#20-7 波が弾けて、広がって
「さて、何から話そうかな」
「……全部、初めから」
「初めから、かぁ。ううん、そんな時間もないんだけどね。まずは大事なことから」
「……」
「私はね、海美の姉になんてなりたくなかった。海美のこと、殺してやりたいって思ったことあるよ」
「っ……!」
なんてことないような調子で、あっけ言われたその言葉は、深く深く胸に突き刺さった。
眼の奥がジワリと熱くなる。だめ。泣いちゃダメ。ここで怯んじゃだめだよ。知るんでしょ。全部!
涙を抑える私を見ながら、平然とお姉ちゃんは話を続けていく。
「なんで私がこの子の世話しなきゃいけないんだって。なんで私がこんな酷いこと言われなきゃいけないんだって。同じお父さんの娘なのに、どうして私だけ召使みたいなことさせられなきゃいけないんだって、さ。外に逃げようにも外からの評価を気にしたお父さんが許してはくれなかったし、子供の私は一人では生きていけなかった」
波が寄せる。足元の砂を攫って、海に戻っていく。
耐えろ。耐えろ。全部知るために、ここでは。
「鮫島家が憎かった。生まれてきてしまったことを何度も呪った。自分も、鮫島財閥も、みんな大っ嫌いだった。だから、海美のことも嫌いだった。海美が生まれる前から」
「生まれる、前?」
「生まれる前から海美だけが私の娘だって言われた。私はいないことにされたの。もう、言い返す気にもならなかったけどさ」
「アイツ……!」
許せない。父親として、大切にかかわってきたけれど、私の知らない所でお姉ちゃんにそんな酷いことをしていたなんて。絶対に許せないよ。
「だから海美を殺してやろうと思った。生まれる前も、後も。こいつさえいなければアイツはすっごく困るだろうから。私が死んでも傷なんか一つもつかない。だから大切な後継者の海美を殺して、ざまあみろって言ってやろうと何度も思って、頭の中で何度もシュミレーションして」
「そう……なんだ」
「異常なのはわかってた。けど、もうそれしかないって、思い込んでいたんだ。失敗作は失敗作なりに爪痕残して死んでやるって、くだらない意地張って」
「お姉ちゃんは失敗作なんかじゃない!!私の、私の大切なお姉ちゃんだよ!!」
「……その言葉、当時の私には皮肉にしか聞こえなかった。すごいとか、かっこいいとか、好きだとか。たくさん嬉しい言葉をかけられても、サメジマの血を継いだお前に何がわかるんだって」
「ぅ……ぁ、その、私は」
そうか。私に、何かを言う権利なんて。
お姉ちゃんはうつむく。夕日の影になって、表情が伺いにくい。
「殺してやる。そう何度も誓って、ナイフまでもって、振り下ろす直前までやったの。でも、…………でも……さぁ、」
波が寄せる。足先を少しぬらして、またそのまま引いていく。
声が震えている。ゆっくりと顔を上げれば、お姉ちゃんは微笑んだまま、片方の瞳から涙を流していた。
「できなかった、なぁ」
「……」
「できなかった。何度、何度試そうとも、だめだった」
「……」
「ダメだった。ダメ、だった。その瞬間に、海美の笑顔が、ちらついて」
「私の……?」
「嫌いなはずだった。私の人生踏み台にして勝組のお前なんて嫌いなんだよ。大っ嫌い!!……なのにできなくて。でも、だって!!」
お姉ちゃんは顔を腕の中に落として、叫ぶ。
波が強く寄せて、足元で大きく跳ねた。
「私の大切な妹なんだもん」
「~~っ!!」
「赤ちゃんの時、私の指を握って笑ってくれたんだもん。私に笑いかけて、一緒に本読みたいとか、一緒に海行きたいとか、お姉ちゃんみたいになりたいとか、言うんだもん」
「お、ねえ……ちゃん」
「そんな嬉しいこと言われたのも、生まれて初めてだったから。嫌味かよとか思ったりすることも死ぬほどあったけどさ。でも知ってる。海美がそんな悪気ないって、知ってるから。大切にしたいって、私はこの子のお姉ちゃんなんだって!守りたくなって!!」
「ひっく、……グスッ、……」
「せめて鮫島家の呪いから、私が傍で守ろうって思えたんだ!」
お姉ちゃんが顔を上げる。涙にぬれた頬が、夕日の光に照らされ美しい光の道筋の様で。
瞳の中の光が涙のなかで散乱して、輝いて見せた。
「悪意も殺意もあったことは否定しない。美化なんかしない。けど、けど……っ!けどそれだけじゃない!
それだけじゃないんだ。私は海美のことが大切なの、大切で大好きな私のかわいい妹なんだよ!!!」
「……っ!!」
肩をつかまれる。涙をぬぐいもしないまま、お姉ちゃんが叫んだ。私によく似た大きな瞳の中には、私がぐしゃぐしゃになって泣いている姿がいる。
信じていいの?私、信じたいよ。あの日もそうだったんじゃないかって。
そんな私の心の中を見透かしたように、お姉ちゃんは続ける。
「あの日、事件の時。海美のことをプールに突き飛ばしたのは殺そうとしたんじゃない。少しでも生きてほしかった。逃げて、何とか生き延びてほしかった。生きててほしかったんだ」
「ほんと……?ねぇ、本当なの?」
「本当。……酷いこと言っといて、信じられないかもしれないけどさ」
「でも苦しい顔してたって、ネピアが」
「あの時ね、私はお姉ちゃんだって自分の心の中で誓ったはずなのに、すぐにそばにいられなくなった。それが悔しくて」
「私を、憎んでいたんじゃ、グスッ、なくて?」
「そんなわけない。あの時は、ずっとずっと海美の幸せを考えていたよ」
「さっき、お姉ちゃんが、我慢してたのは」
「……確かに殺意はあった。それを美化するつもりもないのに、お姉ちゃんって名乗っていいのか、迷ったの。でも今ならいえる」
大きな瞳は弧を描いた。
「私は、私は鮫島海美のお姉ちゃん、鮫島愛海だよ」
優しく私の目元をぬぐう。嗚咽が止まらなくて、呼吸は乱れた。
波が打ち寄せる。お尻のあたりまで勢いよく上がってきた。波がぶつかって、はじけて。
「~~ぅぅうううあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
私の中の不安を溶かしていった。
ずっと心の中にあった不安。ずっと、ずっと体に染みついてしまっていた孤独感。
それが温かい波に溶けていく。優しく溶かして、綺麗にしていく。無駄に貼りすぎた絆創膏も、固くなってしまったかさぶたも、少しずつ溶けて。
あぁ、なんで。なんでこんなにあったかいんだろう。胸はいっぱいになって張りつめて爆発しちゃいそうなにちっとも痛くない。よくわかんない。わかんないや。
お姉ちゃんが泣き叫ぶ私を抱きしめる。あったかくって、またなんだか涙が止まらなくって。
キラキラとまぶしく夕日を照らし返す海の輝きの中で、お姉ちゃんは仕方なさそうに笑った。
「もぉ、泣きすぎ」
「あああああぁぁぁぁあああぁぁぁああっ!!」
「ごめんね。私がサメジマ家にとらわれなければ、こんな不安にさせなかったのに」
「ひっく、ぅぅううううううっ、お、ねえちゃ、」
「うむ、なんだね?かわいい妹よ。なーんてね」
「あの、ね、あのね、私ずっと、ずっと不安だったの」
「うん」
「でもね、いま、ぶわって。全部ぶわってほどけて」
「うん」
「よかったぁ、よかった、よかったぁ!!!」
「ははは。語彙力どこ行っちゃったのよ、もう」
「……お姉ちゃん」
「なぁに」
目と鼻の先に、貴方の顔。
波が足元で踊った。オレンジの光は瞳のハイライト。
全てはここにあった。
あぁ、あったかいなぁ。
「大好き!」
「私も、大好き!!」
抱きしめる。力いっぱいに、めいいっぱい。
痛い痛いなんて軽く笑うお姉ちゃんは、何よりも素敵で綺麗だった。多分、この先一生私は忘れない。
このあふれんばかりの愛を。
あったかさを満喫して、暑い暑いとふざけながら抱擁が解かれた。まだあったいのほしいのに、と口先をとがらせて抗議すれば、何それと笑われてしまう。そうだよ。こういうなんてことない時間が、私にとって大切なんだ。
後ろからお姉ちゃんが何かを取り出す。




