#17-22 偶像崇拝
橋の上で風がピュウピュウと冷たい音を鳴らす。緑のワンピースを風の思うままにさせながら、長く美し髪をとく。
コツ、コツ、と高いヒールの足音にジャリ、と音が混じる。そこは真っ黒に焦げて禿げたコンクリート。ただ静かな目でそれを見据えた。表情が抜け落ちたような、凪いだ顔がそこにはある。
その視線の主である女性────ザセルのもとに、一体の化け物が駆け寄った。
「あっ、や、やば、ザセル様」
「……はい」
「あの……その、炎野郎に寄生してた俺の細胞と連携がんんん、取れなくて……」
「おそらく先ほど焼かれたのでしょう。となると、優也くんは制御の外側ですか」
「あぁ……その……はいぃ……」
「……まぁいいです。同じことを何度も繰り返せばいい。ですがまぁ、まずは彼が正気を保っているかどうかでしょう。仲間の血で染まった手を、彼はどう思うか」
橋の下を覗き込むと、そこには緩い傾斜のすり鉢状階段、さらにその下は広場になっている。
「アスカロイさん、ネイチさん。優也くんを探してきてください。見つけたら報告を。こんな朝から活動してしまっては、流石の私も疲れてしまいますから」
「承知しました!」
「……」
「私はあの広場のベンチで休むことにします。10分ほど探しても収穫がなければ帰りましょう。どうせ今も監視されていますから」
コツ、コツとザセルは橋を後にし、すり鉢状階段をゆっくり降りていく。海に面した広場は水平線を臨むことができる。空と海の境目は赤く染まり、少しずつ夜の闇を飲み込み始めていた。
月の見つからない空。都心部故か星の明かりも乏しく、真っ暗だ。その漆黒は、アスカロイによって寄生され操られていたお気に入りのギフトの姿を思い出させる。それにあの絶望した顔といったら、あれほど面白いのはない。
「さて、どうしてくれましょうか」
神様から世界を救えともたされたギフトとして使う前に、また弄んでやろう。憎き孤虎の息子として。
少しずつ空の色は明るくなっていく。口角を上げたままザセルは動かない。ただピュウピュウと鳴く風が彼女の頬を撫でていく。
十数分して、ザセルの元にネイチとアスカロイが戻る。その手にザセルの望んだものはいなかった。わかっていたようにため息をついて、ベンチから立ち上がる。
「完全に雲隠れされてしまいました、か。まぁ仕方ありませんね。蟻のような巣を持っている彼らのことです。きっとセーフハウスのようなものを多く用意しているのでしょう」
「では、」
「撤退です。また会いにきましょう、優也くんには」
「承知しましたー!」
「……優也」
反応の悪いネイチにザセルは冷たい視線を向ける。心ここにあらず、とでも言いたげな様子で軽くうつむくネイチの意識がここにはないことは、誰が見ても明白だった。
そういえば、ネイチは優也と親子ごっこをしていた。ネイチの体は孤虎優也の父親、孤虎利人でも中の人格は新たに作り出した別物だ。だから、真の意味で優也に愛情を感じるわけがない。
それなのに、こいつは。
「貴方、本当に彼を息子だと?」
「……」
「聞いていましたよ。あれは優也くんを操るための催眠というか、洗脳のためと思っていましたが、どうやら本気のようですね」
「……優也は、私の息子です」
「貴方の、ではなく孤虎利人の、では?」
「この体は彼のものです。彼の自我は潰えた以上、体だけでも優也の傍に」
「フッ、気色悪い。記憶を読んだだけの存在がそこまで優也くんと孤虎利人に深入りするとは、理解できませんね」
「……」
「いいですよ。優也くんは取り戻しますから。そのためには……襲撃でもかけましょうか。彼の仲間がより多くいる場所に。彼の弱点は、大切な仲間がいることですから」
本来であれば天使のような微笑みは、悪魔のように歪んでいた。
「誰の話してんだ」




