#20-10 あの日言えなかったこと
「眠いか?」
「ねむ……ぃ」
「そうか。部屋まではちょっと我慢だ」
「んん……ねむいぃ」
「抱っこだとダメか。おんぶにしよう」
「え?」
こんな眠いのに?無理だよ。腕に力はいんないし。
「やー……」
「お願い、優也。部屋までおしゃべりしたいんだ」
「んー……いいよ。わかった。おきる」
「ありがとう。父さん、寂しがりやだから助かるよ」
父さんが俺を背中に背負う。腕を父さんの首に回して、ぎゅうと熱い手を握った。
寂しがりや、か。
「とうさんさみしんぼなの?」
「あぁ。母さんがいなくなった時なんて、本当に」
「……かあさんどこいったの」
「先にいったよ。私もあとからいくから、大丈夫だ」
「おれは?」
「……」
「とうさん、ねぇ」
「嵐巻くんと海美ちゃんが待っているからね。時間もない。行こう」
「りゅーとさんとうみ?どこいるの?」
「待っているよ。優也のことを」
「へぇ、じゃあ、いかなきゃ」
それを聞いて、眉を下げ優しく微笑んだ父さんは俺をおぶる。
心地の良いリズムで揺れて、眠ってしまいそうだった。でも父さん寂しいっていうし、起きてないと。
熱にうなされていた体は不思議とだいぶ楽になっていた。すごい。流石は父さんだ。
「なぁ優也。二人とは仲がいいのか?」
「うん」
「そうかそうか。これから先も仲良くするんだよ。喧嘩してもいいが、必ず仲直りがセットだ」
「うん」
「それに、他にも仲間がたくさんいるんだろう。その人達のことも、大切にしなさい」
「えすしーあーるのみんなのこと?」
「そうだ。みんな、優也を待っている」
「なんでしってるの」
「父さんは物知りだからな」
「たしかに」
物知りだから、そりゃ知ってるか。頭いいんだもん。でもこれは知ってるかなぁ。
グイっと父さんの顔のすぐ隣に顔を出した。
「ねぇとうさん。おれ、にがてな運動がんばってるよ。勉強もたくさんしたんだ」
「運動苦手なのか?知らなかった」
「あんまとくいじゃないの。りゅーとさんから、みてるとこせまいって、なんどもおこられちゃって」
「そうか。すごく強かったよ。そうとは思えなかった。驚いた」
ほめられた。うれしい。
あれ?ちょっと待て。
俺は今、過去の記憶を見ているんじゃなかったのか。これは、ただの過去の映像じゃないのか。父さんが龍斗さんのことも海美のことも、SCRのことだって知ってるのは、どうして。
思考とは裏腹に、ほめられたおかげで、調子にとって口からどんどん言葉が続く。
「それにねリーダーもやったんだ」
「リーダー?」
「えすしーあーるの、せんとうリーダー。すごいでしょ?」
「そうかそうか。すごい子だ。誇らしいよ」
「それにね、街のひとも、守った」
「そうだな。かっこよかった」
「それで、それでね。ずっと言いたかったの。俺、」
「聞いてるよ。ゆっくりでいいから」
継ぐ息は掠れる。喉の奥の奥からずっとずっとずっと、伝えたかったこと。心の奥底で冷えて固まっていたものが熱を帯びて、喉を這って来る。
「ごめんなさい」
廊下に立ち鏡。
映っている見慣れた大人の自分の姿。
あぁそうだ。そうだよ。
やっぱりこれは、今起きていること。過去の記憶なんかじゃなくて、今、21歳の俺は父さんと話をしている。大きくなった。難しいことこね繰り返して、素直になれなくなった姿で。
でも、ここでは少しだけ。少しだけわがままでいさせて。
素直に言わせて。
全部伝えさせて。
あの日言いたかったこと。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あの日、酷いこと言って。俺そんなこと思ってなくて、父さんのこと大好きなんだ。それなのに……っ!」
「あぁ、わかっているよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「いいんだ。もう、もういいんだ。謝らないで、謝らないでくれ。大事な日に家族を優先しなかった私が悪いんだよ。いいんだ、謝らないで。ごめんな優也」
「ごめんなさっ……うぁっ……ひっぐ、ごめんなさっ……わああああっっ!!」
声をあげて泣く。悲しくなんかないのに、嬉しい涙なんかでもなくて。でもただ、子供みたいに大きく声をあげて、ボロボロ溢れる涙を父さんの肩に落としてしまう。
何度謝る俺を一度下ろし、父さんは泣き止まない俺をぎゅっと抱きしめる。あやすようにトントン、と何度も優しく背中を叩いてくれる。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ずっとずっとずっと、ずっと謝りたかった。
あんなこと言ってごめんなさいって。だからいなくならないでって。謝ったところで何も変わらないのに、何度も何度も何度も繰り返す。ごめんなさい。ごめんなさい。
父さんは優しい子だ。母さんに似たんだね。と笑う




