#20-21 聞こえない音、外れた枷
部屋の中は私の部屋とは比にならない機械でいっぱいになっていた。流れ出てきた部屋の中の冷気が足元を冷やす。龍斗さんが自分に羽織っていたカーディガンを私の肩にかけてくれた。ありがとう、と感情の乗り切らない声が漏れる。
意識は目の前に集中してしまっていた。
「優也」
「……」
機械につながれて、体のほとんどが包帯を巻かれて何本もチューブがつなげられている。頭は顔が見えないぐらい機械や包帯が覆ってしまっていて、貫かれた左目にはガーゼが幾重にも重なっている。肌は色をうかがうこともできなかった。腕の包帯の隙間から青黒くなった打撲痕と膿んだ切り傷がいくつも見える。
難しいことはわからないけど、体温の表示っぽいところには43℃と表示されていた。
シュー、シューという気体の抜ける音。ピ、ピと一定のリズムを刻み続けるメトロノーム。
生きている、というより“生かされている”という方が正しい。
龍斗さんは顔を大きく歪めながら、小さく呟いた。
「優也、は……いつからこの状態なんですか」
「3か月前はもっとひどかったよ。敵の攻撃が眼窩を貫通したとき、ばい菌が脳に入り込んだみたいでね。全身でそれはもう酷い炎症を起こしたんだ。それにこの子は薬も効きづらくてね。お前たちに会う前に死んでしまうんじゃないかと、何度も苦悩したよ」
「ありがとう、ございます」
「けれどここまでもった。すごい子だよ本当に。優也はそれほどまでに、アンタたちに会いたいと願っているのかもしれない」
「……」
ゆっくりと近づいて、優也の肩に触れる。あったかい、優也の体温だ。
龍斗さんは私の隣でしゃがんで優也の手を握り、軽く両手で包み込む。上下に揺らしても反応はなかった。
3ヶ月前からずっとこんな状態のままなんて。なんで、
「なーんで逃げなかったのかなぁ……」
「……」
「動けるならさ、1人で逃げれば……」
「……ほんとバカだよバカ優也。1人で戦うとかさ、約束とちがうだろ」
龍斗さんが自嘲するように、ははっと笑った。
「違うな。約束破りは俺たちの方か。……ごめんな。優也」
「そうだね。最後まで一緒って言ったのに、1人にさせてごめん。ごめんね。優也。だから、だからさ、」
ベッドのシーツを軽くクシャッとつかむ。
お願い、届いて私の声。
「またバカ!って怒ってよ。ごめんなさいってして仲直りしたら、一緒にご飯食べようよ。ほら、鍋で鶏白湯一緒に作ろうって言ったじゃん。」
「………」
「もう戦わなくていいんだよ。縛られることなんて何もないよ。どこにだって行けるよ。そうだな、ねぇどこがいい?また遊園地?映画館?水族館もいいよね。そうだ、みんなでまた花火見ようって言ったじゃん。ねぇ、ねぇ……」
ボロボロと次々に涙が溢れてしまう。ズズッと鼻をすすって、肩はふるふると震えてしまった。いつもうるさいぐらいのはずの声は、情けなく弱々しい。
「お願い、起きてよ」
答えは返ってこない。私の嗚咽だけが機械音の隙間で響く。
いつもなら、いつもならここできっと、何言ってんだよって呆れて笑って頭を撫でてくれるのに。私が夜眠れなくて不安そうな顔してたら、優しく笑って甘いホットミルク入れて、眠るまで一緒にお話してくれるのに。
君の優しい音が聞こえないよ。
龍斗さんが優也の手を強く握る。
「……なぁ、起きろよ。寝すぎだぞ」
返事は返ってこない。
「俺たちの未来を守ろうとしたんだろ。お前のしそうなことなんてわかるよ。それなら、お前がいないと成り立たないだろ。俺たちの望む未来には、優也もいないと」
少しずつ声が上擦っていく。
「なぁ、優也がいないと寂しい。隣で喧しく騒いで怒って笑っていつもの調子でさ!ほら。だから起きろよ。なぁ……」
返事は返ってこない。
「相棒」
返事は返ってこない。
ピッピッピと規則的な機械音が静かな病室でだだ雄弁だった。
溢れた涙がシーツを濡らしていく。体が震えた。寒さじゃなくて、何もできない自分が許せなかった。
傍にいてあげたかった。こんな怪我をして、こんな状態になってしまったのも悲しい。けれど君をあの夜、独りにしてしまったままなのが、どうしても許せなかった。
「あぁ、来たかい」
「!」「!」
「柏木先生、悪いな」
「いいや。ここなら話しやすいだろう」
「白夜長官……?」
扉の向こうから現れたのは白夜長官だった。羽織る重そうなジャケットにつけた勲章が揺れる。
なんで突然ここに?まさかお見舞いにきたの?という私の疑問を顔から感じ取ったのか、淡々と告げた。
「私は約束を果たしに来ただけだ」
「約束……?」
「そこで寝ているやつとの約束だ。最終任務の直前に、面倒なことを」
「え……」
カツカツと靴音を鳴らして近づいてくる。え、何、何かしちゃったっけ。
涙を腕で簡単にぬぐって立ち上がり、思い当たる節を洗い出す。何かしたかな。あ、この2か月ここでの生活とか?それとも……
「左腕をだせ」
「え」
「いいから」
「は、はい……」
言われるがまま左手を差し出す。最終任務から変わりのない手だ。いつも通りミューシスが付けられている。ミューシスはバイタルのリアルタイム確認のためで、そして特異生物である私たちの緊急安全装置のためにずっとつけている。
それを見ると、長官は胸ポケットから小さなカードキーを取り出す。それを私のミューシスにかざすと、ミューシスの表面のインジケーターが赤く光り、ピーと音が鳴って緑に変わる。そして、
ガチャ
「え」
「お前も左手を出せ。外してやる」
「なっ……」
龍斗さんのミューシスも同じ操作をして同じように外れる。こんな風に外れるんだ。いつもは鎮静中にミューシスを外してメンテナンスとかするから、外れるところを実際に見るのは初めてだ。
手首にはミューシスのせいで日焼けの跡が残っている。え、これ、外しちゃっていいの?
「いいんですか。ザセルが死のうと俺たちが特異生物であることに変わりはないじゃないですか」




