#15-6 「ごめんなさい」は言えないまま
「許してくれ。優也」
「っ……」
会いたい。
会いたい、会いたい。
扉に引っ掛けていた棒を外し、鍵を開く。
ガラガラと引き戸をゆっくり開くと、そこには膝をついて綺麗なスーツをぐしゃぐしゃにして、目元は真っ赤、涙と鼻水で顔をぐずぐずにした父さんがいた。俺がズビっと鼻を啜ると、ふふっと軽く笑って、そのまま俺を強く抱きしめた。
「あぁ……あったかいなぁ……」
「んぐ……とうさん、つよい、」
「ふふ、ごめんごめん。でも今だけ。今だけ……」
ぎゅうっと力はより強くなる。痛い。痛いけど、仕方ないなぁ。泣いてる父さんのためだもん。しばらくこのままで。
「ふは、ズッ……優也は優しいな」
「優しい?」
「優しい。優しい子だ。流石は優未の子だ。あぁ、そういえば優也にまだ話したことなかったか。優也は、どうして優也って名前なのか」
名前の由来。聞いたことなかった。
「なんで、おれ、優也っていうの」
「それはね、とにかく優しい子でいて欲しいから。私と優未の────父さんと母さんの願いだ」
「優しい、子」
「優しい母さんの名前から文字をとって、優しい子に育ちますようにって。優也が産まれた時に2人でそう名前を送ったんだよ。そしてまっすぐ育ってくれて、こんな優しい子になった。優未もきっと、喜んでいる」
「……喜んでる?」
「あぁ。もちろん。生まれてきてくれてありがとう。生きていてくれてありがとう、優也」
ポンポン、と背中を優しく叩かれた。じわり、とさっきまでとは違う涙が溢れる。
「父さん、俺、」
優しくなんかないよ。
「俺、だって、」
さっき大っ嫌いって言っちゃったんだ。
思ってない。思ってないんだそんなこと。でも、
「ゆっくり息を吸って。大丈夫。父さんはずっと優也と一緒にいるから」
「ぅ、」
「大丈夫、大丈夫。落ち着いて」
ポン、ポン、とあやすようなリズム。昔から変わらない。俺が泣いてたり、眠れなくて不安になったりしたときのリズム。
謝らないと。さっき、大っ嫌いなんて言ってごめんなさいって、言わないと。だってだって大好きなんだから。
顔を上げる。父さんは優しく俺を見つめていた。
「父さん、俺────!」
ヴーーーーーッ!!
ヴーーーーーッ!!
ヴーーーーーッ!!!
「へっ!?」「っ!?」
突然サイレンが鳴り響く。キンキンと耳をつんざいて、頭の奥まで響いてきた。咄嗟に耳をふさぐ。
「バイオハザード……!?何事だ!?」
すぐそばの父さんの声だけはかろうじて聞こえる。バイオハザード?え、ゲームの話?
なぜか廊下の証明が落ちて、天井に設置された赤いサイレンランプがぐるぐると回る。怖い。何、何が起こっているの。
父さんの腕をぎゅっと強く掴む。ハッとしたように父さんは俺を抱え直し、立ち上がった。
「どうする……このままでは……!」
「父さん」
「……大丈夫だ優也。離れないからな」
父さんは動かない。どうにかする策を考えているみたいだ。
……何か異常事態なのかな。それなら父さんが行かないとなにもできないのかもしれない。けど、俺がいるからいけないのかな。
ぎゅっと拳を握る。
怖いけど、父さんのこと邪魔したくない。
「父さん、行って」
「え、」
「行っていいよ。俺、ここにいるから」
「そんなことを言わないでくれ。もう私は、」
「行ってよ」
恐怖は飲み込んだ。大丈夫。大丈夫。
父さんが俺のこと、大事にしてくれてるって知ってる今なら。
「行って、解決して、戻ってきて」
「!」
「父さんにしかできないことかもしれないし。でも、俺のこと絶対迎えに来てね」
「優也」
「俺はここで待ってるから。この部屋の中で、鍵かけて、突っ張り棒もする」
「……」
絶対に迎えに来てくれる。大丈夫。
慣れないけど、笑って見せた。大丈夫だって伝わってくれ。
「……敵わないな。わかった。絶対にここにいるんだ。いいね」
「うん。わかってる」
「すぐに戻る。絶対に迎えに行くから。約束だ」
父さんは俺を下して部屋に入れる。部屋を出る直前、俺のことをもう一度強く強く抱きしめた後、最後に髪にキスをして微笑んで出ていった。
部屋の中は暗い。電気がつかなくなってしまったからだ。よく見れば、ホワイトボードとか脚立とか、簡単な資材置き場らしい。ドアの傍にいるのはなんだか怖くって、なるべく部屋の奥に逃げ込んだ。
体を小さく縮こませて、時が経つのを待つ。大丈夫。父さんはすぐに戻ってくるって言ってた。大丈夫。大丈夫。外で何か物音がするけど、よくわからなかった。サイレンの音だけが鮮明に記憶にこびりついていく。
いくら待ったのかわからない。体育座りでうつむいて、ただじっと待っていた。
その時
「優也」
「……?」
「優也、聞こえるかい?」
この、声。
「父さん!?」
うずくまっていた部屋の奥から扉へ向かう。父さんだ。約束通り、父さんが迎えに来てくれた!
「父さん、父さんだよね!」
「あぁ、父さんだよ。さぁ優也、扉を開けてくれ」
「うん!…………?」
なんか、なんだろう。
扉の鍵に賭けた手が止まる。違和感。何か変だ。
声は絶対父さんのもの。でも口調が変だ。こんな話し方だったっけ。
「優也?開けてくれないのかい?急いでいるんだ」
「あ、えぁ、うん。今、開けるから」
きっと俺の勘違いだ。それになんかヤバイ状況だし、父さんも冷静じゃないのかも。
扉の鍵を開けて、突っ張り棒を外して、扉を開く。
「とうさ────────」
ガタガタガタガタッビタンッ!!
「────────っ!?!?」




