#18-11 絶望的な状況で残ったものは
「さぁ、神話の始まりです」
同日────特殊遺伝子細胞総合研究所にて
ザセルは巨大な樹を前に歓喜の声を上げ、まるで天からの啓示を受け取るかのように両腕を空に伸ばした。
空は雲一つない。しかし星々は息をひそめて、夜空には満月があるのみだ。新しく作られた瞳に映るそれは何も言わず、夜の海にぽかんと浮かんでいた。
その夜空を貫くように立っているのはザセルが生やした巨大な樹────オリジン、と呼ばれるザセルの使徒だ。何も知らなければこれが動くなど信じられないだろう。しかし、これはオルガー、オルガネル、オルガンと同じ、ザセルの忠実なるしもべであることに間違いない。
今朝焼却されたはずの私の体は、ザセルによって瞬く間に再生された。これがザセルの進化した力である『再生』。どうやら再生された場合、記憶もひきつぐことができるらしい。これがある限り、私も隣にいる少女も今後一生〈死〉を自覚できないのかもしれない。
ザセルはクルリと振り返り、私と少女を見た。
「じきにSCRのみなさんが、優也くんがここに来ます。ネイチさん、ネピアさん。準備はよろしですか?」
「はい。すべてはザセル様の神話のために」
「はーい!すべてはザセル様のためにー!」
「お越しいただいた暁にはそれぞれの大切な人に会いたいでしょう?それも、この運命の場所で。だから会ってあげてくださいね」
「もっちろん!海美に思い知らせてやらないと──」
私の左隣で少女──ネピアは息まく。相変わらず悪趣味であることには変わりないらしい。
「──お前が何をしたのか。今、どんな残酷なことをしているのか」
「ふふ、まぁ楽しんでください。優也くんを殺さないこと。私に逆らわないこと。これさえ守れば何をしてもかまいません。もしSCRの皆さんに与するような反逆行為があれば……」
ザセルが意地悪く笑い、くいっと指を振った。
途端、
「っ!!!」
「えっ!?」
「こうなりますからね」
痛い。痛い。痛い。
体中の筋肉が分断していくような感覚。全身に激痛が走り、意識がもうろうとする。痛い。熱い。痛い。
自分の体が自分のモノではなくなっていく感覚。何かに浸食されていく。ついにその場に立っていられなくなり、その場に屈服するように膝をつく。
随分重くなり電流のように激痛が走る頭を下げれば、視界には嫌でも自分の足元が映る。その自分の足は
「ね、ネイチさん?」
「ぐ、ぅぅうううっ、あ、ぁ」
「貴方たちは私の細胞の支配を受けている。それがどういうことなのか、今一度知っていただきます」
「……どういうことなのか?」
「貴方たちは様々な動物のキメラ。それを糊のようにつないでいるのが私の細胞です。故に、私が細胞に命令すれば、貴方たちの行動を制限できることは知っていますね。そしてさらに、私は貴方たちを取り込むこともできます」
「ザセル様にそんなお力が」
「元々はつなぐことが精いっぱいでしたがね。しかし優也くんの細胞を取り込み進化した私ならできるというわけです。この力を使ってまずは……」
腕に激痛が走る。皮膚の真下に何かがいる。
激痛と共にかきむしりたい衝動に駆られた。咄嗟に腕をまくり赤くなったところを血が出るほどにひっかけば、一瞬の膨張の後、そこから花が咲いた。
「ひっ!?」
「こうやって危険分子はある程度行動を制限しておきましょうか。ネイチさんは優也くんに、SCRに寝返る可能性がありますから」
「そんな……ことは……!」
「貴方の意見は聞いていません。貴女の役割は優也くんの足止めです。捕えることは不可能でしょうから、とにかく足止めをお願いしますね」
「ザセル様のお気に君の足止め?何の時間稼ぎをさせるんですか?」
「優也くんの周りにいるゴミを除くためですよ。ここまで面倒を食らったのです。おとなしくそれぞれの大切な存在に殺されればいいですが、そうもいかないでしょう。だから時間稼ぎをしてもらいます」
「三人せーので来たらやばいですよね?そしたら、時間稼ぎもクソもないし」
「それはこちらでブラフを張り、誘導しましょう」
呑気に会話をする二人を横目に、激痛に耐え切れずその場に倒れ伏す。苦しい。痛い。意識が、体が私のモノではなくなっていく。これがザセルのいう支配の力。
それと同時に、妙な感覚がした。体から何か、職種のような何かが伸びるような感覚。しかも自在にそれを操ることができそうな。
ザセルがそんな私の様子に気が付いたのか、興味深そうにまじまじと私を観察している。
「ほう……私の細胞に支配される際、に交換するように私の植物を操る力が混じりこんだようですね……面白い」
「えーいいなぁ。私もその力ほしい」
「ネピアさんも同じことをしていますし使えるのでは?もし好きに使えるなら好きに使ってください」
「やったー!はーい。……透明化はもうお借りしてますけど」
「すべて有効に使ってくださいね」
もう意識はあいまいだ。私が私である自信がなくなってきた。
優也に味方をしないよう、支配を先にかけておこうという策略。大好きな父親の姿なら優也が手加減すると考えて。親子の絆を悪用した、優也にとってとても酷な策略だ。この女はどこまでも性悪女なんだと思い知らされる。
だが、
「ふっ」
「?……何を笑っているのです?」
「私に、意思があろうが、なかろうが……ぐぅうう……優也は、容赦、ありませんよ……」
「……」
「彼の、覚悟は計り知れない。……それに、それを支える絆も」
彼の意思の強さは並大抵のものではない。今更父親の姿で立ちふさがったところで、躊躇なんてしないだろう。
彼自身の信念を貫くのが彼の望みならば、父親として……いや、孤虎親子を愛するものとしてそれを応援するまでだ。
私の反抗的な態度に案の定期限を損ねたザセルは不機嫌な表情で指をくるりと回す。
「あ゛あ゛っ!?」
「喧しいですね。もういいです。あなたの意識は完全にのっといておきましょう」
「あーあ、ネイチさん。残念だなぁ。結局仲良くなれなかった」
「ああぁあああ、ああああああああああああっ!!」
体のいたるところからブチブチと皮膚を突き破り、毒々しいほどの極彩色がいくつも咲き誇る。激痛の成果、はたまた意識を支配されているためか、どんどん視界が真っ黒に染まっていく。
傍目からみれば絶望的な状況。しかし、私の気分は案外悪いものではなかった。
大丈夫。彼ならば、きっと。
狭まっていく視界の中、それでもなお、私の中に希望は残ったままだった。




