#19-8 ネピアの結末
ぱしゃ、とネピアの隣にしゃがむ。体から力を抜いてゆっくりと変身を解いた。ネピアは私のその姿に少し目を丸くした後、仕方なさそうにため息をついて、そして上半身だけを起こした。
インカムからは何も指示はこない。黙認してくれるってことでいいのかな。ま、命令違反だろうとなんだろうと、少しだけ時間をもらうことに変わりないんだけどね。
知りたいんだ。貴女のこと。貴女が知っているお姉ちゃんのこと。
その前にはまず、私からだよね。
「ね、ネピア。お姉ちゃんってね、あんまり笑わなかったんだ、実は」
「そうなの?」
「うん。あれ、記憶を見たんじゃないの?」
「あのねぇ、私が持ってる記憶はその人視点のものしかないのよ。自分の顔自分で見れないじゃない」
「そっかそっか。そうなんだね。それで、お姉ちゃんとお偉いさんに会う機会とか多かったけど、その時は作り笑いだなって思ってたの。でも家に帰ってね、シャークガールの話する時」
「……」
「強くて、優しくて、かっこいい女の子の話する時。その時はね、すっごく楽しそうだったんだ。私それがすごく好きで」
「知ってるわよ」
「!」
「シャークガールの話、あれ、愛海の作り話でしょ。ノートに書き込んでいる記憶が何個も何個もあった。何度も書いて、書き直して、また書いてを繰り返して」
「楽しそうだった?」
「……アンタに何度も話すぐらい、好きだったんでしょ」
「へへん、だよね。私もお姉ちゃんの話、大好きだったんだ!」
「事あるごとに言ってるからそれぐらいわかるわよ。アンタがシャークガールが好きなこと」
ふっと目を伏せて笑う。深く優しい笑い方。馬鹿にしているようで、でもちょっと違う。お姉ちゃんと同じ顔だからかな、ちょっとだけお姉ちゃんに似ているような気がする。
シャークガール、かぁ。
「ずっと憧れてたんだ、シャークガールに」
「あこがれ?」
「うん。私、ネピアが言ってた通り、弱っちぃ意気地なしで何も知らなかった。こんな状況変えたい!って思ってるだけで、何もしなかったの」
「……」
「でもね、優也に出会って、龍斗さんに、SCRに出会って、私にもできることがたくさんあるって知って。私にしかできないことだってたくさんあるんだって気付かされた。私の中の勇気に、みんなが気づかせてくれたの」
「……そう」
「だからね、この先の未来に何が待ってるかわからないけど、勇気をもって世界に飛び込んだらきっと、お姉ちゃんのこともっと知ることができるって思うんだ」
「もう死んだ人間に真実聞こうなんて馬鹿じゃないの?」
「えへへ、馬鹿なんだ、私。でももしかしたら、私が知らないだけで何か方法があるかもしれないじゃん」
「なかったら?」
「なかったら見つかるまで探す!」
「……答えの出ない問の答えを?」
「どれだけ苦しくて、辛くても!」
「生きて?」
「そう、生きて。」
すぅっと息を吸った。人間の体は少し息がしづらくて苦しいけど、今はどんな時よりも清々しい気分だった。
「生きている限り、負けなんてないから」
「……誰と勝負してんのよ」
「え?あ、うーん……世界?全部知り尽くしてやるぞ!的な?」
「あははっ、ふふ、何それ」
「ちょ、馬鹿にしないでよー!」
「あはは、はは。はぁ、そう。やっぱアンタ、変わらないわね」
「え?」
「その馬鹿っぽいところ、昔とおんなじ」
「馬鹿っていう方が馬鹿なんだからね!」
「ははは……そう、そっ、か」
ぱしゃ、と隣で水が跳ねた。
ネピアは床に寝転がり、伸びをしている。その体の節々から植物の茎や枝がのび、蕾がついて、オレンジの花が咲きはじめた。
え、え?何これ。まさかザセルが何か?
緊張が走る私の隣で砕けたようにネピアは笑う。
「そんな怖い顔しなくていいわよ。これは私への罰」
「え、」
「ザセル様の細胞が私を食べてるのよ。体が動かなくなるのも時間の問題。よかったわね」
「な、食べてるって!」
「取り込まれるの方が近いか。私もネイチさんも、あの方にとってはただの操り人形だから。片付けの時間なのよ」
「そんな」
「何変な顔してんのよ。さっきまで私のことぶん殴ってたのはどこのどちら様?」
「だって、せっかく仲良く!」
「初めから仲良くなんてなれない関係なのよ。私とアンタは」
戦闘中に言った言葉が返ってきて胸を刺す。そっか、そうだ。私たちは、初めから仲良くなんて。
悲しみが体を支配する。ようやくこうして話すことができたのに、せっかく仲良くなれたと思ったのに。
「ふん、そんな顔しないでよね。気持ち悪い」
「……」
「……私から一つアドバイス」
「え?」
「愛海のこと、どうにかしてでも見つけるんでしょ?なら早いとこ見つけて姉妹喧嘩しなさい」
「喧嘩?」
「ったく、世話の焼ける姉妹だこと。言いたいこと全部押し込んで姉を徹する馬鹿と、死んだ人間に話を聞くとかいうアホ」
「なっ」
「会うんでしょ?なら、ちゃんと。ちゃんと話聞いて、喧嘩してでも本音でぶつかりなさい。後悔のないように」
ネピアの肌が樹皮のように皺が入り、腕は枝のように細く萎れていく。体の至る所には鮮やかな橙色の花が咲いて体を彩った。美しい、というよりはもはや毒々しいそれは、見ていて気分のいいものではなかった。
私にはどうしようもない。見てることしか、できない……
……わけない!!
「ネピア」
「なによ。こっちはもう最期の瞬間なんですけど」
「ザセルを倒したら、その支配されてる細胞っていうのは死ぬんだよね」
「そうよ。でも同時に、体も崩れる」
「体が?」
「言っていたでしょ。私たちは素体となった人間の細胞と様々な生物の細胞を、ザセル様の細胞を糊のようにして繋いで動いてるって。ザセル様が死ねば、その糊も無くなって崩れ去るだけ」
「そんなのわかんないじゃん」
「!」
「魔法みたいなことばっか起きるんだよ。だからきっと、奇跡だって起きるよ!だから、私はザセルを倒してくる」
「……」
「戦って勝ったらさ、友達になってよ」
「はぁ?」
「そりゃ初めは仲良くなんてなれなかったよ。嫌なこともたくさん言われた。私は何度も拳を振るった。こんな関係で、友達になろうなんて変だけど、でも」
騙されてみたいんだ。貴方の優しさに。
「お姉ちゃんのこと、鮫島愛海を大事に思ってる同士、今から友達になれるから!」
いつのまにか溢れていたのか、ポロポロと頬を涙が伝っていく。それはネピアの手に落ちて、じんわりと樹皮の隙間に消えたいった。
出会いは最悪。その後はお互い殺し合ってもっと最悪。
でも、今ならきっと、仲良くできるんじゃないかなぁ。
返ってこない返事に恥ずかしくなって、えへへと頭をかきながら笑って見せると、ネピアは堪えきれなくなったようにぷっと吹き出し、あはははっ!と大きく笑った。
「何よそれ。ほんと、脳内お花畑ね」
「ネピアは嫌?」
「………勝手にすれば」
そう微笑んだ途端、頬にヒビが入る。片目や額からは皮膚を突き破ってオレンジの花が咲き、裂け目から血が垂れていった。
半開きになった瞳を、優しく丁寧に閉じる。
眠った。安らかで、少しだけうれしそうなまま。
胸に悔しさと嬉しさが入り混じっていて、どうにかなりそうだ。ふぅ、と少し息を吐く。
とりあえず司令部に連絡を入れよう。先に進むならナビゲートをもらわないと。
「こちらスパーク、ネピアの戦闘不能を確認」
『司令部了解。その部屋を出て、外にいるストームとフレイムに合流してください。ザセルが相手です』
「了解」
外、外か。ここに入ってきた出入り口から出ていけばいいかな。
立ち上がって、伸びを何度かする。セルヒールも結構効いて、元気いっぱい……には遠いけど、とりあえず大丈夫だ。
準備を整えて先を見据える。少しだけ視線を下げれば、安らかに眠るネピアが視界に入る。
さようならは言わないよ。
「またね」
そう言い残し、出口へ向けて走り出した。




