#20-9 風邪
温かい、というより、熱い。
けれど体の芯は冷え切っているような気もして、なんとも言い難い体温が気持ち悪い。
「こんなところで寝てたら風邪を引くだろう。……あーほら、おでこが熱いじゃないか」
柔らかな声に意識が浮上する。
「どう?優也、起きられそう?」
「いや、難しそうだ。私が運んでおくよ。冷えピタもらっていいかい?」
「はいこれ。私、先にいってるね」
「あぁ、すぐ行く」
懐かしい声と知らない会話。
ぼんやり開いた視界。丸い電気。懐かしい。俺の家のリビングの電気だ。ちょっと暖色によった明かりだ。青白いっぽい電気にも代えられたけど、俺が幽霊が出そうって怖がったから、使うことはほとんどなくなったんだよなぁ。
体は気だるい。ほとんど動いてくれやしない。というか、なんか腕も足も、体が縮んだような気がする。
俺を覗きこむ影が現れる。誰だ、と思う前に額が一気に冷えた
「うっ」
「よし、後は薬だな」
「……とうさん?」
「ん?どうした。話せるか?」
そこにいるのは父さんだった。心配そうに俺の様子をうかがって、起き上がろうとする俺の背中を支えてくれる。
「ひどい汗だな。薬よりまずこれを何とかしないと。ちょっと待っていられるか?」
「うん」
「いい子だ。ちょっと待っていなさい」
父さんは立ち上がってキッチンの方へ行ってしまう。体を起こしたというのに、視界の高さが低い。近くにある窓に写っている自分は幼かった。ちょうど、事件のあったころぐらいだろうか。
俺は死んだ……らしい。
これは最後の走馬灯なのか?いつかの過去の記憶だろう。というより三途の川の先なのか。いつの間に越えたんだ、川。
スゥ、と息を吸って吐き出す。確かに体はかなり汗ばんでいて、吐き出した息は熱かった。ひどい熱が出ているんだろう。子供の頃の風邪って、こんなにしんどいものだっただろうか。
頬が熱い。喉の奥が痛い。風邪だ。いつぶりだろう。こんなに熱がしんどいと思ったのは。
ぼーっとしていると、父さんが洗面桶とぬるくぬらしたタオルを持ってきて俺の前に座る。タオルを絞って、汗をかいた額をぬぐう。続けて背中の気持ち悪いのがとれて、大方拭いた後に別のパジャマに着替えさせられた。
時折頭をよしよしと撫でてくれる父さんは、遠い記憶の奥に残っていた優しい笑顔だった。
汗の気持ち悪さが消えたからか、あるいは冷えピタの効果か。すこしずつ体温が下がっていく感覚がして、ふっと体に入っていた力が抜けていく。そんな俺の様子を見た父さんは、静かに笑った。
「なんだ。さっきまで辛いの我慢してたのか。偉いな」
「うん」
「痛いところはないか?関節とか」
「ううん、だいじょうぶ」
「そうか。立て……なさそうだな。よし、抱っこだ」
ひょいっと簡単に持ち上げられ、大きく揺れた後に背の高い世界を堪能する。俺の体が熱すぎるせいか、父さんの体がひんやりとしていて気持ちよかった。
「おぉ、いつのまにか、また大きくなったか?」
「なった、かも」
「ははは。あっという間だ。本当に」
「とうさん、体つめたいね」
「寒くないか?」
「ううん、気持ちいい」
「そうか。なら優也の熱は私がもらっておこう。ほらこんな風に」
ぎゅうっと苦しいぐらいに抱きしめられた。どんどん熱が奪われて、体温が下がっていく。熱い息はそのまま。喉も痛いけど。でも気持ちいいや。
あれ?過去にこんなこと、したっけ。
そういえば母さんも生きてた。けど、今の俺は10歳くらいの体だ。それこそコトラ事件があった時ぐらい。その時にはとっくのとうに母さんは死んでるはずなのに。
もしかして、これって────
思考が答えにたどり着く前に、力強く抱きしめられる息苦しさにむせる。
「むぐ、とうさん、くるしいって」
「ごめんごめん。でもうれしくて」
「えぇ?」
「こうして、また優也を抱きしめられるのがうれしいんだよ」
「とうさん?」
「ん?あぁ、すまない。ちょっと、」
「なんでないてるの」
腕から解放されてみれば、父さんの目に涙は滲んでいる。
「はははは、はは。ごめ、ごめんな」
「どうしてあやまるの」
「ははは。ごめんごめん、はは」
「……へんなの。わらってないてる」
「あぁ、変だなぁ。変だ、はは」
変だ変だと何かツボに入ったように笑っている。何がそんなに面白いんだろう。
その合間に、強い眠気に襲われる。眠い。風邪に体力を取られたせいだろう。うつらうつらとし始める俺を父さんがはっとしたような表情で体を上下に軽くゆすられた。
「眠いか?」




