#20-20 不安がいっぱい、君に会いたい
「話は、まだある」
そういって先生は持っていたカバンの中から何かを取り出す。あ、これレントゲン的なやつ?
「これを見ろ、と言ってもわからないとは思うが。ここに注目してくれ」
「ここは……脳みそ?」
「脳がどうしたんですか」
「これは、脳に変質が生じている。脳機能を確認したら、脳が完全に機能を停止していることが分かった」
「……え?」
「いわゆる脳死の状態だ。医学的には、これ以上の回復は見込めない」
え?
「のう、し」
「……」
「脳死って、回復は…………え、治るんだよね?えっと……はは、よくわからないけどさ」
「残念だが、現在の医学では脳死の人間を救うことはできない。力及ばず、申し訳ない」
静かに椅子から立ち上がり、深々と柏木先生が頭を下げる。それ以上何も言わなかった。
現在の医学では、脳死の人間を救うことはできない?力及ばず?
え、違うよね。違う、違う違う違う……
回復が見込めない?そんな病気あるの?なんで、なんで?
頭が混乱してうまく言葉が出てこない。言いたいことも、聞きたいこともたくさんあるはずなのに。舌が麻痺しちゃったみたいに何も言葉が出てこない。
なんで?
龍斗さんがモニターに映る優也の姿に目をやりながら、ぽつりとつぶやく。
「熱のせいですか?」
「……」
「俺たちを守るために、無理して戦って再熱して、それで?」
「……ポイントγで発見した直後の体温は37℃だった。それが再熱したことで脳タンパクに変質が生じた可能性はある。が、それが全てではない。もとより最終任務で無茶をしすぎなんだ。あの子も、お前たちも」
「……」
「……」
「なけなしの希望の話もさせてくれ。脳死というのは通常、どれだけの医療を尽くしても、心臓の脈動を無制限に維持するなんてことはできない。だが、優也は今この近くの部屋で穏やかに息をして眠っている。なぜか心臓は動いたままなんだ。こればっかりは特異生物特有の性質だろうから、どういうことか私にもわからない」
「……」
「……」
「そのため、できる限りをつくそうと、この冷えた空間で熱をできる限り下げて管理している。少しずつ平熱も落ちてきたから、もう少し落ちたらあんた達の近くの部屋に移すことはできるよ。もちろん、少しずつ慣れさせていく過程は必要だがね」
「……」
「……」
柏木先生の話は右から左へと流れていく。聞いているはずなのに、全く話が入ってこない。
脳死って。それ、死んじゃったってことと同じだって聞いたことある。人工心臓とかつかっても、いつかは亡くなっちゃうって。
そんなことって。
体がしびれて動かない。何か、言いたいのに。私の頭が、現実を拒否している。
私の代わりに、龍斗さんが淡々と話を進めていく。
「心臓は動いているんですか」
「あぁ。不思議なことに、うれしいことに」
「優也はどこにいますか」
「……会う覚悟はあるか?」
「……」
龍斗さんはその場に黙り込む。またモニターに映ったままの優也を、私たちをかばう優也の背中をじっと見つめている。何も言わないけど、空っぽになってしまったその表情が、龍斗さんの心に何が起きているかを表している。
私も同じだ。
「優也は今酷い怪我がまだまだ残っている。おそらく脳の機能が停止していて、治癒に時間がかかっているんだ。見れば、きっとお前たちはショックをうけるだろう。もう少し優也の傷が治ってから会うことだってできる。今は自分の心を優先しなさんな」
「……」
「……」
「大丈夫だ。優也は逃げないよ。私が保証する。だからまずは自分のことを大事に」
「会います」「会いたい」
「!」
返事がかぶさった。……そうだよね。
「本当に?かなり痛々しい姿なんだぞ。お前たちの心にどれだけの負荷をかけることになるか」
「会います。会わせてください」
「私、会いたい。どんな優也でも、今会いたいよ。だって」
ぎゅっと服の袖をつかむ。どれだけ辛くたって、苦しい思いをすることになったって。
「優也のこと、これ以上独りにしたくないんだもん」
「……そうか。わかったよ。ついてきな」
先生は席を立ち、そのまま扉を開いて廊下に出る。ついていくと廊下の最奥の部屋の前までたどり着いた。二重にかけられた鍵を開いて、扉を軽く開く。クイッと顎で入るように促されて、扉に手をかけた。
息を吸って、ゆっくり吐く。大丈夫。
カラカラカラ……




