#17-8 洗脳、あるいは本望
「優也」
同日夕刻──???にて
声がかかる。ネイチの声。
足音。冷たい地面の上の革靴の音。
動く気にはならない。なれない。
「優也、水ぐらい飲みなさい」
眼を開く。相変わらず暗い。
目の前に等間隔に並んだ格子の向こうから弱い光が漏れていた。
「優也、ほら」
冷たい。
唇に何かが押し当てられる。
口に水が入る。
ろくに閉じない唇の隙間から、水がぽたぽたとこぼれた。
吐息。
「優也……」
上からのぞき込んでくる視線。そんなものはどうでもよかった。
「……冷えるだろう。壁も、床も、それも」
確かに背を付けた壁も、座り込んだ床も、手足につけられた枷も、冷たい。
でもそれ以上に体は冷え切っていた。
「優也。父さん、隣に座ってもいいか」
「……」
「……」
「……」
「……隣に座るな」
隣にネイチが座る。冷え切ったからだにふれたネイチの体は暖かった。
「はっ、こんな拘束しかされていないのか。バカにされていると怒るべきか、拘束が軽くて良かったと安堵すべきか、わからないな」
「……」
含み笑いに混じる吐息。
居心地の悪そうに身じろぎをした。
「すまなかった」
「……」
「万一邪魔をされたら困ると、私とネピアはここから動くことを禁じられてしまった。お前の仲間をお前に殺させようとしていたのはわかったが、私にはどうしようもなかったのだ。許してくれ」
「……りゅうとさん」
「……」
「うみ。俺が、殺して」
「あぁ」
「俺が殺した」
「……」
「そばにいるって、言ったのに。約束、したのに」
何度も繰り返した。何ができたんだろうって。
曖昧な記憶を何度もたどった。何をしたんだろうって。
そのたびそのたび、死にたくなる。
自分の気持ち悪い笑い声。
二人の悲痛な叫び声。
どんなに痛かったんだろう。どんなにつらかっただろう。
二人の最期は、どれだけ。
「優也」
「……し、て」
「ん?」
「ころして、俺のこと」
暗い、寒い、誰もいない。
俺にはもう生きる理由なんてない。生きる資格なんて。
「……」
「殺して」
「……」
「これ以上、俺が、誰かを殺す前に」
「すまない。私には、お前の傍にいることしか」
「もう生きたくない」
「すまない」
「死にたい」
「……」
ネイチが俺を抱きしめる。
触れる体温は高い。
大きな手が優しく頭をなでる。
体が少し、熱を持つ。
「優也。私の傍で生きてくれ。きっと、孤虎利人も喜ぶ」
「とうさ、」
「あぁ。私はお前の父親だ。中身は違えど、確かにお前の父親なのだ」
「……」
景色が揺らいだ。目の前のこいつは特異生物だ。
でも、確かに体温はある。あったかい。心地いい声。大好きな父さんと同じ声。
腕に縋りつく。
正気が擦り切れた俺には、もうこうすることしかできなかった。
「優也」
「とうさん」
「あぁ。少し、眠るといい。疲れただろう?」
「うん」
「大丈夫。父さんが傍にいるからな」
「う、ん……」
意識がまどろんでいく。世界の境界があいまいになる。
酷く疲れていたはずなのに眠れなかった、ギンギンに開いていた目を閉じる。
あったかい。
心地いい。このままずっと。
大きく温かい手に頭なでられて、意識は泥の中に沈んでいった。
あんなに眠れなかったはずなのに、父さんの腕の中ではすんなり眠れる。
俺を呼ぶ声は、父さんに酷く似ている。
昔、夜にうまく眠れなかったとき。父さんが寝かしつけてくれた。俺の名前を呼ぶ声はこんな感じだった。
「すべて忘れて、ここにいればいい」
「……」
「私が守ってやる。怖いものはなにもない」
「……」
「おやすみ。私の愛しい息子」




