#14-16 船の上、風の中
時刻は夕刻前。空の端はオレンジと赤に染まって、昼の群青とともに海へ沈もうとしていた。
1週間後───豪華客船 《シャーク》、甲板にて
「フレイムとスパーク配置に着きました。パーティ開始まで待機します」
『ストームも配置かんりょ〜』
『了解。鮫島厳夫の登壇まで残り5分です。外にいるフレイムとスパークは聴力、ストームは視力を最大現に各自警戒態勢をお願いします。コールなし』
誰もいない甲板。パラソルが開かれところどころに高級そうな椅子や机があり簡単な立食パーティでもできそうなほど広いそこには優也と海美だけが立っていた。
甲板からは下に続く階段が2つ、2人が立っている場所からは少し離れたところにあるそれを登ると海を360度一望できる見晴らし台に出る。この見晴らし台の下にはハイクラスな雰囲気のバーがあり、オレンジの温かな光が間接照明から漏れている。
通常であれば明るく楽しげな雰囲気であるはずのそこで、海美は緊張したような面持ちだった。
「……来るかな」
「復讐するなら最高のチャンスだ。必ず来る」
「でも入る人達全員チェックしたし、入る前だって誰もいないこと確認したし」
「何か仕掛けてくるはずだ。甘い考えは捨てて最悪の場合を想定しておけ」
渋々了解と返す海美の声は小さい。さぁっと風が静かに吹いてサラサラと海美の髪を拐う。少し崩れて影が指す海美の顔は浮かないままだ。
先日のホテルの一件、ネピアに酷く罵られたことを気にしているのだろう。水場を克服した喜びは、ネピアと対峙する不安でかき消されてしまったらしい。
そんな様子の海美を優也は黙って見つめ、静寂に耐えられなくなったように話を続ける。
「ネピアだけならいいが、ネイチにザセル、その他特異生物までいたら一対一の対応は難しい。状況によっては多対一になる。その時は無理せずお互いに頼ること。能力の相性もあるしな」
「うん、わかった」
「……そんな暗い顔で大丈夫かよ」
「!」
頬に手を当て慌てたように笑顔を作る海美。無理に気丈に振る舞う彼女に優也は眉を寄せた。暗い顔していたって仕方ない。けれど別に無理に笑っていればいいとも思っていない。
きっと海美にはまだ迷いがある。姉の姿をしたただの怪物にどこか姉が残っていないか期待している節が見えるのだ。期待するだけ無駄なんて突き返すことはしないが、いざという時その迷いで命が脅かされることだってある。
そんなことになる前に覚悟を決めないといけない。運命のその時、どうするのか。自分はどうしたいのか。
「1ついいか」
「なに?」
「姉が本当に海美のことを、鮫島家を恨んでいたらどうする。理由には心当たりがあるんだろ?」
「心当たりなんて」
「父、鮫島厳夫は誰よりもサメジマの血を重んじる人間で、ネピアの話じゃ父は姉を出来損ないと呼び蔑んでいた」
「…………」
「ここまで情報が揃えば流石に想像がつく。海美もわかってるんだろ」
「……じゃあどうして」
「?」
海美は目をゆっくりと瞑った。もう見ることのできない姉の屈託のない笑顔を、あの輝いていた日々を頭に浮かべてしまったら、どれだけ堪えても涙が溢れそうになるから。
「どうして優しかったの。どうして私とたくさん遊んでくれたの。大好きだっていつも言ってくれてたのは全部嘘なの?」
「…………」
「私のことも鮫島家のことも、全部嫌いならそう言わなかったのはなんで?たくさん抱きしめてくれたのは………何度も何度も、何度も考えた。でもわからなかった。わかるわけないよね。ずっとずっとサメジマの血の話すら知らなかったのに」
また弱く風が吹く。髪が靡いて夕日の暖かな光が遮られ顔に影が落ちる。10年前の事件からじゃなく、産まれ育ってきたこの18年間ずっと知らなかった。
無知は罪だと言うが、それならこんなに長い間罪を犯し続けた自分は前代未聞の大罪人だろう。
それを簡単に『知りたい』だなんて、なんて強引で乱暴な。
「今更何を言えば許されるんだろう。何もう何したって、もう…………」
「許すわけないでしょ?」
「なっ!?」「えっ!?」
突然かかった声の方に2人が向く。そこは見晴らし台の下に作られたバー。クルクルと回転する椅子に腰掛けグラスを傾ける女性がいた。少し燻んだオレンジに白くふわっと広がるスカートが時折吹く優しい風に流れる。
「愛海はアンタを恨んでいた。心の底からね」
「司令部!」
『ダメです、突然何も反応がないところから現れました』
「監視カメラ、ザセル様が言うには特殊な波長で私たちを見つけてるってね。海美の電気感覚のこともあって対策させてもらったわよ」
「チッ、ストームは!」
『ザセル発見戦闘開始!!』
「っ!!」「ザセルまで!?」
コト、とグラスを黒い大理石のカウンターに置いてネピアは椅子からゆっくりと立ち上がる。戦闘だ。2人はシリンジを取り出す。その様子を見てちょっと落ち着いて少し話さない?と誘うも優也は手を止めることなくミューテーターにシリンジを滑り込ませた。
Flame!Ready for injection!
しかし音が続くことはない。
「……海美?」
「………」
「良かった。私もアンタと話したいのよ。邪魔になるからザセル様のお気に君は向こうでお父さんと遊んでなさい」
「っ!!?」
優也は咄嗟に腕をクロスし後ろに飛びながら蹴りの衝撃を受け流す。海美とネピアからは離れたその場所で、突然蹴りを入れてきた男を睨みつけた。
「ネイチ……!!」
「……帰ろう、優也」
「お前は俺の父親じゃない。勝手に父親ヅラしてんじゃねぇよ!!」
「確かに私は孤虎利人ではない。ただ複合された細胞たちが混ざり合い人格を形成したものが孤虎利人の体を借りているだけにすぎない。だが、孤虎利人の思いを1番に継いだものだ」
「記憶を読んだ程度で知ったつもりか?」
「孤虎利人はただお前と生きていたいだけだった。そうでないならあの日、癇癪を起こした君を追ったりなどしないだろう」
「……」
「体がザセルの支配から抜け出せなくともいいじゃないか。地球がザセルの手に堕ちるまでは共に過ごそう、悪夢の中で」
「お前に耳を貸す義理はない」
Burst Flame!Ready for injection!
ミューシスへ既に入れていたシリンジは捨て代わりに半分に割ったMortal solutionの片方をセットし、もう片方を体に刺す。優也の熱に呼応するように足元にマグマがボコボコと煮立ち始め、足から上へ上へと体にマグマがこびりついていく。
「息子の癇癪を抑えるのも父親の務めだ。来い」
顔下までこびりついたマグマを右手で払い、その場でクルッと反時計回りに回って火を辺りに撒き散らす。プランジャーに手をかけ、
「change my……feature!!」
Mortal evolution!!
一気に押し込み、怪物へと姿を変えた。




