#20-3 この一瞬が永遠に
さらに先へ進むと、この水族館名物の大水槽があった。ここから見る大きさは高さ10 m、横幅は15 mほど。大海原を生きる魚たちがここで暮らしているらしい。
中でも目を引くのは鰯の群れだ。水槽の中のライトを受けて、銀色の体がキラキラと強く輝いている。
「綺麗……」
思わず時間をわせれて見とれてしまいそうな中、突然照明が落ちる。そして天井近くに設置されたスピーカーから音楽が流れ初め、それに伴って水槽のなかのライトの光が切り替わり、鰯の群れの動きが鋭敏になる。幻想的なショーの始まりだった。
そのとき、突然手に重さがかかる。
驚きながら確認すると、そこには青い薔薇の花束があった。それに鞄に入っていたはずの指輪の箱。どうして、なんでこのタイミングで。だって一回ここを出て、一日満喫してからプロポーズするはずなのに。
「龍斗」
「っ!」
「それ、なに?」
幻想的なショーを背に、光莉は頬をすこし赤く染めながら俺の手に持つ花束と小さな箱を指さす。
「これは」
「ははん、私へのプレゼント?サプライズみたいな」
「えっと、その」
「ふふ、ほら、どうなのよ」
「……あの、なんか変なことばっかりで、本当ならもう少しちゃんとしたかったんだけど」
鰯の体に光が強く当たる。群れの隙間からこぼれたスポットライトが俺と光莉の上で踊った。
緊張で固唾を飲み込む。予定通り跪いて、小箱を手にもつ。なんだか恥ずかしくてうまく前を向けないや。緊張に殺されてしまう。……あれ、でも、
心臓は静かだな。
「俺と、結婚してください」
「……」
「俺の一生を捧げるから、俺に貴方の一生をくだ……!?」
「っふ、ふふ」
小箱を開く。そこには小さな青い宝石が埋め込まれているリングがある、はずだった。
けれどそこにはちょうどリング一つを嵌めるだけの穴だけが残されている。え、なんで、どこ行った!?
「え……っと、」
「あはは。ふふ。うれしい。不束者ですが、どうぞよろしくね」
光莉は小さく笑いながら、小箱から指輪を取り出すような動作、続けてそれを左手の薬指に嵌める動作をする。すると瞬きの間に、俺が渡すはずだった指輪が薬指にはめられていた。
ちょ、ちょっと待て。なんで?マジック?それともからかわれているのか!?
恥ずかしさと混乱で頭がいっぱいになった俺に向けて、光莉は少しだけ寂しそうな、悲しそうな笑みを浮かべた。
「ずっと一緒!……って、わけにもいかないけどさ」
「え……?」
「それでも、忘れられないこの一瞬が永遠に続いていたんだよ。ザセルに飲み込まれても、私の中で」
「何言って、」
「……ショーもちょうど終わっちゃったところだし、惜しいけど、次に行こうか。時間もないし」
それもらっていいかな。そう指さされた花束を手渡せば、愛おし気にそれを見つめてまた微笑んだあと、先へ歩いて行ってしまう。気になることはいくらでもあるけど、とりあえずおいていかれないように立ち上がり後を追った。
これ、OKってことでいいのか?不束者ですがどうぞよろしくねって、そんな軽いもんか?
まぁ、目の前の本人がこれだけ楽しそうならいいんだけど。すごい、なんかもやっとする。
「次は鮫がいるんだって」
「ぁ、へ?」
「シャークだよシャーク。わぁ、鮫っていろんな種類いるんだね」
「え、あ、ほんとだ」
「ふうん、タイガーシャークっていう子なんだ。この子。すごいね、虎も鮫もなんて、きっと強いんだろうなぁ」
「とら、に、さめ?」
『私はシャークガール!なんでもかんでも噛みついちゃうから!』
『そんな未来なんて────俺たちが変えてやる!』
「虎に、鮫」
聞いたことないはずの声が、景色が頭の中に繰り返される。なんだ。誰だ。
でもなんか、すごく大切なことだった気がする。命を懸けてもいいとまで思えるような、大切な存在。
誰だ。誰なんだ。お前たちは。
立ち止まって頭を抱える俺を、どこか寂しそうな微笑みで光莉は見つめている。さっきみたいに声をかけるわけでもなく、ただじっとその吸い込まれそうな澄んだ瞳で見つめているだけだ。
「あ、ご、ごめん。ちょっとマジで、体調が」
「ううん。いいの。それでいいんだよ」
「え……」
「もう私のやりたいこと叶えてもらったからさ」
「……何、言って」
俺の手を引いて、さらに先に進む。水中トンネルだ。頭上を大きなイルカの親子がすいすいと泳いでいく。見上げれば、ライトが波にのせられキラキラと水面で揺蕩っていた。そこにエイと小魚が通りすぎていく。
「ふふ、きれいだなぁ。この水中トンネル結構好きだったんだ。前はここでずっとイルカの親子見てたよね」
「前にって、初めて来たんだろ」
「……親子離れず、ピッタリくっついてていいなぁあのイルカちゃんたち。ね、子供を守る存在って感じ。それにあそこで泳いでる2匹のエイって姉妹なんだって。すごい」
「え、あ、そうだな」
「家族と仲良くしてほしいなぁ、みんな。もちろん龍斗もだよ」
「俺?」
「瑠璃さんのこと。それにお母さんも。大切にしてよね、ほんと。あぁ、挨拶行けなかったのが悔やまれるなぁ」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくれ。さっきから一体、何の話をしているんだ」
困惑のまま少し大きくなってしまった声で問いかければ、光莉は困ったように笑った。
「何の話って、大切な話。龍斗と私の最後の話」
「俺と光莉の最後の話……?何が最後なんだ」
「まだ目が覚めない?……って、忘れちゃえって願ったの私なんだけどね。でも、それじゃダメなんだってわかったから」
「ちょ、光莉っうわっ!?」
腕をひっつかまれてそのまま思いっきり先に連れていかれてしまう。この先にあるのは小魚の水槽と小さなカフェと一番奥にお土産屋さんだ。
「……え……?」
なんだ、ここ。
お土産屋じゃ、ない。




