#15-5 閉じない傷は何度でも泣いて
「すまなかった」
「!」
「私が間違っていた。優也の言う通りだ」
ズルズルと扉にもたれかかる音がした。背中を扉に預けているみたいだ。聞こえる声が少し小さくなった。
「これは言い訳だ。葛花さんに盛大にパーティをやろうと誘われた時、日付をずらせば良かったんだ。ただ、もう施設長の許可までとり根を張り巡らされてしまって、逃げられなかった」
「……」
「でもそんなことは関係ない。今日という大切な日を、何故家族のために費やさなかったのか」
「……」
「優也には、ははっ……いつもここにいる鬱憤もあるだろうから、せめてパーティを楽しんで欲しいと考えたのに、真逆のことをしてしまったな。最低だ」
「え、」
「謝らせてくれ、優也。申し訳なかった」
……覚えて、る?
今日が何の日か、おぼえてるの?
扉にそっと手を触れた。開けるまではいかないけれど、その向こうにいるはずの背中に触れて。
喉から出た声は、走った酸と飲み込んだ涙で少し焼けた、情けないしゃがれ声。
「とうさん、」
「なに?」
「今日、何の日か覚えてるの」
「当然だ。一日だって、忘れたことはない」
即答だった。その一言だけで、胸につかえていた重い重い鉛が昇華して、
「今日は優未────お母さんと、産まれてくるはずだった妹の命日だ」
膜を破りやっと外に溢れた涙が、ポタリと地面に落ちた。
「7年前の今日、不慮の事故だった。妊娠中だったお母さんは深夜、突然の陣痛でタクシーを使って病院に行こうとした」
「……」
「誰も悪くなかった。事故の後すぐに病院に搬送されたが、間に合わなかった。お腹の中の子も一緒に逝った。一日たりとも、一瞬たりとも、忘れたことはないよ」
「……」
「……」
静かだった。誰も話さなかった。
涙が止まらない。拭う気にもならなくて、ポタポタと床へ次々に落ちていく。
そっか。父さんはちゃんと覚えてくれていたんだ。忘れたわけじゃないんだね。
「ズズっ……かっこいい、にいちゃんになるんだって。ひっく……やくそくしたのに」
「うん」
妹が産まれてくるのが本当に本当に楽しみで、母さんのお腹に耳を当てていた時。母さんが「優也はかっこいいお兄ちゃんになれるかな?」って言うから。絶対かっこいいお兄ちゃんになるんだって、母さんと約束したんだ。
なのに、なんで。
「なんで、……なんで、なんで」
「優也」
「何で死んじゃうんだよ。なんで、なんで置いてくの……?俺だけ、ひっく、助かってさぁ!!!」
感情のままに扉を殴った。何度も何度も殴って殴って殴って。手が真っ赤になっても殴って、痛くてたまらなかった。だけどそれ以上に心が悲鳴を上げていた。
「違う、優也、それは違う。私は優也だけでも助かってくれて、」
「父さんいながっだじゃん研究って言ってさぁ!!母さん死んじゃった時いながっだじゃん!!何でいないの!?俺たち家族のこと大事じゃないの!?!」
「違う大事だ私のなにより大切な存在だ!!」
「さっきだって俺がここにいる理由黙ってたじゃん!!なんか俺がここにいたら、父さんと一緒にいるのは本当は悪いことみたいになって!!」
「違う、違うんだ優也」
「ひっく、俺っ、おれ、っ……あのときも、きょうも、1人が怖くて、いやで!!」
「っ!……」
「ぅぅうううわ゛ぁあああああああああああああああああああああっ!!」
痛い。痛い。痛い。
あの日の傷がぱっくり開いたような気がした。いや違う。元から閉じてなんかいなかったんだ。見ないふりしてただけでずっとそこにあった。ずっと苦しかった。
今日も、また1人だって思ったら苦しくて。
「ごめん。ごめんな。辛かったよな。寂しかったよな」
「ああぁぁあああっ!!ひっ、ズズっ……ぅぐ、」
「父さんが母さんたちのこと蔑ろにしたと思ったんだよな。違う。違うんだ。それは絶対に絶対に違う。でもそう思わせてしまった。ごめん。ごめんなぁ、優也」
扉の向こうからは縋るような掠れた声。
泣いてる。あの父さんが。
「もう2度と独りにさせたくなかったのに、あの日誓ったのに。またいつのまにか、独りにさせてしまった」
「とうさ、ひっく、ぅう、」
「大事な息子にこんなに辛い思いをさせてしまった。愚かな父親だ。すまなかった。すまない。本当にすまなかった……でも、どうか……どうか、」
ゴン、と重く扉に何かが当てられた。
「許してくれ。優也」
「っ……」




