#20-12 未来にかける
「優也はもう独りじゃないだろう」
「!」
トン、トンと階段を上がっていく。
父さんに背負われた俺には、父さんの顔を伺うことはできないけれど。
そうだ。俺はもう、独りじゃない。
父さんに会えて、封じ込めていた怒りや悲しみが一気に押し寄せて忘れかけていたけど、俺は独りじゃないんだ。
「嵐巻くんも、海美さんもいる。それだけじゃない。SCRのみんながいる。約束したんだろう、みんなで」
「うん。三人で、一つって」
「だから、もう独りになんてならないよ。昔植え付けてしまった悪魔の種は、私が全て持って行ってしまうから安心しなさい。もう大丈夫だからね」
「……うん」
大丈夫なわけないのに。どうせまた怖くなっちゃうけど。でも、父さんが言うなら本当な気がするんだ。
トン、と2階についた。正面には子供の字で書かれた付箋が貼ってある扉。あぁそうだ。大人ぶって、入る時はノックしてくださいなんて書いていた。
ゆっくりと降ろされる。足はすぐについた。
「さ、ここからは自分でいきな」
「…………」
「父さんは母さんのところに行かないとなんだ。もう行かないと」
「…………」
立った感覚は曖昧で、一歩歩けばふらりと体がふれた。熱は引いたはずなのに、まだ体がうまく動かない。
不安が顔に出ていたのか、父さんが安心させるように、後ろから俺の肩に手を置いた。
「大丈夫。優也なら歩いて行ける」
「でも、こんなふらふらじゃ無理だよ」
「大丈夫。すぐ近くに、大事な仲間も待ってるから」
父さんの大きな手が俺の背中を扉の向こうへ優しく押す。廊下の境界が白く染まって、曖昧になり始めた。それを認識した途端、理解する。
あぁ、そうか。これ全部夢なんだ。
全部、全部夢なのか。
最後の最後に父さんに会えた夢の終わり。背中を押されて踏み出した足は、もう扉の向こうについていた。
いやだ。
「嫌だ」
「優也」
「嫌だ。父さんに、やっと会えたのに」
「ダメだよ。私たちとは一緒にいけない」
「一緒にいこうよ」
「いけないよ」
「なんで」
「わかっているだろう」
後ろを向けば、父さんの悲しそうな顔がそこにはある。でも、それだけじゃない。
「っ……」
頭から血が流れている。顔が焼け爛れ始めている。それどころか、体は植物が枯れるみたいに朽ち始めていて、俺の背中を押した手は、指先からボロボロと崩れ始めていた。
わかってる。
父さんの体はもう間に合わないこと。
母さんのところへ行くんだってこと。
現実は、もうすぐそこに来てること。
それでも、足を踏み出せない。諦めきれない。
そんな俺に、父さんは語りかける。
「ごめんな、優也。ここでも、お前のわがままを聞いてやれなくて」
「…………」
「けれど、私は知っている。優也が、過去の傷を抱えながらも、今を生き抜き未来を変える力を持った人間だと」
「……俺は、人間じゃ」
「人間さ。細胞だのなんだの言うが、大した変わりはない」
「大したなんて」
「変わらないよ。優也は人間だ。私の、大切な息子だ。ちょっと変わった細胞があるだけで、嬉しい、悲しい、幸せ、辛い。いろんな感情を待って、人を想うことのできる人間なんだよ」
「俺が……感情を……」
「あぁ。優也なら、過去を悼みながら前へ進むことができるさ。信じている。私は、」
父さんと真っ直ぐに目線を合わせる。
俺とは違う、薄茶色の細まった瞳。
「私の息子を、信じている」
「…………ぐすっ……うん」
信じてくれている。
なら、俺もそれに応えたい。
腕で涙を拭い、意を決して前を向く。もう体は俺が見ても大人の──21歳の自分だ。過去の姿に逃げたりなんかしない。
その様子を見て安心したのか、父さんはいつものように、優しく笑ってみせた。
前を向いて踏み出す。
白んだ境界の向こう側へ、夢の外へ。
「優也。最後に一つ謝らせてくれ。こんな辛い目に合わせて本当に申し訳ない。嫌われたってしょうがない」
刹那、振り返った白んだその先で
「でも父さんは優也のこと、ずっとずっと大好きだ。1人じゃない。父さんはお前の心の中にいる」
「父さんっ……!!!」
「私の誇り高き息子よ」
父さんは優しく笑いながら、泣いていた。
「切り開いた先の未来を、精一杯生きなさい」




