#17.5-2 知らない少女
「お兄ちゃん!!」
「────え?」
背中に強い衝撃を感じる。前に数歩よろめいてなんとかこけずに済んだ。
くるりと振り返ると、そこには一人の小柄な少女。眉を吊り上げ、フンスと息を吐きながら俺を睨みつけている。
俺と色違いの緑のトレーナーに同じデニムのプルオーバー。可愛らしく結われた二つ結びがぴょんぴょんと上下に揺れている。特徴的な跳ねた両横髪は、まるで俺と、父さんと同じ髪。それにこの顔、どこか母さんに似て────
「何してるの、もう!お父さん、困ってるよ!?」
「え、は、はぁ?」
「いいんだよ××。怒ってくれてありがとう。でも私は大丈夫だから。それより優也が様子がおかしくてね」
「お兄ちゃんの様子がおかしい?そうかなぁ」
少女は俺の顔をじっくりと見つめる。大きくクリっとした茶色の猫目に困惑する俺を映して、不満げに首を傾げた。
「確かに。××のこと変な顔してみてる。いつもならすぐほっぺたムニムニしてくるくせに」
「え」
「あら、優也?どうしたの?」
後ろから女性の声がかかって咄嗟に振り向く。この声、この声は、
「優也?どうしちゃったのかしら、そんな泣きそうな顔をして」
裾に施されたふんだんのフリルがかわいらしい、淡い桃色のワンピース。その服にこそ見覚えはないけれど、その顔を片時も忘れたことはない。
もう二度と聞けないと思っていたんだ。
事故にあった、あの時から。
そう考えている間に、体は先に飛び出していた。
「母さん!!」
「わっ!?」
「母さん、母さん!!」
「ど、どうしたの!大丈夫、大丈夫だからね」
「ぅぅうううううう……」
足が地面から離れる。簡単に抱き上げられて、トントンとあやすように叩かれて、涙がこぼれそうになった。
あたたかい。こんなにあったかかったんだ。
「ちょっと、優也どうしちゃったの?」
「それが、私もわからなくて」
「あたしもわかんない!なんか急に変になっちゃった」
「ん~~昨日はあんなに楽しみにしていたのに、急に嫌になっちゃった?」
「ぅぅ、う、ぁ、母さん、生きて」
「……うん?ううん、どうしたのかしら。……あなた、××を連れて先に遊園地行ける?」
「かまわないが……」
母さんは困ったように父さんに頼んでいる。その声にはっと我に返った。
ダメだ。
ダメだダメだ。
俺にこの夢を見る資格はない。
父さんの声に、母さんの姿に、もう二度となかったはずの景色に体が勝手に動いてしまっていたが、ダメだ。だってみんな死んだんだから。これは俺の勝手な幻想で、こんなのみんなを侮辱しているも同然だ。
冷静になった頭で、そっと母さんの体を押し返す。
申し訳ない。生き残った俺が、こんな夢を見てしまって。
「あら?もういいの?」
「ご、めんなさ、」
「……ひどい顔色じゃないか……やっぱり今日は休もう」
「そうね。私が優也の傍にいるから、××のことお願いしてもいい?」
「あぁ。それじゃ××、行こうか」
「えーーーー!?お兄ちゃん来ないの!?」
「お兄ちゃんはちょっと体調わるいんだ。はは、昨日楽しみにしすぎて眠れなかったかな?」
「今日朝ねぼすけだったじゃん!」
「ごめんね××、お父さんと今日は遊ぼうね」
「やだ、やだやだやだ!」
「こら、××。仕方ないでしょ!」
「やだやだやだ、やだっ!!」
少女はその場で地団太を踏む。状況的に、この子は俺の妹というわけだろう。
俺の潜在的な意識が作り出した、生きているはずの無い存在。だってあの時、事故にあって母さんが死んで、それでこの子もお腹の中で死んだはずだ。それを俺が勝手に、こんな形で、最低だ。
自己嫌悪で脳が溶けそうだ。頭が重くなって、自然に頭を下げるような形になる。
ごめんなさい。そう口に出そうとした瞬間。
「やだよ。あたし、お兄ちゃんと一緒が良いの」




