#19-10 陳腐な答え合わせ
少し落ち着いて周囲を確認する。中央棟のちょうど真ん中ぐらいだろうか。廊下のど真ん中にはエレベーターがあり、その正面に立っている。
窓の外を確認する感じ、多分9階あたりじゃないだろうか。孤虎教授の研究室はこの階だし。
「この廊下の先に孤虎利人の研究室がありますね。そこが全ての始まりです」
「へぇ、細胞培養室じゃないんだ」
「パーティというアリバイを作りながら同時に細胞培養室で優也君の細胞を奪い、それを自身の体に埋め込む。などという事、なかなか骨が折れました。なので偽の利用記録をつくり、さらに前もって作っておいたのですよ。共犯者をね」
「偽の利用記録?そんな簡単に作れるもんなの?」
「あれはカードキーと指紋認証でしたか。記録の改ざんなど、事件の混乱の合間にやれば、造作もありませんよ」
「へぇ……で、共犯者って?」
「私の共犯者は、これです」
そういったザセルが手を胸の高さあたりに掲げ、そこに一匹のマウスが乗る。これが共犯者?
「随分と頼りない共犯者だな」
「いえいえ、彼らほど頼りになるものはいませんよ」
「……“彼ら”?」
『扉が開きます』
「っ!」
「“彼ら”、ですよ」
正面にあったエレベーターが開く。扉の開いた先に、大量のマウスの死骸があった。あの時と、俺が光莉に突き飛ばされて乗りこんだエレベーターと同じ状況だ。もしかしてあの時のマウスが、共犯者?
「マウスは人間よりも嗅覚が鋭敏で、五感の中でも重要な位置づけになります。それを利用しました」
「まさか」
「ところで、細胞培養室には指紋認証システムがありましたね。あれを突破できるのは研究所の研究者のみ。ですが、そもそも扉から入るという発想自体が軟弱ですね」
「お前、は」
「はい。あらかじめ細胞培養室に特殊なにおいを発する餌を用意しておきました。ダクトを通じて飢えた大量のマウスを向かわせる。細胞培養室に入ったマウスが変異細胞にたどり着くのも、簡単でしょうね」
あの大量のマウスを共犯者と呼ぶ理由。それか。そのためにこんな大量のマウスを用意したって言うのか。でもたとえあの大量のマウスが細胞培養室にたどり着いたところで、
「ダクトにはフィルターやファンがある。それに細胞培養室に細胞がそのまま置かれてるわけないだろ。ちゃんと保存機の中に入ってるなら、マウスが勝手に触れるなんてできないはずだ」
「簡単ですよ。前日までにダクトに大穴を開け中に侵入できるように細工し、保存機はあらかじめすべての鍵を外して、さらに餌で誘導すれば。当日はパーティで細胞培養室に入る人間はいないですし。……確かに不安要素はありましたが、それでも事実、うまくいったようですから。ね、頼りになる共犯者でしょう?」
「……確かに、随分頼りになるみたいだな」
「そして異常が起きた細胞培養室でバイオハザードが起き、混乱が生じる。その混乱に乗じて私が特異細胞を取り込んだマウスをさらに取り込んだ、というわけです」
「……は?」
「何か変なことを言いましたか?」
「いや、え、マウスを取り込むって、お前人間だったんだろ」
「えぇ。普通に取り込んだだけですよ。こうやってね」
そういって手に乗せていたマウスのしっぽをつかみ、口を大きく大きく開く。
まさか、こいつは。
視線だけはこちらによこして、まるで絶品料理を食べる時のような朗らかな表情で笑った後、ぴょんぴょんと抵抗するように跳ねるマウスの頭から飲み込む。
「~~~~~っ!?」
ゴリっボリっという嫌な音が響く。それは次第に水っぽくなって、ザセルの口からは赤い鮮血がぼたぼたとあふれていった。しばらく咀嚼を繰り返し、ごくんと喉を鳴らす。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
こいつは、こいつは紛れもない異常者だ。
「ふーー、はい、ごちそうさまでした。あら?どうかしましたか、そんなに青い顔をして」
「……」
「驚かせてしまったようですね。まぁいいです。答え合わせはまだ続きますよ」
「何……?」
「マウスを取り込んだ私は、当然体の拒絶反応に苦しみました。けれど、《融合》の力をもつ優也君の細胞を過剰に取り込んでおいたおかげで、何とか適応したのです」
「……」
「そして、この素晴らしい細胞の主である優也くんのもとへ向かいました。物置に隠れていた彼を見つけたときの高揚感と言ったら!筆舌に尽くしがたい、と言えばよいのでしょうか。優也くんを見つけ、まだ自分の力に自覚のないご様子でしたから、変異細胞をさらに流し込みました。その結果」
取り出したハンカチで口元についた血を上品にぬぐう。伏せた目が再び開けば、意地悪い笑みがそこにあった。
「優也くんが一度、仮死状態となってしまいました」
「仮死……?」
「おそらく変異細胞に適応する個体は一度仮死状態を経た後、特異生物と呼ばれる存在になるようですね。貴方も鮫島海美さんも、みな一度仮死状態となっているはずですよ」
「なるほどね。俺の吹っ飛んだはずの腕が起きたらまた戻ってたのは、仮死状態から回復する過程で再生したわけだ」
「当時の私はそれを知らず、困惑したものです。ですがすぐに優也くんは意識を戻しました。そして力を開花させた。あぁ、あの時の熱は本当に私の心を焦がしたものです!あの力があれば、きっと私の目的を果たすことができる!」
「……」
「そして、その炎は私の体を焦がした。耐熱細胞を持っている私ですら簡単に焼き付く熱で、私は重傷を負いながら逃げました。まだ死ぬわけにはいきませんでしたからね。そこに、ちょうどいい素体を見つけまして、取り込み今の姿となったわけです」
「……」
「ふふふ、あはははは。なんて素敵な顔をするのですか!その最高に歪んだ表情、写真に撮ってフレームに入れて、飾っておきたいぐらいです!」
げらげらと笑う。何がそんなに面白いんだろか。
多くの人の人生を踏みにじって、幸せを奪って、世界をめちゃくちゃにして、こいつは何がしたいんだろうか。
強く握りこんだこぶしから血が垂れる。耐えろ。こいつに情報を全部吐かせろ。殴り殺すのはその後だ。
「うふふ、ふふふふふふ。あはははははっ!!あはは!!すべては私の計画通り!!」
「計画、ねぇ。結局何が目的だったのか、よくわからないんだけど?なんだっけ。あの世界平和ってやつ」
「『人類緑化計画』ですよ。この計画により、世界に、地球には永遠の沈黙が訪れる!それこそ私の目的です!」
「そのためにどんな犠牲もいとわないと?」
「えぇ。『人類緑化計画』を実行すれば、誰しもが私を認めてくれる。偉大なる研究者だと!」




