#19-5 張り巡らされた罠があっても
10年ぶりの景色……らしいけど、正直あんま覚えてないや。
同日同時刻──── 特殊遺伝子細胞総合研究所にて
目の前あるのは確かに10年前のあの日、お姉ちゃんときたこの場所だ。でも拒絶反応だか何だかであまり過去のことが思いだせなくなってしまっている私にとってはほとんど初めての場所。……まぁ多分、こんな根っことかおっきな木とかも昔は無いし、完全に別物みたいな景色なんだろうけど。
事前の作戦会議で指定された場所、東棟の入り口に到着する。……けど、狛坂さんのいう通りだ。
「司令部、想定通り東棟入口は開いてないみたいです。根っこが邪魔してて」
『こちら狛坂。想定通りだね。じゃあそこから11時の方向に進んで。遺伝子プールの入り口で待機』
「了解」
もともとやっていたドローンの偵察でこの入り口が開いているかどうか、画像では結構怪しかったらしい。だから入れないことを想定して別の入り口も考えていた。そう。それが今向かっている遺伝子プールのある建物だ。
昔私が溺れた場所。私が人間から、特異生物になった場所。
狛坂さんが私を気にしてくれたけど、もう大丈夫だよって笑って見せた。嘘じゃない。無理もしていない。だって私はシャークガールだから。それに優也も龍斗さんも一緒だ。今は別のところにいるけれど。
数分走って、やっと遺伝子プールのある体育館のような見た目の建物の入り口までたどり着く。植物の蔦とか花とかが建物を覆ってしまっているけど、大丈夫。入り口は入れそうだ。ここから東棟へ行って、中央階段に行って、上を見る。うん大丈夫大丈夫。緊張するなシャークガール。大丈夫。
なかなか鳴りやんでくれない胸に手を当てて、ふーーっと深く息を吐いた。
本当にこれが最後なんだ。これで本当に。
『配置完了。用意』
本当に嵐のようにあっという間で、でも永遠のように思える日々だった。たった1年もいないはずなのに、それでもあまりに濃い時間過ぎて。
初めのきっかけはお姉ちゃんの真意を知りたかっただけ。
けれど、二人の手を取ったあの日に感じた火花をまだ覚えている。
『カウント。10,9,8』
ずっと三人でいる毎日に夢中になっちゃった。
龍斗さんと一緒にふざけて、優也があきれたように突っ込む。たまに壊れたようにふざける優也にひぃひぃ笑いながらのっかって、龍斗さんのこと困らせたこともあったっけなぁ。
楽しかったなぁ。
『7,6,5,4』
だから、絶対負けない。
戦って勝って全部知って、またあの毎日に戻るんだ。
『3,2,1────!』
私の愛おしい、少し変わった日常へ。
『特殊戦闘部隊、各自行動開始』
カードキーを取り出してかざす。すると扉は自動で開いた。中を覗き込むとかなり暗い。うぅ、優也ならまだしも、私夜目が効くってこともないから困ったなぁ。かといって電気付けたら隠密行動に意味がなくなっちゃうし。このまま進むしかないかぁ。
そーっと一歩を踏み出した。するとすぐに二枚目の扉にたどり着く。そういえば狛坂さんが言っていた。この遺伝子プールのある建物は厳重管理のために他の入り口よりもセキュリティが厳重だって。えっと、これはまた別のカードキーだから、
ウィーーン……
「……へ?」
カードキーをかざす前に扉は静かに開く。あれ? なんで? 私まだ何もしていないけど……?
『スパーク、警戒してください。おそらく罠が仕組まれています』
「!」
『ですが、ここ以外の入り口も進む事もできません。とにかく慎重に、警戒して。中に入る前に電気感覚で確かめておきましょう』
狛華さんだ。いつものふわふわした雰囲気は全くなくて、固い声色だ。そうだよね。もしかしたら東棟の入り口に入れなかったのは実はあっちの誘導かもしれないもんね。
緊張で喉がひりつく。体がしびれる。今夜ここで、人類の未来が決まる。
何度目になるか、深いため息を腹から吐き出して、それからゆっくり吸う。
前に右腕を突き出す。体に意識を集中させて、ぱちぱちと腕から静電気を発するイメージをする。すると前に出した拳からぱちぱちと微細な電流が流れ始めた。これを広く薄く広げるイメージ。途中それが者にぶつかって途切れたらそこに何かが、或いは誰かがいるってことだ。鮫の電気感覚。それの強化バージョン。これで先に敵を見つけ出す。
「!……」
見つけた。
「待ってたわよ。あんたのこと」
建物の中。暗闇のなかから声がかかる。
近い。多分すぐそこにいるような気がする。数歩先の入り口の近く。暗闇の中から手をこまねいている。
持っていた変身用シリンジをぎゅうっと握りこんだ。こんな相手の土俵に立って、自分が勝てるイメージは難しい。けどやるしかないんだ。
扉の先へ踏み出すと、足首まで浸かるぐらいの水深で水が張られていた。チャプン、と波が音を立てる。なにこれ。なんでこんな水が張られてるの?遺伝子プールって名前だし、そう言う部屋なのかな。
足を取られやすい。これ、きっと罠だよね。
「何モタモタしてんのよ。あぁ、暗くって怖くなっちゃった?」
「っ、別に」
「何か警戒してるみたいね。でも無駄よ。ここに来た時点で、アンタはもう虫籠の中」
ヴーーーッ!
ヴーーーッ!
ヴーーーッ!!!
「!」
突然けたたましいサイレンが鳴り響き、視界が一気にクリアになった。今私がいるのは真っ直ぐな通路。正面に声の主、オレンジを基調としたミニドレスで着飾ったネピアがいる。
右手には……プールだ。大きなプールの縁が見えて、更にその奥にはここと対になるように通路がある。天井や近くのフェンスに取り付けられた赤いサイレンランプがくるくるとまわって世界を赤くして、まるで赤シート越しに見た景色みたいだ。
このサイレン音は流石に聞き覚えがある。事件のとき鳴ってた音だ。てことは、バイオハザードの音ってこと。これをわざわざ鳴らすのは、
「私たちのやってることはバレてるぞ……って言いたいわけ?」
「珍しく察しがいいわねぇ。そうよ。アンタのお仲間ももうすでに見つかってる。どんな変な策をもってこようと無駄よ」
「そう。でも私たち、負ける気ないから!」
シリンジを取り出す。できる限り変身するな温存しろって言われたけど、どこまで温存するかな。
はぁーーっとネピアが深くため息をつく。
「アンタのそういうところがいちいち苛つくのよ。その能天気さ。それがどれだけ愛海を傷つけたことか」
「!……」
「あの時水面に映った愛海の顔、アンタ知ってる?悔しそうだったのよ。激痛と絶望と怒りでぐちゃぐちゃに歪んだ顔だった。本当はアンタなんか殺したかったはずなのに!」
「ネピアが見たのはお姉ちゃんがそういう表情してる記憶だけでしょ。感情まで知った気にならないでよ!」
「言うようになったじゃない。いいわ。ならどっちが正しいか、勝負で決めましょう」
ネピアは左手の親指をガリっと噛む。ポタポタと血を滴らせながらその親指で口角を持ち上げた。いつもならそこから可愛く微笑んで見せて、宣言する。
だけど今回は違った。
「変身」
歯を食いしばって、恨むように私を強く強く睨みつけてそう告げた。瞬間、ネピアの体が作り替えられていく。頭と体はシャチの体と色合い、四肢は茶色のクマのもの。爪は長く鋭くギラリと赤を反射した。
「……勝手にお姉ちゃんの意思を決めるなんて、私も貴方も、そんな権利ないんだよ」
「だったら私の不戦勝かしら?」
「本人に聞いていないのに、何も確定の証拠なんかないのに、勝手に決めつけるなって言ってんの!それをわからせてやる!!」
Spark!Ready for injection!
「change my feature!!」
Genes are promoted !
どこからともなく雷鳴が鳴り響く。切り開いた世界に迷いはない。そんな私を見てネピアはより一層表情を険しくした。
足元でチャプンも水が跳ねる。そうだ、これも利用しちゃえば結構強いんじゃない!?
「SCR、戦闘を開始します!」




