#20-5 貴方は、貴方の未来を
そういうと光莉はその手に持っていた花束に祈りを込めるよう、目を伏せる。
するとたちまち青い薔薇は赤く染まっていき、瞬く間に青い花束は赤く変化していった。
伏せていた目を開き、幸せそうに微笑んで俺に手渡す。
「な、にこれ」
「私の心臓」
「し!?」
「あげる。大丈夫だよ、ちゃんと動くから。それに失いすぎた血も、全部全部あげる。首の傷だって、ふさいでおいてあげるから」
「いやうご……!?って、そういう問題じゃない!」
「なんで?私の心臓じゃご不満?」
「そもそも心臓をあげるって何、どういう意味!?」
「そのままだよ。私が龍斗の心臓に住み続けるの。止まってしまった時間も、全てまた未来に向けて動き出す」
「っ……」
止まってしまった時間。
貴女が俺の前から消えたときから、ずっと止まってしまった時間が、動き出すって言うのか。
それが動き出す。音を立てない心臓が、冷え切った手足が熱を持つ。
目頭が熱くなる。光莉の言いたい意味が、わかってしまったような気がして。
そんなのいやだよ。
「心臓って、心の臓器って書くじゃない?私はもう体がもたなくてさ、隣にいることはできない。だから龍斗の心の傍にいさせてよ」
「……」
「ね、ダメかな。……嵐巻龍斗さん」
光莉は微笑む。あぁ、ずるい。ずるいよ。そんな顔されたら俺が断れないこと知ってるくせに。
手に持った花束よりも華やかな笑みを携え、緊張なんてしないような普段の調子で、告げる。
「私と一生一緒にいてください」
「……ぅ」
「どんな貴方も大好きだから。これから先の貴方の未来を、私に見せてほしいの」
「ひか、り」
「どんな夢を見つけるの?どんなふうに叶えるの?あぁ、どんな人と出会うんだろう。どんな物語が待っているんだろう。愛おしいあなたに、どんな未来が待っているんだろう」
「光莉!」
「その未来を、心に一番近いところで、ずっと見ていたんだ」
「光莉……!俺は、俺は……!!」
光莉の肩をつかむ。ぐちゃぐちゃになった顔でも、しっかり目を合わせて。
「そんなこと言わないでくれ。俺は、光莉がいない世界なんて嫌だ」
「……」
止まった時間が動き出す。
それは、俺が貴女のことを乗り越えて、先に進むこと。
つまり光莉の言いたいことは、光莉の命を犠牲に、俺に一人で生きろって言うんだろう。
違うよ。嫌だ。嫌だよ。俺は貴女の居ない世界なんて。
「ずっと一緒にいたかったのにあんなことになって、何度も諦めては諦められなくて、それで、こうグスッ、こんな、こんなことになったけどまた会えたのに!!!」
「ごめんね」
「また会えたのに、また離れろなんて」
「ごめんね」
「そんな、そんなこと!」
「……ごめん、ね」
光莉の肩をつかむ。寂しさに揺れる大きな瞳に、俺の必死な顔が映りこんでいた。
「そんな酷い世界なら、俺は死んでやる!」
「っ!……やめて!」
光莉が俺の頬をはたく。衝撃と、音。そして痛み。
ありえない、と言いたげな瞳が俺を貫いた。
「そんなこと言わないで。こんな酷い世界の中でも見つけたんでしょ?大切な夢のありかを、大切なかけがえのない仲間を!」
「っ!!」
「こんな酷い最悪な世界でも生きたいと思えた理由を見つけたなら、それを全部投げ出して、私を選ぶなんて許さないから!!大好きな貴方のことを雑に扱うなんて、貴方でも許さないんだから!!!」
「ひが、ッグスッ、り、」
「私のことを忘れろなんて言ってない。こんな酷い世界で一人で生きてとも言っていない。ただ、……ただっ!貴方には貴方の仲間が、世界が、未来があるの!!たとえ私がそこにいなくたって、」
「あぁ、ぅ、」
「貴方は、貴方の未来を生きるの!!」
ぎゅっと乱暴に花束を押し付けられる。勢いに押されて、黙ってそのまま受け止めた。
温かい。あぁ、あったかいなぁ……
顔を見合わせる。釣り上がっていた眉は元に戻って、けれど笑うわけでもなく、ただ涙を拭いもせず流し続けたまま、俺を静かに見つめていた。
お互い見つめあう。何も、何も言葉が出てこなくて。
少しして、呼吸が落ち着いてきたところで、やっと口が開いた。
「光莉」
「何」
「俺さ」
「うん」
「生きてていいのかな」
「……」
「許されないと思ってた。光莉を救えなかったこと。俺自身が許したくなかった」
「……」
「生きていたくない。死んでしまいたい。ずっとどこか、頭の片隅にあって、笑ってても楽しくても消えることはなかった。それでもいいのかな」
ずっと、ずっと、頭から離れなかった。
どうしても許せなかった。
貴女を護れなかった自分が生きていていい、なんて思えなくて。
それは、優也や海美ちゃんといても消えることはなかった。これから先も、きっと消えることはない。
光莉は少し寂しそうに笑った。
「……わかんないよ。そんなこと」
「……」
「ただ、一つ言うなら」
ドクン
止まっていたはずの心臓が音を鳴らした。
鼓動は全身に響く。血が巡る。熱が伝わる。
視界が端からホワイトアウトし始める。
「この先の未来で、見つけた夢の中で、見つからない答えを探してみるのもいいんじゃない?」
「……光莉、」
「もう時間だね」
「傍で見ててね」
「もちろん。女の人に鼻の下伸ばしてたらズキズキさせちゃうからね」
「光莉以上に好きになる人なんかいないよ」
「冗談よ。好きに生きて。どんな人を好きになってもいい。その未来を私に見せて」
「……」
「あと、早く死んじゃおとかしたらまたビンタだからね」
「……大丈夫今俺のこと大好きな奴らが隣にいてくれてるからね。嫌でも行けない」
「それは何より。寂しくなさそうだね」
「ねぇ、」
「何?」
「俺と出会ってくれてありがとう」
視界が完全に白く染まっていく。
夢の終わり。そう直感する。
ゆっくりと貰い受けた花束ごと光莉を優しく抱きしめた。
この温度を一生かけて忘れていくために。そして、
「私も龍斗と会えて、幸せだったよ」
貴女のこの笑顔を、忘れないために。




