱しちゃった」
「ううん、頼ってくれてうれしいよ」
「えへへ。……優也にも、頼りっきりだったなぁ。嫌われちゃったりして?」
「優也さんはそんな人には思えません。推しメガネを外しても同じことです。きっと、今すぐにでも起きてくれますよ」
「……そう、かな」
「私も伊達に優也さんのこと、見ていませんから。オタク1号を舐めないでください!」
「ふふふっ!……そうだよ、そうだよね!」
頭をブンブンと横に振る。そうだ、そうだよ。私が優也のこと信じなくてどうするの!生きてる限り、負けはない!
「ごめんね結菜さん!私らしくなかった!」
「それでこそ、シャークガール、ですね」
「うん。あ、花瓶もってこないと」
「あぁ、それなら端によけておいたのでこっちに……」
花瓶に花を挿す。流石は結菜さん、花を選ぶセンスが良い。赤をメインにした花束を赤を主役のままに、横には色とりどりの花が囲んでいる。まるで、ずっと優也のことを思う人たちみたいに。
でも、時がくれば花は枯れてしまう。
「……ううん、違うよね」
結菜さんも聞こえないぐらいに小さく小さく呟いた。
花は枯れちゃうかもしれないけど、私は例えこの花が枯れようと、ずっと待ち続けるから。




