#18-9 言いたいこと、全部
「聞きたい?聞きたい?僕ちんの仮説!」
「わーい、是非聞きたいです」
「そうだよねぇ!!なら聞かせてあげようじゃあないか。この天才科学者の仮説を!」
「わー」
「もっと盛り上げて」
「すごい!流石は天才!唯一無二!最高!」
「もっと!」
「いやぁ的戸さん昔から思ってましたけど本当に雲の上の存在って言うか神様が与えたギフトって言うか天才過ぎてもうヤバイですヤバイ天才こんな天才に出会えるなんてサイコーです!!」
うははははははと奇妙な高笑いをする的戸さんに苦い顔をしながら心の中で悪態をつく。あぁよかった。満足してもらえたみたいだ。たまにこうしてよいしょをしないと面白い話を放したがらない。この人、昔から面倒なんだよな。
俺に研究に協力してほしいってことでこういう説明を受けるようになったけど、今やこの人の承認欲求を満たすためだけの目的だ。この人の研究はあまりにすごすぎて外にうかつに出せない。その苛立ちや承認欲求を合法的に満たすことができるのが俺だってわけだ。
的戸さんは手元にメモ用紙を用意し、何かを描き始める。
「ふふん。僕ちんね、気になるわけよ」
「何がですか」
「君は今まで戦ってきた特異生物に接触し、そのコンマ一秒で相手の細胞を自分に融合させて能力を模倣してきたわけだ。じゃあ、その接触時間をさらに伸ばしたらどうなると思う?」
「……?」
「おそらく、相手のことを取り込むことができるんじゃないかって思うんだよね」
「相手を!?」
「おっ、いい反応ありがとうねぇ。そう、相手の特異生物丸ごと融合しちゃうんじゃないかなって」
「そんな、今まで接触時間の長い奴だってしましたよ」
「それは君の意識の問題なんじゃないかなぁ。それにそんなことができるようになったのはMortal evolutionを手に入れた後の話だ。その力を手に入れた後、ザセルが一時的にいなくなったことで特異生物との接触はほぼなくなっているから試せてないでしょ。だからこそ、試してみる価値はある」
的戸さんは本気だ。本気で俺がそんなことをできると考えている。普段の言動こそ信用するには酷すぎるが、ミューシスを作ったのもこの人だし、そもそも特異生物の研究の第一線を張っているのはこの人だ。
間違いじゃないんだろう。多分。
「もし、……もし、俺が相手の特異生物を取り込んだら、どうなるんですか」
「通常通り能力の模倣はできるだろうね。それも進化させた能力の。そしてこっちが本題だけど、僕ちんも想像できないような“何か”が起こる可能性が非常に高い」
「“何か”ですか」
「君の体内でまじりあうエネルギーがどんな形で放出されるのかは僕ちんにもわからない。これはさすがにザセルちゃんもわからないんじゃない?」
「……」
「そのエネルギーを使えば、もしかしたらザセルちゃんの再生能力を超えて焼却ができるかもしれない」
未知数の能力。自分の体に何が起こるかわからない。
自分の体に何かが起こる。それはおそらく、自爆特攻に近いもの。
けれどそれは────最後の切り札になり得る。
そういうことが言いたいんだろう、この人は。表情こそいつものふざけた笑みだけど、まっすぐな視線がそう物語っている。龍斗さんといる時みたいな変人気質の部分が最も印象に残りやすいが、この人も人間として、研究者として、SCRとして特異生物と向き合ってきたんだ。
胸が熱くなる。そうだ。この人だって、一緒に。
感情の勢いのまま立ち上がる。
「……そうですか。頭に入れておきます」
「すとーっぷ!まだちょっとあるから!」
「えっ」
「ほらほら座った座った!……さて君の能力『融合』の反対、分解の力である『Alter』があるでしょ?さっき話したやつ」
「あぁ、はい」
「もし君が相手の特異生物を取り込んだなら、その後『Alter』を使えば分離できるかもしれないよ」
「……!」
「それもあわせて覚えておくといい。でもまぁ、君があれと融合して、“何か”が起きた後の話だから、そもそも君の体が残っているのかすら怪しいもんだけど」
「……」
……それを使って帰ってこい、ってことなのか?
もしかして、心配しているのか?
融合した後なんてどうなったっていいとかいいそうなのに、ザセルを融合したあとの俺のこと、助けるための情報じゃないか。
あっけに取られて的戸さんの顔を見つめていると、心外だといわんばかりに的戸さんは顔をゆがめる。
「ちょ、何その「的戸さんがそんな人だなんて思っていませんでした」的な顔!」
「いや、だってその……俺のこと心配してくれてるの、初めてじゃないですか?」
「あのねぇ。僕ちんは別に君自体のことはどうでもいいの。ただこんな面白い実験動物がいなくなることを心配してるんだよ。勘違いしないでくれるかい?」
なんだよ。それ。
はっきり言わない口ぶり。気まずそうに顔を逸らすなんて、アンタそうそうしなかっただろ。
その態度で、本心がどんなものかなんてすぐにわかる。どれだけ鈍いといわれる俺だって、さすがにわかるよ。
そっか。アンタも、ずっとずっと一緒に戦ってきた仲間ですもんね。
笑いだしたくなる衝動を抑え込んで、精一杯平静を装う。
「そうですか」
「あっ!!?こらー!!なんだそのニヤケ顔キモイ!」
「いやなんでもないですよ。なんでも」
クスクスとこらえきれなかった笑いを漏らしていると、的戸さんが思い通りにならない俺に腹を立てたのかもういいし!と席を立つ。時計を見ればそろそろ鍋の〆の時間かな。俺も食堂に戻らないと。立ち上がったところで、ふと思いつく。
俺たちに残された時間は、もう短い。
「的戸さん」
「なんだよもう!」
「色々とありがとうございました。これまで」
「……」
伝えなくちゃ。後になって後悔する前に。
少しだけかがんで、目線を合わせる。まっすぐに。
「この任務を果たしたら、多分俺たちは処分されると思います。そりゃ、任務完了後すぐにってことはないでしょうけど、帰還して特異生物の殲滅が確認出来たらミューシスの緊急安全装置で心臓を止められる」
「十中八九そうだろうね。ザセルちゃんさえ殺せば、支配をうけていない君たちをのぞいた全ての特異生物が死滅するだろう。確証はないけど、僕ちんはそう見てる。つまり、残る殲滅すべき特異生物は君たちだけだ」
「だから多分、こうして落ち着いて話すのは最後かなって」
「……」
「ありがとうございました。今まで、アンタのわがままに振り回されることも多かったけど、俺のわがままとか隠し事とかに付き合ってもらって。もう、大丈夫ですから」
「……あぁそうかい。清々するねぇ」
「えぇ、ほんとに。俺の死んだあと、細胞でも組織でも臓器でも好きにしてください。あんたなら、悪いことには使わないってわかってますから」
「もちろんそうさせてもらう予定だよ。髪の毛一本、余すことなく使わせてもらうさ」
「……それじゃ、俺はこのへんで」
「……」
席を立って、そのまま部屋を出た。
時間を確認すると21時半を少し過ぎたころ。やべ、結構話し込んじゃったな。
早歩きで食堂に戻る。今頃きっと鍋の締めでうどんやごはんを入れて煮込んでいるところだろう。食堂の人たちに任せるのは申し訳ない。言い出しっぺ、俺たち特殊戦闘部だし。
足取りは軽い。言いたいこと、全部言えたし。




