#19-14 悲しみを超えて
龍斗さんの残されていた片翼も消えて、ついに重力にひかれるまま落ちていく。誰かを抱きしめているようだ。あれザセルじゃないのか!?まさか、また誑かされているんじゃないだろうな!
息を切らしながら龍斗さんの落下しそうな場所まで走る。けど、流石にいたところが悪い。落下地点まで距離がありすぎだ。ここじゃ落下する龍斗さんのことを助けられない。何か、何か策はないのか。
そうだ!
「Alter!」
地面に手をつけ、そう叫んだ瞬間に地面が砂のようにさらさらと変質していく。その変質は瞬く間にまっすぐに道のように伸び、龍斗さんのもとまで続いていく。間に合え間に合え間に合え、間に合え!!
龍斗さんの体が地面に衝突する、その瞬間。
まるでクッションのように龍斗さんの体を地面が包み込んだ。流石にすべての衝撃を吸収しきれてはいなかったよで、多少痛みがあるのか首あたりや背中を片手で抑えているが、無傷だ。
ホッと胸をなでおろす。変身が解けているのは別のダメージによるものか。背中あたりに酷い裂傷がある。この応急手当を……の前に。
慎重に近づく。こいつ、ザセルなのか?
長い黒髪にも、その美しい顔立ちにも見覚えがある。てかありすぎる。ここ最近特に。
そんな俺の知ってか知らずか、首に手を当てながら龍斗さんは俺の顔を見てクスッと笑った。
「ありがと、優也」
「腕の中のそいつは」
「光莉だよ」
「……」
「ほんとだって。信じて?」
……冗談を言っている感じはない。前のように取り乱しているわけでもない。事実を淡々と述べているだけの様子だ。けれど、前のこともあるし信用しきれない。
どうひようもなく、しばらく沈黙が均衡した後、聞き慣れた足音が近づいてくる。
「優也!龍斗さん!!」
「……スパーク、名前の呼び方気をつけろ」
「あっやばっ」
「まぁまぁ。どうせバレてるし、名前の方が慣れてるからいいんじゃない?」
「いいんじゃない?じゃないんですよ。緩みすぎです」
「えっ、てか待って、龍斗さんそれ……」
「あぁ、光莉だよ」
「……うぇぇえ??ゆ、優也……」
「だから名前で……もういい。で、どういうことですか?」
光莉、と呼ぶ女性は動く様子がない。とりあえず報連相だ。龍斗さんは美しい花を丁重に扱うように、優しい眼差しを送っている。
「作戦通り、優也と海美ちゃんは幹部の無力化、俺はその間に外で爆撃とザセルの誘導。で、今この惨状なわけ。それでその爆撃のとき、ザセルが体を分離したみたいなんだよね」
「分離?」
「この研究所も巨木も、ザセルが乗っ取っていたこの体……光莉の体と繋がっていたんだ。だから巨木にした爆撃のダメージもモロにこの体に入る。ザセルはそのダメージを光莉に押し付けて、本体を分離したみたいだね」
「じゃあ今本体は!?」
「自分の体に戻ったみたい。事件の日、優也に焼かれた自分の体を『再生』して、それに精神を移したって感じ?今は真犯人の姿だ」
『こちら狛華。解析結果、現在ストームが抱えている女性は特異生物反応が消失しつつあります。ザセルと分離した際の映像も確認済みです。脅威ではないかと』
狛華さんの素早い解析結果の報告。そうか。本当にこの女性はザセルじゃないのか。
「なら救急部隊を呼んで連れて離れてもらいましょう。体の状態を確認して、すぐに柏木先生に診てもらえれば」
「その必要はないよ」
「え?」
「もう息はない。脈も。言ったろ?巨木に入れた爆破のダメージは、全部光莉の体が背負うことになったって」
「!!…………」
「落下中に…………ね。だから、いらない。安全なところに連れていく時間もないし」
「すみません、俺、」
「いいっていいって。逆にごめんな。海美ちゃんも」
龍斗さんの腕の中で眠る光莉さんの顔は安らかなものだった。少し笑みを浮かべたような、幸せに満ち溢れたような。
もし記憶があるならば、ザセルに体を乗っ取られて悔しかっただろう、辛かっただろう。なのにこんな幸せそうな顔。
もしかして落下中に何か話したのだろうか。別に聞くわけじゃないけど。
静かに眠る女性から視線を上にずらせば、龍斗さんが微笑んでいる。これまで何度も見たこの寂しそうな笑い方。大人らしく何も言わないつもりだろう。
何も聞かないけど、何もしないわけじゃない。
龍斗さんの隣にしゃがんで、背中を軽く叩いた。それを見た海美が龍斗さんを挟むように反対側にしゃがんで光莉さんの肩を優しく撫でる。
「すごく強くて、綺麗な人だね。よく……よくここまで」
「……」
「頑張ったんだろ。もちろん、貴方も」
「……っあーー、ごめん!暗くなっちまって!」
パンパンっ!!と片手で頬を叩き、ブルブルと犬のように頭を横に振る。上げた顔にはもう寂しそうな笑顔はない。俺たちの知るお調子者の龍斗さんだ。
そう。こんなところで落ち込んでいる時間はない。どんな絶望や悲哀に浸るよりも、前へ進むしかないんだから。
「調子戻りました?」
「あぁ、悪い。こんなとこ見られたら光莉に怒られちまうからな」
「無理しないでね。光莉さん、どこか安全なところ……って言っても、ないか」
「そうだねぇ」
『緊急時出動班向かわせます。そこから6時の方向200mに待機しているので、少々お待ちください』
「かゆいところに手が届く!サンキュー」
数分待つと、SCRのタグをつけた数名の隊員たちが光莉さんを抱えていく。その去り際、隊長らしき男性が振り返り、俺をまっすぐに見つめた。
あたりは龍斗さんの起こした爆撃のせいで火の海だ。俺たち特異生物ならまだしも、普通の人間の居ていい環境じゃない。
それでもその男性は姿勢を正し、俺に敬礼をする。
「ご武運を」
「……えぇ。そちらも、気をつけて」
コクリ、と頷いて男性はその場を後にする。光莉さんは丁寧に運ばれていった。
恐れはしないのか。俺は、俺たちは、光莉さんは、あの恐ろしい特異生物なのに。お前たちの家族を、友人を、恋人を、大切な人を奪った化け物と同じなのに。憎みはしないのか。
フッと笑いながら心の中で疑問を繰り返した。
もうとっくに、自分の中で答えが出ているその問いを。
「はぁ、つまらないつまらない。所詮は凡人、ただの肉塊。面白い人形にもなれないとは」




