#17-9 絶対に連れ戻す
ヒュウ、と冷たい風がビルの合間を吹き抜けた。
海が近くにあるからかな。聞いていた気温よりも寒いような気がする。
翌日午前5時──ダイバー大橋にて
「海美ちゃん。平気?」
「うん。大丈夫」
昨日の惨状が残るそこは、まだ焼き焦げた匂いがする。
ダイバー大橋。日が落ちたままのそこは薄暗い。さらに少し霧が出ていて視界が悪い。
反省を生かして周囲には夥しいほどのドローンが飛んでいる。狛華ちゃんが新たに透明なザセルを見つけられるようなカメラシステムを作ったらしい。ただ今回が初運用なわけで、うまくいくかはわからないけど。
昨日のラジオでの発表はAIが作った動画として公表させた。けれど一度人の意識に擦りついた興味はなかなか消えない。現に、周辺に集まる野次馬どもを取り除くのにかなりの時間を要した。
「昨日ロストしたのはこのあたりだよね」
「そう。ここから海美ちゃんの電気感覚と俺の視力でわずかな痕跡でもたどるよ」
「うん。わかった」
「いつもザセルが出没するのは都内だけだ。多分都内に本拠地があるはず。そこに優也もいる。支援部隊も動いているし、気負わないようにね」
「了解。いこう」
少しでも早く優也を見つけ出す必要がある。優也の力を悪用される前に、優也にこれ以上殺させないために。絶対に止めないと。そのためには後手に回るより、少しでも先手を取りたい。かなり時間がかかるかもしれないけど……
「優也のこと、見つけよう」
「うん。絶対!」
そう海美ちゃんは笑った。
両腕を前に伸ばして、集中するように目を伏せる。パチ、パチと電気の跳ねる音。
さて、俺もよーーく周りを観察して……
「えっ」「あれ……?」
あれ、
『っ!シグナル反応あり!ザセルです!!そのほか反応多数!』
あれって、
「あら?皆様勢揃いで、どのような御用で?」
ザセルがいる。後ろには変身態のネイチが控えているのか、大きな影が霧に浮かぶ。
その腕が抱えているのは、
「優也……!?」
「優也!!」
ぐったりと動かない、優也の姿。
眠っているのか、変身態のネイチに横に抱えられたまま静かに胸が上下している。
真っ白な顔色にまさかと心臓が跳ねたが、まだ息はしている。大丈夫。
ミューシスを構えながら、不敵に笑う。
「そっちからノコノコ出てきてくれるわけね。どうもありがとう」
「あら、朝から地道にお散歩してこちらに来ようとしていたのですか?ならすみません、下手に嗅ぎ回れるのも嫌なので」
「優也のこと放してよ!!」
「なぜですか?」
「俺の相棒なんだよね、そいつ。おとなしく返してくんない?」
「あら、あらあら。そうでしたか。でも……」
ザセルは優也の頬を撫でる。それがむずがゆくなったのか、優也の瞳がゆっくりと開いた。
真っ赤な瞳。昨日と変わらないけど、一つ決定的に違う。
瞳に光が全く入っていない。
焦点も定まっていない。虚な瞳だ。
その瞳に確かに俺たちは映っているはずなのに、何も反応を示さない。
「優也くんは帰りたくなさそうですよ?」
「……何をした」
「何も。私は、ね」
にやにやといたずらっぽく笑って見せた後、ザセルは後ろに下がる。代わりにネイチが前に出た。
「優也。起きたか?」
「とうさん」
「すまない。お前にこんなことはさせたくないんだが」
「……へー、き」
強烈な吐き気がする。これほどまでの嫌悪感は初めてだった。
口角だけが上がった笑みをネイチに向ける。昨日のあれほど不気味じゃないが、違和感しかない。まだ操られているのか?いや、違うな。多分何か別の、洗脳でもしたんだろう。
ネイチはゆっくりとその場に優也を降ろす。
「おれ、がんばるから。とうさんの、ためなら」
「ちょ、優也!!そいつはネイチでしょ!?何言って──」
「静かにしてくれないか。大事な親子の時間なんだ」
ネイチが俺たちを睨みつける。こいつ……まさか!
「なるほどね。こりゃ最悪の洗脳だ」
「洗脳!?」
「洗脳などしていない。すべて優也が選んだ本望だ」
「優也がお前を父さんなんて呼ぶわけないだろ。どうせ絶望したところにつけこんで……性悪にもほどがある」
「!」
「……私は優也を守る。それだけだ」
「おれ、は」
焦点の合わない赤い目がこちらを向く。
「とうさんのこと、まもる」
「~~っ、優也!!!」
「海美ちゃん、いくよ」
「!、うん!!」
ミューシスのボタンを押し、形成されたソケットにシリンジを滑りこませる。
Storm!Ready for injection!
Spark!Ready for injection!
「「Change my feature!」」
Genes are promoted!
変身を終える。大丈夫。今のところは想定内だ。……優也が洗脳されているのも、今のところは。
優也はどことなく視線を惑わせている。俺が教えたおまじない────左手首を抑える癖、動揺しているのか。
「優也」
「あれ、ほんとうに、にせものなんだよね……?とうさん」
「……」
「その通りです。貴方は何も考えずに」
「っ!おい、」
ネイチの制止も気にせず、ザセルは優也の額に触れる。
「あ゛っ……!!?」
「焼き尽くせばいい。昨日は殺し損ねていたようですから」
「ザセル様、話が」
「この状態ですと優也くんの力を100%引き出すのが難しいと判断しました。逆らうことは許しませんよ」
「……」
「さぁ、優也くん。昨日と同じ素晴らしい殺戮を見せてくださいね」
「ゔっ、あぁあぁぁああああああああああああっ!?」
昨日と同じ様子だ。頭を抑えて苦し気に叫び、そして
「……はは、あ、あははははははははははは!!!いいぜ、殺してやる、殺してやるよぉ!!」
豹変した。前髪はかきあげられて、ゆがんだ笑顔がはっきりと見える。
確認した。アレが原因だな。
よーく見ると額に変な汗をかいていたり、目元がぴくぴくと痙攣している。昨日の疲れが抜けていないのか?まぁそれは俺たちもお互い様だけど。でも昨日より勝機はあるかもしれない。
優也は右手を前に突き出す。2度分けてスナップをきかせながら半回転させると、開いたこぶしを握りこみ、体と共に引いた。
「変身!!」
その宣言と共に引いたこぶしを前に突き出す。同時に膨張した肉がはじけ、漆黒の炎が優也を包み込んだ。
弾ける炎が晴れると、そこには黒いフレイムの姿。これも昨日と変わらない。
それと再び対面する。
「……あーあ、せっかく相棒になってやっと肩を横に並べられたと思ったら、今度は目の前に立ちやがってよ」
「殺す、殺す殺す、殺してやるよ。昨日は殺しそびれたみたいだしなぁ!」
「どーぞどーぞ。俺は……」
拳を握る。
「お前を隣に連れ戻してやる。絶対に」
「私だって、約束まだ破ったつもりないから!」
げらげらと下品に笑うフレイムに、ごくりと唾を飲み込んだ。
「SCR、戦闘を開始します」
「行くぜェ!!!」




