#20-11 どうすればよかった?
父さんは、優しい子だ、母さんに似たんだね。と笑う
「母さんと優也の名前を決めたんだけどね、優也の優は、『優しい』から来てるんだぞ。母さんの名前にも入ってる、優しいの優」
「おれ、優しくなんかないよ。だって特異生物に変えられた人たち、容赦なくみんな殺して。父さんだって!」
「違うよ。優しい優也だからこそ、出来たことなんだ。それにあの事件で私が責められても、誰にも理不尽に当たらなかったんだろう。どれだけ虐げられても手を出さなかったし、怒りのまま誰かを傷つけることもなかった。えらいね」
ポンポンと優しく背中を叩かれる。
確かに、誰かに八つ当たりをしようとか、やり返してやろうとか、そんなことは考えなかった。けど、何も怒ってなかったわけじゃない。
俺みたいな化け物にでも感情はある。俺だって、俺だって!
「……でも心の中ではずっとずっと怒ってる。だって、あの事件で父さんが悪いわけじゃないのに責められて、あることないこと尾鰭つけて広めるやつなんか、お前に、お、お前に!!何がわかるって!!!」
「こら、落ち着いて」
トントン、と父さんが泣き叫ぶ俺を優しくあやす。それでも止まらない。
「俺のたった1人の家族なんだよ!俺のたった1人の父さんなんだよ!!それになんで、なんでっ!なんであんな酷いこと言われなきゃいけないんだよ!!どうしてあんな目に遭わなきゃいけなかったんだよ!!!」
ごめんね、だけが返ってくる。
暗く、涙に濡れた声だった。
謝らないでよ。謝らないで。
全部全部世の中が悪いんじゃないか。父さんは何も悪くないのに、どうして謝るんだ。謝るなら、ふざけたこと言いやがった世の中のやつらに、無知で人を簡単に傷つけるやつらが謝るべきだ。
────わかってるよ、そんな、もし謝ってもらったって傷は塞がらないなんてこと。本当に欲しいのはそんなものじゃなくて。
けれど一度募った熱は治らない。
止まらない。10年分の我慢が。
父さんに抱きつく形で、気がつけば拳を父さんの背中に叩きつけていた。痛いはずなのに、父さんはごめんねしか言わなかった
「俺のことなんて誰も何も信じてくれなくて、体も拘束されてまともに動けなくて!!声も出なくなって何も見えなくて聞こえなくて怖くて!!」
「うん」
「それで、いざ父さんに会うために命をかけて戦ってたら、父さんが利用されててっ、……っ、俺は、俺は!!大好きな父さんまで手にかけて!!」
「うん」
「戦ったら父さんに会えるかもしれないって、もしかしたらまた一緒に暮らせるかもって、ありもしない希望に縋って……た。でも、でも!!俺にとっては生きる唯一の希望だったのに!!」
「……そう、か」
「ていうか、あの事件も何もなければ、いつも通りが続いていれば、俺は、俺は普通の人間でいられたのに!!父さんと一緒にいられたのに!!なんで、どうして!?」
「優也」
「俺はどうすればよかったんだよ!!!!」
わああああああああっっと情けなく声をあげて泣いてしまった。
わかってるよ。
どうすればよかった?なんてバカなこと。
どうしようもなかったことぐらいわかってるんだ。
それでも苦しくて、苦しくて。
父さんはトントン、と黙って優しく背中を叩いてあやしてくれる。
「ごめんな、優也」
「あああああああああああああああっ!!」
涙は止まらない。10年分の鬱憤を全て流し出すように叫んで泣き続けた。
父さんが俺を強く抱きしめる。
「ごめんな、優也……私があの時お前の手を掴んでいれば……こんな思い、させなかったのに」
「うぅっ、ぁぁあっ、ひっぐ、」
「そもそも、研究などすべきじゃなかったんだ。お前のために、とずっと思っていたのに、それを悪用されてしまった。全て私の責任だ」
「ぅ……ぅう……?」
「……だが信じてくれ。私は、事故をきっかけに発見された優也の特異細胞へ目をつけた悪い人間たちから、お前を守りたかっただけなんだ。それが、それがこんなことに……」
「おれの……ひっぐ……た、め……?」
「あぁ。優也に危険が及ばないように、近くにいて欲しかったんだ。それに、その細胞を通常の細胞に戻すすべを研究で手に入れられればと思っていたんだが……」
「俺のこと、そんなふうに、思ってくれてたの……?」
「私の大事な大事な息子だ。誰にも優也の未来を邪魔させない、と誓っていたはずなんだがな……」
父さんが俺の跳ねた髪を撫でる。その撫で方がなんだが、慣れていなさそうな手つきでこそばゆくて。
事故で、俺の細胞が異常だとわかってしまった。それもそうだ。あんな爆発で生存する子供なんて、ありえないし。
父さんは、ずっと俺のことを守ろうとしてくれていたんだ。学校にも行かずに、研究所にいたのはそれが理由なんだ。
それで真っ赤になっていた頭がすこし落ち着く。
「……俺、」
「ん?」
「辛いこといっぱいあったけど、とにかく自分の中で決着つけて。色んな辛いことも何も、全部乗り越えて。それでも」
ずずっと鼻水を啜る。吐ききった息をゆっくり吸う。嗚咽のせいで上手く吸えない。トントンと父さんが俺をあやす。ゆっくり、ゆっくり、少しずつ息を吸って、苦し紛れに言葉をこぼす
ごめんなさいって、謝りたかった理由は、
「独りになるのが怖いんだ。謝って父さんに帰ってきて欲しかっただけなんだ」
母さんが死んだ時。あの冷たい地下室の中の絶望が、心からずっとずっと離れてくれはしなかった。
熱で苦しいことなんて、気にも止めなかった。自分の死が近づいたって、怖くないと心から叫べた。それでもいつも孤独の絶望と恐怖が体と心を支配して。
誰か助けてって言いたくて、自分は1人じゃないって思いたくて、でもそんなこと、誰にも言えなくて。
どうしようもなく涙が溢れては父さんのシャツにシミをつけていく。
「独りに?」
「また、独りになんか、もうあんな怖い思い、したくなくて」
「……」
「父さん、怒ってどっかいっちゃったと思って。謝ったら帰ってきてくれると、おも、って」
「……」
「だから、俺、俺っ……!!」
頑張ったんだ。すごいすごい頑張ったんだ。
頑張ったけど、怖いものは怖いんだよ。
頭をやさしくなでられる。ふっと笑い声が耳元で漏れた。
「大きくなったな、優也」
「ひっぐ、ぅ、ぁあっ」
「いつのまに大きくなった。本当に、あっという間だ。はは、あぁ……もっと見たかった」
「ひっ……ぅ」
「優也が大きく成長する過程を、本当はもっとそばで、見られたはずなのになぁ……」
涙にぬれた言葉のしっぽは、すぐにひっこめられてしまう。
よいしょ、と俺を背負い直した。大きくなった、大きくなってしまった俺を。重いだろうに。
「お前は父さんの誇りなんだ。心から尊敬する」
「……誇り?」
長く感じた短い廊下の突き当り、階段があった。
トン、トンと階段をゆっくりとあがる。
「あぁ。誇りだ。自慢の息子だ。でもな、一つ間違えているよ」
「……?」
トン、トンと階段をゆっくりあがる。
「優也はもう独りじゃないだろう」




