#20-27 生かされた者のできる贖罪
「……聞こえませんでしたか」
「ん?」
岸谷は少し伏せていた顔を上げる。ちょうど、私に正面になるように。
その顔を見て、目を見開いた。
「もし彼らが普通の生活に戻るなら、データの一切を破棄します。僕が真実を広めれば、きっと彼らの普通と呼ばれる日常はおびやかされてしまうから。けれど、もし戻れないなら」
私の視線の先にあるのは真実を追う貪欲な瞳。
その奥には澄んだ夜空のような純粋さと美しさがあった。
「僕は彼らのために、真実を広めます。正しく。彼らの身に何が起きたのか。彼らが何を思って生きていたのか。そのすべてを」
「何故」
「僕たちが彼らのことを忘れないため」
「……」
「僕たち人類のために、命を尽くした人たちがいた。僕たちはその事実を……痛みを、想いを、願いを、そのすべての真実を知って生きないといけない。それが、」
岸谷はふっと顔をほころばせる。
「生かされた者のできる、唯一の贖罪でしょう」
隣でぎゅっと布の擦れる音がした。視線だけ沿わせれば、狛坂がズボンを強く掴んで目を伏せている。
閉じた目に映っている姿は、おそらく私と同じだろう。
生かされた者のできる贖罪。それは、生かしてくれたその者の人生を知ることと言いたいのか。
奴らの、奴の、痛みを、想いを、そのすべてを。
再び見上げれば、岸谷は凪いだ表情で私を見つめていた。いきりたって怒鳴り散らかすことも、泣いて媚びるような真似もしない。ただ静かに答えを待っていた。
全てを話すつもりは毛頭ない。隠してきたのはこの世界の平穏のため。それは、奴らの願う未来でもあるのだ。それをわざわざ壊すことはしない。
けれど、この記者なら、きっと。
気まずそうにトントンとマイクをつつき、司会者が顔色をうかがう声色で声をかけた。
「あのーーーーー……お時間が……」
「……すまない。では、回答する」
「はい」
「お前の言うことはすべてがでたらめだ。証拠もないのによくそこまで言えたものだ。その度胸だけは評価してやる」
「……」
「私たちはお前の言うSCRではない。それに、当該隊員も特異生物ではないし、多くはその後平穏に暮らしている」
「……」
「だが」
「!」
「隊員が一名、重篤な負傷をしてあの日から昏睡状態だ。その回復を私たちは待ち望んでいる」
「っ!!」
「ちょ、ちょうか、」
司会が慌てている。それだけではとどまらず、記者席にいた者たちもざわめきメモを取り始めている。あぁ、よかったな。今日一日ずっと白紙だったメモに特ダネが載って。
隣で狛坂が何かをこらえるような表情を見せた。きっと、奴の酷い姿を思いだしたのだろう。
椅子の足を蹴って、喝を入れる。
泣くな。今、私たちがここで折れるな。
己にも喝を入れるように、奥歯を嚙み締めた。
「それは……」
「すでに危険な状態は脱しているが、意識が回復しない。いつ回復するかは不明」
「特異生物だから、ですか」
「…………しかし、私たちは────」
真実を求めるその目に、私からの応えだ。
「────私は、必ず目を覚ますと信じている」
「っ!!」
「“お前の広める真実はない”。理解したならば、ここを出ていけ」
「!……はい。わかりました」
警備員に連れられてその場を後にする。納得した表情。あの記者ならば大丈夫だろう。きっと。
少しだけ、信じてもいいのかもしれない。アイツのような記者がいるメディアならば。
気が乗った。
「それと!」
「!」
「次の記者会見ではコトラ事件について報告がある。今度は正規の手段をもってここに来い」
「えっ……!?」
「……ふふっ」
目を白黒と点滅させ、魚のように口をパクパクと開閉させるバカどもの反対で、狛坂が耐えられなくなったように小さく笑った。異論があるのかと目で聞けば、軽く横に首を振る。
「それとSCRとかいう組織の略称。もう一度言ってみろ」
「え、あえっと、Special mutant Cells organic Rangersです」
「センスがない」
「えぇっ!?」
眼玉が飛び出しそうなぐらい見開いて、その場で飛び上がった。……こいつ、こんなにバカっぽかったか?さっきまでの貪欲な追及者はどこへ行ったのか。そう呆れていると狛坂が隣で吹き出していた。うるさいぞ。
「Special」 mutant Cells organic Rangers、か。まぁ確かに「特別」ではあるが、特異生物の成り立ちから考えれば違うことは分かっただろうに。センスが足りていない。惜しかったな。
特異生物とは、特定変異細胞生物の略称だ。「特別」ではなく、「特定」の意味を持つ。
「特異生物に特異生物をもって対抗する組織。もしそんなものがあれば、その名は」
息を深く吸い込む。岸谷の顔が期待で満ちて輝いたように見えた
「“Specific” mutant Cells organic Rangers。通称SCR……だろうな」
皮肉気に笑えば、岸谷は屈託のない笑顔でそうですか、と残して、その場を去った。




