#18-2 忘れることなかれ
ふと、机に置いている写真立てを手に取る。兄さんと僕が肩を組んで笑っている数年前の写真だ。この時は何も考えずにとにかく突っ走っていくだけだったなぁ。楽しかったなあ。
視界が曇る。
今となってはこの体たらく。こんな僕をみたら、兄さんはどう思うんだろう。
「っあ!?」
暗い思考が頭を支配しかけた途端、つい手が滑って、写真立てが床に落ちた。パリンと音を立てて写真立ては割れてしまった。
「やば、最悪だ」
破片に気を付けながら写真が切れていないか確認する。
「よかった。無事だ……あれ?」
写真と写真立ての間、何かが挟まっている。なんだ?小さく折りたたまれた紙?
こんなのあったっけ。そういえば、この写真立てを置いたの、兄さんだったな。もしかして兄さんの隠しメモかな?面白いことが書いてあるかも!
そう期待と考えを巡らせながら紙を開く。
「……これ、は」
そこに書かれているのは。
『実 へ』
「手紙……!?」
僕へ向けた、最後の言葉?
「な、なんで、なんでこんなところに。直接渡してくれてもいいのに」
困惑しながらも先を読むのをやめられない。どうして、こんな。
『実 へ』
『元気?突然ごめん、こんな手紙を書いて』
『今俺は特異生物を追っている。危険なことは充分わかってるよ。こんな危険なことしてたら、もし俺がどこかで突然死んでしまうかもしれない。そう思ったから今、この手紙をしたためている』
「こんなの聞いていないよ、なんで……!?」
『避難司令も無視して何してんだよって思うよな。俺もつくづくアホだと思うよ。でもさ、やめられないんだよ』
『真実を追うことを』
ドクン、と鼓動が高鳴る。
『記者として、真実を追う。そして見つけた真実を世に出す。真実を追うだけなら警察でも探偵でもやればいい。それを正しく世に伝えるのが記者だ』
「……正しく」
『まぁ、何が正しいのかわからないけどな。でもさ、結構考えさせられるんだよ。今追っている特異生物』
「……」
『ある日、二体の特異生物が植物の化け物を殺しまわってるところを見つけた。一体は炎を操っていて、もう一体は風を操っていた』
「!」
この特徴……間違いない、孤虎優也とその近くにいるあの背の高い男だろう。兄さんはやっぱりあの2体に出会っていたんだ。てことは、そのとき目撃したものを記事に?
続きが気になる。記事では特異生物が人間に変身したってことしか書いてなかったから。そうして焦るように視線は次の文章を追っていく。
『ことが終わるまでずっと隠れて見てたら、二体の特異生物が人間に変身したんだ。びっくりしたよ。声を抑えるのが大変だった。そんで、なんとここからはまだ記事にしてない特大情報!心して読めよ?』
ドクン、ドクン、と鼓動が早まる。
『人間に変身した一人は少年。一人は男性だった。遠目だったからよく確認できてないけど、怪我をしたらしい少年を男性がいたわってやってるようだった。それで、危ないとはわかってたけど近づいたんだ。そしたら声が聞こえて』
『「腹減ったな。帰ったらごはん一緒に食べよう」って聞こえたんだ』
「!」
『その瞬間、すごい怖くなったんだ。もしかしたら、俺の追っている特異生物は、【特異生物が人間に変身している】んじゃなくて、【人間が特異生物に変身している】んじゃないかって。俺は普通に生きようとしている人達を邪魔しようとしているんじゃないかって』
僕と同じだ。
兄ちゃんはもうすでに感じていたんだ。特異生物という絶対悪の中に紛れて、善を成す者がいると。
それがSCR。特異生物に対抗するための特異生物。
その特異生物が、僕たちと同じただ普通に生きたい人かもしれない。特異生物が人間に化けたんじゃない。人間が、特異生物の力を利用している。
『でもたまに特異生物の被害ニュースを見ると、そんなわけないかとも考えた。わけのわからなくなった俺は、とにかく文字に起こさないとと思って記事を書いてしまった。証拠も足りなかったのに、これを読んだ人が俺と同じことを思ってくれるんじゃないかって信じて。……浅はかだったよ』
僕と同じだ。
重い内容に反してクスっと笑みがこぼれた。兄さんもこんなミスをしていたんだ。兄弟とはいえ、ここまで似るもんかなぁ。
『それでもっとちゃんとした記事を書くために証拠集めを続けているわけだ。はー長かった。さて、ここから本題』
『ここまで読んでいるなら、俺はきっと死んだんだろうな。俺が生きてる限り、これを読ませることはしないから。だから、きっと、死んだんだろ』
「………」
『実、ごめんな。一人遺してしまって、寂しいんじゃないか。両親が死んでから気丈に振舞ってるお前を見ていたから、なんとなくわかるよ』
『俺のことはバカとかアホとか好きに言ってくれ。記事にしたっていい。インチキ記者が哀れな死を遂げたって話をしてくれてもいいんだ。だけど、』
そんなこと言わないでよ
手紙の上のインクは滲んでいる。
そこへポタリと雫が落ちて、さらにインクが滲む。
『記者としての矜持を忘れるな。『Truth』の名に懸けて、真実を追い続け、見極め、そして正しく世に広めること。そもそも真実を世に出すべきなのかを考えること。いたずらに広めれば、誰も幸せにはならない』
「世に広めるかどうかも、考える」
『もし彼らが人間ならば、特異生物の力を使っているのは何か訳があるはずだ。善意にしろ悪意にしろ、勝手に推測して広めてはならない。全てを知り、それを世に伝えるべきかどうかまでを考える』
『あの特異生物は本当に【人間に変身する特異生物】なのか────本当に人類に仇を成す存在なのか。見極めろ。記者の矜持はそこにある』
『忘れるな。自分が何者なのか』
僕が何者なのか。
心臓が鼓動をやめてくれない。うるさいくらいに跳ねている。
『緊急速報!緊急速報!避難司令です!現在画面に表示されている地域の方は速やかに避難を開始してください!』
突然テレビから叫び声が流れてくる。再び特異生物が暴れているらしい。その避難司令の出ている地域は遠くない。
近くにあった鞄にメモを突っ込む。何があるのかわからないから簡易救急セットも突っ込んだ。踏みつぶしていた靴をちゃんと履いて、扉を押し開けるように飛び出す。扉に鍵もかけなかった。
僕は記者だ。真実を追うものだ。
外は月も星も見えない真っ暗な暗闇。時刻にして午前2時。静かに眠っていた町は警報音によってたたき起こされて、今にことが始まろうとしている。
僕は記者だ。真実を正しく扱うだ。
僕がやるべきことはただ一つ。あの特異生物たちの正体を見極め、世に知らせるか決断すること。
人類の敵か、味方か。
走って走って走って
「気をつけろよ、みのる」
兄ちゃんの声も聞こえないぐらいに、走った。




