#17.5-4 知らない想い
チャリーン!
「……あれ?」
コインの音。それはブロックからなった音。
その音を皮切りに、世界は突然静寂に包まれた。
周囲にはお客さんの声とか、アトラクションの音とか、ジェットコースターの悲鳴なんかもあったのに。いつの間にか時間が止まってしまったかのように世界は静寂に包まれている。父さんは俺を抱え上げたまま動かない。母さんも少女を抱えたまま動かない。
「……?」
よく見れば、近くの地面にいたスズメが羽を羽ばたかせようとしているところで止まってしまっていた。
本当に時間が止まった、みたいな。
「よっと」
「!」
「ふーーあー楽しかった」
「え……」
母さんの腕から地面に飛び降りて、グイっと背を伸ばしている。そっか。降りればいいんだ。少女と同じように父さんの腕から飛び出す。
地面に着地しても、何も変わらない。相変わらず時間に置いていかれてい待ったみたいだ。いや、それとも俺たちが取り残されたみたいな。
少女は俺を見て、ふっと笑った。その笑みはさっきまでと違って、どこか寂しそうな。
「ありがとうお兄ちゃん。遊んでくれて」
「え……?」
「気が付いてた?あたしね、ずっとそばにいたんだよ」
「ずっと……だって、当然だろ。俺たち兄妹だし」
「……うひゃひゃ!うれしいなぁ、その言葉。例え本当の意味が分かっていなくてもね」
「本当の、意味?」
「お兄ちゃんの力。『融合』と『進化』。あの日、あの爆発の時、あの事故の時にね、お兄ちゃんは無意識に使ってたんだよ。あたしに」
「融合と進化、じ、こ……」
……そうだ。
そうだ。そうだ。そうだった!
何をしていたんだ。俺は、SCRの特殊戦闘部で、早くザセルを倒さないと行けなくて。それに俺にこんな夢を見る権利なんかないのに!
何をしていたんだ。すっかり自分のことを忘れていた。次々に記憶を取り戻していく。
そんな俺の様子を見ながら、少女はため息をついた。
「……やだなぁ」
「!」
「ずっとこのまま、遊んでたいけど。でもずっと独り占めはできないや」
「お前……」
「……うひゃひゃ!お兄ちゃん、変な顔!」
すると少女の姿が大きくなっていく。その姿はちょうど海美と同じくらいの背丈。17,8歳くらいだろうか。特徴的な横髪と猫目は相変わらずだけど、少し長くてやわらかい茶色の髪が女性らしい。
こいつは……俺の考えが正しければ、俺の中の想像の、
「想像の妹じゃないよ」
「!」
「いるの。ここにいるの。あなたの妹が、ここにいるんだよ」
「ちょっと待て、これは俺の夢で、」
「あたしが見せてる幻想だよ。一緒にあそびたかったの、ずっと」
「幻想?」
「事故の時、融合の力でお兄ちゃんにとりこまれたあたしは、お兄ちゃんの中で生きてたの。それでね、最近お兄ちゃんが『進化』の力を発達させたから、あたしも進化した。お兄ちゃんに幻覚を見せることもできちゃうくらい!」
「……はぁ?」
「あたしもね、特別な力があったんだよ。『幻惑』っていう相手に幻覚を見せる力がね。お兄ちゃんが知らない力」
「……」
「あ、その顔、信じてないでしょー……ま、信じられないのかもしれないけど。でもさ、本当なんだよ」
「……」
「本当なの。本当にあたし生きてるの。本当に、ほんと、本当に……」
「っ!」
「本当だよ」
体が震えている。
ぽろぽろと涙がこぼれていく。
けれど、少女は俺を寂しそうに笑いながら決して目線を逸らそうとしなかった。逸らさないまま、本当だ、本当に生きているんだ。そう壊れた人形のように繰り返す。
「変なことしてごめんなさい。でも、あたし、寂しくてひっく、……どうしてもお兄ちゃんと遊びたくて、こうするしか、」
……あぁ、まぁ、確かに。
母さんに似たその顔も、父さんに似た笑い方も。
「本当に、あなたの妹……なの。あたし」
「……」
「信じて、お願い。生きて……ひっく、生きてるの。ずっとお兄ちゃんの中から見てて」
「……」
「あたし、本当にあなたの、」
「信じる」
「!」
「……信じるよ。俺の幻想じゃないって。だって」
少女に向けて一歩を踏み出し、頭を優しくなでてやる。
「俺よ想像じゃ妹なら『うひゃひゃ』なんて笑いかた思いつかないし」
「なっ!」
「それにすごく似てるから。母さんにも父さんにも。あと」
目を真ん丸に丸めたところに、意地悪そうに笑う俺が映ったいつの間にか20歳の姿に戻った、いつもの俺の姿。
そんな自分の姿を見て自虐的にフッと笑いが溢れた。あぁそうだな、その泣き顔。俺もそうだったから。だから、わかるよ。
「泣き方も俺にそっくり。変に不器用なところも、寂しがりやなとこも。一緒に育ってきた俺の妹って証明だ」
「……うぅ」
「な、だから、もう泣かないで。大丈夫だから」
「ぅぅううううああああああっ!」
「!?っ、とと、ちょ!急に抱き着くな!」
突然抱きつかれたのをなんとか抱き止める。危ねぇ、バランス崩してたら兄妹ともども地面に衝突してた。よかった、鍛えておいて。
「わあぁああん!!」
「な、泣くなって。な?そんなに泣かれると、にいちゃんも悲しくなる」
「違うもん、これ、嬉し涙だもん」
「え、」
「嬉しいの。やっと、やっと気づいてくれたんだって!」
「!」
「だってずっと気づかないんだもん!そりゃそうだけど、気づくわけないけどさぁ、寂しかったんだもん!それに、も、もしあたしのこと、妹なんかじゃないって言われたらどうしようってずっと不安で」
「そんなこと言うわけないだろ」
「でも怖かったんだもん!聞くの怖くて!」
「……」
「こわ、くて……わあぁああああああん!良かったぁ!!」
こんなところまで似るものなのか。兄妹って。
ただ抱き止めていたものを、蝶を扱うように丁重に、ゆっくりと抱きしめる。驚いたような息遣いが耳を掠めた。
「……そうだよな。わかるよ、その気持ち」
「え……?」
「絶対はないから、怖くなるんだよな。独りが怖くなって、言葉が出てこなくて」
「……」
「でも大丈夫。もう大丈夫だ。ごめんな、気づかなくて」
「……ほんとだよ、ほんと」
「あぁ、本当だ。本当に俺の妹だ」




