#20-6 姉妹喧嘩
遠くに波の音。
「……み、うみ、海美!」
誰かが私を呼ぶ声がする。
「起きて!こら、起きてってば!」
誰かが私の体を揺らしている。
微睡の淵から這い上がって、ぼんやりとモヤがかかった目を開く。空いっぱいのオレンジ。端っこにちょっとだけ藍色。
夕焼けだ。
「うーーーみーーー!!」
近くから聞こえる波音。体に時折温かい泡が触れる。あぁ、海かぁ。
声がする方を見れば、私を覗き込む人がいる。
「海美!」
「お姉ちゃん……?」
「やっと起きた!もー、寝過ぎだよ」
困ったように眉を下げている。私より少し長くて、綺麗な髪。私と少し似ている丸っとした瞳。
あれ、お姉ちゃんだ。なんで?ザセルに体を奪われて、ネピアとして、死んじゃったんじゃなかったの?
ていうかここどこ。上半身を起こせば、そこは見知らぬ砂浜だった。水平線の向こうに、今まさに退場しようとしたいる夕日が傾いている。
私死んじゃったはずじゃないの?だって、息が出来なくなって、呼吸が出来なくなって心臓が止まったんじゃなかったの?
隣にはお姉ちゃんが────鮫島愛海がいる。
「海美」
「お姉ちゃん……なの?本当に?」
「他に誰がいるの。…………」
何かを言いかけて、止まって、そのまま口を閉じる。少しの間視線を惑わせた後に、何かを封じ込めて笑った。
その仕草、表情の一つ一つに見覚えがある。何か言いたいことをこらえて、無理に笑うその姿は。
「私は海美のお姉ちゃん。でしょ」
「……」
「ほら、早く家に帰ろ。立てる?」
「ねぇ」
「どうしたの?」
「なんで」
さざなみだけが静かに聞こえる世界。首を傾げた姉の顔に一切の陰りはない。
本当にお姉ちゃんなんだ。この本音を押し込む癖、変わらないね。昔の私じゃ何も気づかなかった。
でもね、私も成長したんだよ。もう何も知らない子供じゃないんだ。
真っ直ぐ真っ直ぐ目を見つめる。
「なんで我慢するの」
「え……」
「言いたいことあるなら言ってよ。我慢してないでさぁ」
「いや私は、え?お姉ちゃんだよ?」
「そこじゃないよ。なんで自分の言いたいこと隠して、お姉ちゃんだからって適当な理由言っちゃうの。もっと私に何か言いたいことあるんでしょ。もっと考えてることあるんでしょ!?なんで、なんで全部言わないの!! 」
「……………………」
「〜〜黙ってちゃわかんないんだよ!!」
声がひっくり返ってもお姉ちゃんの胸元に掴み掛かる。勢いあまってお姉ちゃんに馬乗りになって、頬をポタポタと涙が伝ってお姉ちゃんの頬に落ちた。
何も言わない。お姉ちゃんは、何も。
「私知ってるんだよ。サメジマの血の話」
「!」
「全部聞いたの。優也と龍斗さんから。大事な仲間から。それに私の友達から、お姉ちゃんが私をどう思ってたのかも聞いた」
「……」
「鮫島財閥のこと憎んで、サメジマの血を憎んで、私のことを憎んでたって。あの日、あの事件の時に、私をプールに突き飛ばして殺そうとしたとも言われた」
「それは」
「答えて。本当に私のこと殺そうとしたの?私のことを憎んでたの?もしそうなら、なんで言ってくれないの!?」
「海美、」
「お父さんからの嫌がらせだって、なんで1人で抱え込んでたの。私たち姉妹じゃないの?サメジマの血が流れた私には言えなかったの!?」
「海美」
「ねぇ、答えてよ!!」
波音に叫び声。潮の香りが髪を伝って、指先が震えた。
お姉ちゃんは凪いだ表情で私を見つめる。何を考えているのか全然わかんない。わからないんだよ黙ってちゃ。それなのにお姉ちゃんは何も言わない。
本音でぶつかり合わないと、何もわからないのに。それなのにお姉ちゃんは全部隠そうとする。それじゃダメなんだよ!
「海美」
「……答えて」
「わかった。話そう。だから落ち着いて、横にならんで話そうよ。こんな体勢じゃお互い話しにくいじゃん」
「逃げない?」
「どこにもいかないよ。ほら、どいたどいた」
しぶしぶ上からどいて、夕日を眺めるように海辺に横に体育座りで並ぶ。波が寄せて、泡が足の裏につくかつかないかのギリギリのところ。お姉ちゃんはこびりついた砂を払った。
……お姉ちゃんのこの服、10年前のあの日のパーティの服だ。私はそのまま隊服だけど。
なんかちょっとあったかいね、海水。そう呟いて笑った。伝わってるのかな、私の本気。
「さて、何から話そうかな」




