#19-4 ネイチの結末
燃える拳をネイチの顎へ突き上げる。間髪入れず立ち上がり、胸の辺り回し蹴りで壁へと叩きつけ、ダメ押しに頭部へ拳を振るった。頭蓋をたたき割り、中まで火が移る。
その衝撃にネイチは壁にめりこみ、少し体全体が痙攣したかと思うと、やがてぴくりとも動かなくなった。
動かないことを確認し、少しずつ体から力を抜く。変身を解いてウルトラセルヒールを2本打ち込んだ。これで少し休めばほぼ全快まで持っていける。
『現在体温43度です』
「了解」
火照った体を手でパタパタと仰ぐ。柏木先生に言われた人間態でのリミットは54度だ。問題ない。
改めて動かなくなったネイチを見ると、めりこんだ壁に背を預け、その場で浅い呼吸をしていた。だけどもう時間の問題だろう。Burn upではザセルの耐熱細胞までは焼き切れなくとも、行動できないぐらいのダメージにはなるはずだ。
あっけない最期だった。
「……」
インカムを一度、ミュートにした。
「おい」
「…………」
「なんで避けなかった」
「…………」
「お前のさっきの素早さなら、簡単に俺の拳なんて避けられたはずだ。それに、なんで」
奥歯を強く噛む。言うか少し悩んで、頭を振って迷いを振り切った。
「なんで俺のこと殴らなかった。なんで俺の顔面スレスレになって、止まったんだ」
「……」
そう。コイツは俺のことを殴らなかった。届かなかったわけじゃない。冷静に考えればあの距離で外すわけもない。なのにコイツは、俺の顔面スレスレのところで拳を止めた。
その直前まであれほど殴りつけてきたくせに、今更情でも沸いたのか?だとしたらありがたい話だ。
返事は返ってこない。静かにうなだれたまま、動かない。
……まぁいい。どうせ望み薄だったし。踵を返して目的の中央階段へ向かう。
「私の話はいいだろう」
「っ!」
足を数歩進めたところで、返事が返ってきた。振り返ると、壁に背を預けたまま語りかけてくる。
「お前も知っているだろうが、私は孤虎利人の記憶を見た。脳細胞が私の……ゴリラ、と呼ばれているのかな?その頭部に移植されたときに、記憶を得たのだ」
「……お前、ゴリラからの人格なのか?」
「あぁ、確か、そうだったと記憶している。正確には、ゴリラの体や神経細胞由来といったほうが正しいが、細かいことはいいだろう。それで、孤虎利人の記憶を見たんだ。そうしたら」
人間の姿にじわじわ戻っていき、そこには父さんの姿があった。当然、中身は違うけど。
ふっとどこか諦めたように、されど優しく微笑んでいる。父さんと少し似ているような。
「お前が生まれて来た時の記憶があった。腕に抱えれば、お前は泣いてしまって。慌てている孤虎利人が微笑ましくなったんだ。そして、お前が健康にすくすくと成長して行く過程が、なんとも愛らしくて」
「……」
「幼子の笑顔とは、かくも愛しいものかと思ったよ。それが妻とお腹の中の子を事故で失った時、同時に愛しい子の笑顔は失われた。それがどれだけ孤虎利人の心をどれだけ抉ったのか。私にも痛いほど伝わって来た」
「記憶を見た程度で、よくもまぁそこまで感情移入ができたもんだな」
「ははは。我ながら、奇妙だと感じたさ。だが、長い記憶を読む中で本当にお前に愛情が湧いてしまったんだ。それが孤虎利人にも。お前達親子が、本当に本当に尊く思えたのだよ」
小説を読んで、登場人物に感情移入するような感覚なのだろうか。それでもここまでやることはないだろうが、現実目の前で起こっていることは事実だ。
「だから、私はお前達親子を引き剥がすなんてできなかった。私が親になれば、いいかとも思ったがな……所詮はお前の言う通り、他人だ」
「……」
「だが、他人でもいい。お前達を、優也を愛したのは本当だ。そこに偽りはない。だからこれは……そうだな。お前達家族をずっと見て来た近所の老耄が、お前に言っていると思って聞き流してくれ」
ネイチの体は節々が燃えたままだ。その激痛があるはずなのに、表情は穏やかで、柔らかい笑顔だった。
「生まれて来てくれてありがとう、優也。お前に、お前達の家族に、出会えて良かったよ」
「……」
「お前達の人生に、幸多からんことを…………」
そう言って瞳が閉じられた。動かない。話すこともない。戦闘不能であることは確かだ。burst upを使うまでもない。
インカムのミュートを外す。
「司令部、ネイチの戦闘不能を確認しました」
『司令部了解。外でザセルとストームが交戦中。応援に入ってください』
「了解」
ざざっとノイズが入って、通信が切れる。多分龍斗さんの方に司令部は集中しているんだろう。こっちの会話は聞かれていないはずだ。
「……近所のおいぼれって、なんだよそれ」
安らかに眠るその寝顔に、変な苛立ちが湧く。
なんだよそれ。身勝手すぎるだろ。てかそんなの現実にいたら気持ち悪いし。
『生まれて来てくれてありがとう』
そんな言葉に喜ぶわけないだろ。そんなの、お前に言われたって。
でもそういえば、ザセルが俺を地下牢に閉じ込めた時、コイツはずっと離れなかった。
それに外に出た時もザセルの手から俺を守ろうと反抗していたところもあった。コイツにとっちゃ、ボスに刃向かうみたいなもんなのに。
思い当たる節は多い。
けど、別に絆されるわけじゃない。
だってコイツは。てかなんで、
「なんでそんな、満足そうなんだよ」
父さんの顔でそんな満足そうに寝るな。腹が立つだろ。
胸に湧き立つ変な苛立ちにぐしゃぐしゃと頭を軽く掻いて、先へ急いだ。ここから中央玄関まで近い。そこから外に出てストームと合流しよう。
一度深く深呼吸をして走り出した、その時。
ドガンッッガシャンッ!
「っ!」
低い爆発音と同時に廊下の窓が風圧で割れた。咄嗟に窓の下で屈んで破片の雨をやり過ごす。この爆発、まさか!
外へ出られそうな窓から身を乗り出し空を見上げる。爆発の黒い煙が立ち上っている中で、未だ研究所に根を張る巨木。その近くに1つの影がいた。それは空中を捩れた軌道で下降している。あれはなんだ?なんであんな変な動き、
「────っ!!」
窓から飛び出した。窓ガラスの破片が腕に突き刺さったのも気にせずそのままに走り出す。
だって力なく下降していくあれは!
息が詰まる。耳元で誰かの細かい指示。わかってる、見えたんだ。
俺の視線の先には、片羽をもがれ、力なく落ちていくストームの姿があった。




