#17-21 君のいない未来、なんて
「……だって、」
ずっと怖かったのに。
「母さんが死んだときみたいに」
ずっとつらかったのに。
「父さん、いなくなったときみたいに」
ずっと寂しかったのに。
「また独りに……なりたく、なくて」
それをずっとずっと、我慢してきたのに
「怖くて苦しくて辛くて泣きたくて、でも我慢して。バレたらきっと呆れて見放されて、また独りになると思って、ずっとずっとずっと堪えてきたのに。どうしてくれんだよ」
ズビ、と鼻を啜った。
目の前の泣き虫2人に、精一杯の怒りを込めて。トン、とコンクリートの床を殴った。
「怖かった」
「うん」
「寂しかった」
「うん」
「必死に堪えてきたのに」
「もういいだろ、1人で背負うのは」
「つらいだけじゃん、1人でいるの」
背中に龍斗さんの手が回る。その上から海美手も重なって。
トン、トン、と叩くリズムはどこまでも優しくて。目に張った水膜を少しずつ揺らす。
龍斗さんが笑う。
「いくらでも一緒に泣いてやる」
海美が笑う。
「泣き疲れたら一緒に笑おう?」
震える背中を、何度も撫でて。
「いっしょ」
「そう、一緒に。俺たちは」
「これまでも、これからも」
「「3人で一つ、でしょ」」
ぽた、と頬伝って何が垂れた。
ずっと堪えていたものが、決壊した。
「……う、うぅ、」
ぽたぽたこぼれていたそれは次第に止まらなくなって、鼻水まで出て、頭の中はぐしゃぐしゃ。目を閉じても擦っても途切れはしなかった。ぐちゃぐちゃになる顔を見られたくなくって手で覆う。けれど止まらない嗚咽までは隠しきれなかった。
「ぅうぁあああああああああああああっ!」
声をあげて、みっともない。
けど2人は何も言わずに、海美は震える体を抱きしめて、龍斗さんは頭を撫で続けてくれた。2人の嗚咽は、耳に届いていた。
独りぼっちが怖かった。暗くて、冷たい、俺の一番嫌いなもの。泣いたら終わりだと思っていた。見捨てられて、独りぼっちになってしまうと思っていた。けど、
涙って、あったかいんだな。
「ぁぁああぁああっ!!」
「ほら、擦らない擦らない」
目を再度擦ろうとする手を龍斗さんがやんわりと止める。ハンカチ代わりに、ガーゼを目に当てた。
「ぐすっ……うぅ、」
「いいよ。まだ。一緒に泣いてようぜ」
「ひっく、ぐす、うぅぅっ!!」
「大丈夫。置いてったりしねぇよ」
ぐしゃぐしゃに頭を撫でられる。いつものように振り払う気にはならなかった。そのあったかくて大きな手が、心地良くて。
そっか。独りじゃないんだ。
コツン、と俺の頭に海美の頭が触れる。
「大丈夫。我慢してた分いっぱい泣いて、スッキリして、そしたらまた笑おうね」
「う、み……」
「あはは……そんな、優也が泣いてるとこ、初めて見た!また新しい顔知っちゃったな」
海美の目には涙が滲んでいる。それで何故かホッとしてしまって、また温かな涙が溢れていく。止めようにも止められない。壊れたダムのように、心の中に滞っていた不安が流れ出ていく。
それを2人は受け止めて、また笑って。
「俺は優也のいない未来なんて考えられないから」
「どんな未来になろうと、私たちはそばにいるよ」
「てか、そばにいるって先に言い出したの、優也だし」
「そうだよ。約束破りしてずるいぞー!」
「ごめ、ひっく、ごめん……おれ、が、先にそばにいるっていったのに、2人が離れていくのが怖くなったなんて」
「ばーか。置いてくわけないだろ」
涙で潤んだ声。龍斗さんの顔を伺えば、頬を涙が伝っていった。なんだよ、と照れて隠すように俺の前髪をぐしゃぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。
そうだ。2人が俺を置いていくわけないんだ。
そう思えば、どこか冷えた心が隅々まで温かくなって。
微笑ましそうに見ていた海美が笑う。
「ふふ……ねぇ、優也、龍斗さん」
「ん?」
「新しい約束を3人でしない?」
昨日のように、海美は小指をさしだす。
「しなくたっていいけど、こういうのあると頑張れるんだよね。さっきみたいに、あの時約束したんだー!ってさ」
「いいね。約束は?」
「ふふん、もうわかってるでしょ?」
ね、優也。そう笑う。
「……あぁ。わかった」
「よーし、じゃあ小指出して」
「うん」
3人分の小指。
重ねて絡めて、決して離れないように。
「「「3人で一つでいること」」」
誰も置いて行かない。
誰も1人にしない。
誰1人も、決してわかたれぬように。
「ゆーびきーりげんまん嘘ついたら針千……いや、億本のーます!」
「おぉ、怖」
「ゆーびきった!」
……切ったんじゃないのかよ。離れてないけど。
そう眉を寄せた俺の顔が特別面白かったのか、海美はクスッと笑う。それにつられて、龍斗さんも笑った。
「あはは、変な顔」
「人の顔を、失礼だぞ」
「まーま、約束もしたし!」
「何も弁明できてませんからね、それ」
「あ、バレた」
あははと笑う。いつもの3人の温度。くだらない話がつづいて、誰かがそれに乗っかって、笑いが連鎖して。
そうだ。なにも今急にに出てきたものじゃない。いつもここにあった温度だ。
「……俺、勘違いしてた。ずっと、全部1人でなんとかしないとって。2人を守るためなら、俺はどうなっても良いって。1人でって、そう思ってた」
気が付かなかった。当たり前にあったそれを。
「でも、俺は1人じゃない。龍斗さんも海美もずっと隣にいた。気付かなくてごめん」
「ふふ、今更〜?」「やっとか」
2人はずっと傍にいるじゃないか。これまでも、これからも。
この日常を守るために俺たちは戦うんだ。
少し離れたところから数台の車の走行音が聞こえる。来たか。
「あ、狛坂さんから連絡きた!スピーカーにするね」
海美がインカムを外し、スピーカーモードにして手に乗っける。
『ズビ……あ、こちら狛坂。まもなく支援部隊が到着します。グス……柏木先生も同乗しているので、何かあれば……』
「……なんか狛坂泣いてね?」
『ズズッ……こちら狛華。映像解析結果、ダイバー大橋にネイチ、ザセル、アスカロイの3体を確認。周辺でフレイムを捜索している模様……グスッ』
「……あれれ、狛華さんも泣いてない?」
嫌な予感がする。いや、待て待て待て。被害は司令部だけで最小限だろ。多分。
「あの、お二人、今の一連の流れ、もしかして全部……」
『グスッ、グスッ、全部流れてます……SCR全体で……』
「SCR全体で!?」
『はい……聞いてもらわなきゃって……思って……』
くらりとめまいがした。いや、もう帰還したくないんだけど。なんか、すごい帰還したくない。いやしたいけど。するけどさ。
龍斗さんは苦笑いで、海美はえー恥ずかしー!と照れている。いや、照れている場合じゃないが……!?
過ぎてしまったものはしょうがない。これは後々考えよう。
ブルブルと頭を振って気を取り直すと、駐車場に走行音が響く。来たな!
「行こう、龍斗さん、海美」
「おう」
「まっかせて!」
車を迎えるように立ち上がる。体こそボロボロで怠くて重いけど、心はまるで羽でも生えたかのように、ここ数年で一番に軽く感じた。




