#14-15 才能とか血統とか、そんなもの
プール独特のにおい。
冷えた体をシャワーで温めて、ハンドルを回せば高いキュッという音が鳴った。
勘違いの早とちりで優也にビート版を投げつけ、優也がプールに落ちたのを謝って数分。隣にいた龍斗さんが泣くほど笑いながら誤解を解いてくれなきゃ、今でも私は顔が真っ赤だっただろう。
ぽた、ぽた、と髪の毛からとめどなくぬるい水滴が落ちていく。あたたかいシャワーを止めたら、少しずつ頭が冷えていった。そうだよ。ちゃんと冷静に。
「鮫島家の、血」
ちゃんと、向き合わないといけないよね。
初めて知ったのは、初めてネピア────お姉ちゃんにあった時だ。その時、
『父親はサメジマの血を継いだアンタばっかり良くして、昔からずっ〜〜っと劣等感抱えて生きてきてんのよこっちは。アンタのこと好きなわけないじゃん!死んで欲しかったに決まってるでしょ!?』
その時、初めて知ったことだった。
それからしばらく聞くに聞けなくて、今さっき優也から詳細を教えてもらった。
サメジマの血っていうのは、相手の心を相手が気づかないうちに開かせる力。私が意識しないうちに、周りの人の懐に入り込んで、敵と思わせないってことだよね。なんだか、すごく気味が悪い。
「優也も、龍斗さんも、SCRのみんなも、その力で仲良くなった……のかなぁ」
それだけじゃない。今まで出会ってきた人たちも友達も、みんなみんなその力のおかげで仲良くしてくれているだけなのかもしれないってことでしょ。私じゃなくて、サメジマの血のおかげってこと。
そんな、そんなことってないよ。
結局誰も私のことを見ていないなんて、そんな。
シャワーを止めたせいで、体の表面が少しずつ冷えていく。首や顔周りに張り付いた髪の毛が煩わしい。縛るほどの長さはないから、適当に手で整えた。
……違うよね。優也も言ってたし。
「ダメだダメだ。こんなへこんでちゃ、二人に心配かけちゃう」
近くに置いていたタオルを手に取って、体を拭き上げる。個室ブースから出て服を着替えた。スキンケアを忘れずに、髪は痛まないように丁寧に乾かして。いやぁ、短くて助かるなぁ。長い髪の人は結構時間かかるって聞くし。サラサラの髪は結構自慢だから、丁寧に乾かす時間は譲れないんだよね。
身支度を整えて、シャワー室から出る。外の廊下には軽いプールのにおい。右に進めばさっきまでのプールで、左に進めば司令部とか色々ある。
左へ進んでいくと、聞こえる足音が増えていく。時折話しかけてくれる人もいて、笑顔で挨拶を返した。いつも仲良くしてくれて嬉しい……けど、
もしかしたらこれも全部、サメジマの血のおかげ?
「海美?」
「ひゃあ!」
物思いにふけっていると、後ろから突然声をかけられる。聞きなれた声。振り返れば予想通りの人物がそこにはいた。その手にはビニールがさげられている。
「優也、なんでここに」
「食堂から余った食材もらってきたんだよ。その帰り。……まだシャワー室にいたのか?もう40分くらいたつけど」
「女の子は時間かかるの!」
「うおっ、悪りぃって」
ぽかぽかと殴る振りをすうと少し笑いながら手を合わせて謝ってくる。てかもうそんな時間たってたんだ。悩んでいたら、いつの間に長くシャワーを浴びていたみたい。
「じゃあ一緒に戻るか、部屋」
「うん。今日は何?」
「うーん、結構玉ねぎもらえたからオニオンスープは確定だな。主菜はそれに合わせて洋食にしたいよなぁ。だからまぁ、……オムライスとか?」
「わ~いいねぇ!優也の作るごはん大好き!」
「手伝えよ?」
「味見をね!」
ったく、と仕方なさそうに笑う優也の顔、好きなんだよなぁ。いつもいつも、優しく笑ってくれるんだもん。
────でも、もしこの笑顔もサメジマの血のおかげなら?
「……海美?どうした。顔色悪いぞ?」
「え……」
「プールで体冷えたからかな……とにかく早く部屋に戻るぞ。早くあったかいもの食べ……」
「あ、」
ポロ、と頬をあたたかい何かが伝った。
うそ、やば。なんで?そんな、そこまでじゃ。
あわててぴょんぴょんとその場で小さく飛んで見えないようにする。ダメだ、いやだ。心配かけたくない。こんなことで悩んでるって思われたくない。
「やっば~~~~!!あはは、なんか玉ねぎしみてきたかも!」
「海美」
「あはは、すごいね、玉ねぎってこんなに涙でちゃうんだぁ、あはは」
あふれだした涙はなぜか止まらない。なんで、なんで!お願い止まってよ!!
慌てて目元をこする。いや、だめだ、だったこすったら赤くなっちゃう。龍斗さんにもバレちゃうよ。だってあの人目ざといんだもん。でも優也の前で放置とかも気まずいし、なんともできないよ、どうしよう。
てかどうして、どうしてこんなに急に。
「ご、ごめんね、急にこんな、変なんだよね。あはは」
「……」
「ごめんごめん。驚かせて。あはは。大丈夫だから」
優也は私を見つめている。何も言わず、ただじっと見つめている。その深紅の瞳を見つめ返せば、なんだか胸の奥底から何かがこみあげて涙に変わってあふれだしてしまった。
どうして、なんで。
「ごめっ、ごめん、なさ」
「……いいから」
「ひっく、あはは、はは、なんっで、ぅぅうう、ううう」
「いいから。大丈夫。……大丈夫」
すると見るに耐えなくなったのか、優也は私の手を優しくとる。あたたかいその手に、冷え始めていた手が少しずつ温まっていく。
「いい。笑うな。無理して笑わないでくれ。いいから」
「ぅうううううう……ごめ、ごめん、ゆうや、」
「謝るな。いいよ、別に。大丈夫」
「…………なんか、……優也の笑ってるとこみたら、なんか涙止まらなくて。なんかね、なんかすごく悲しくなっちゃって、よくわからないんだけどさぁ」
「うん」
「さっきの、サメジマの血の話、が……優也が優しくしてくれるのも、龍斗さんもSCRのみんなも仲良くしてくれるのは、サメジマの血があったからなんじゃってずっと考えてて。そしたら、なんか涙が止まらなくなって」
観念して言葉にしてみたら、簡単だった。
大好きな優也の笑顔。それが全部、サメジマの血が流れているから、人の心に入り込む才能があるから、そのおかげなんだって思ったら、悲しい気持ちでいっぱいになってしまった。
みんなの優しさは、優也の笑顔は私にむけてじゃない。サメジマの血のおかげなんて。そんなのないよ。
「私と仲良くしてくれるの、きっと、全部、血の……才能のおかげで、私なんて」
「おい」
「!」
「忘れたのか。お前が俺と、出会った時の話」
「……え?」
顔を上げると、微笑む優也がいつものように私の頭を優しく撫でた。
あったかくて、私より少し大きくて少しごつごつした手。
「お前、俺のことコトラ事件の犯人って言っただろ。しかも大声で言いやがって」
「うっ……それは、その……」
「そんな最悪から始まって、それでもこうして傍で戦っている。マイナススタートから始まったのに、それでもここまでこれたんだ。それはきっと、才能だけじゃない。海美自身の力だろ」
「!」
「何も、なんでも言うこと事聞かせる薬とか無理矢理つかって好意を勝ち取ったわけじゃないだろ」
「それは……そうだけど」
「俺たちは海美の血なんかじゃない。海美の言葉に、行動で海美を好きになったんだ。」
「っ────!」
「忘れてんじゃねぇよ、ったく、恥ずかしいこと言わせんな!」
照れを誤魔化すように頭に置かれた手はぐちゃぐちゃと髪をなでる。ちょ、ちょっと!せっかく丁寧に整えたのに!
「ちょっと!」
「ははっ!ほら、少しは顔色良くなったな」
「も、もう!優也のばか!」
「ほら、部屋戻るぞ。龍斗さんが待ってる」
「……うん。そうだよね。気にしたら負けだ」
涙を拭けば、優也は仕方なさそうに優しく笑ってみせた。
大丈夫。才能がどうとか、そんなの気にしたら負け!
大切なのは今、どうするかだもんね。
「ありがと、優也」
「あぁ」
「今好きって言った??」
「は?」「え?」
足を進めていた廊下の先、ちょうど曲がり角から現れたのは見慣れた人影だった。素っ頓狂な声の主であるその男性────龍斗さんは、医療部からの帰りだったのか、眼帯が新しく変えられている。
眼帯のかかっていないもう一方の目を、キラッキラに輝かせて。
「げ」
「あ、いや、あはは〜!お、お邪魔しましたー!!」
「龍斗さんまたアンタ恋愛脳で見てるでしょ俺はそういう意味で言ったんじゃありませんからねてかちょっと聞いてます!?」
「いやいや、相棒の良い門出に立ち会えてよかったよ。あははは」
「おいどこ行く逃げんな!!」
「狛坂〜!狛華ちゃん〜!司令部のみんな〜聞いて〜!!」
追い風をその身に受けたような(実際龍斗さんなら追い風起こせるしね)あまりに軽やかなステップで司令部へ向かう龍斗さんの後ろをキレた優也が追いかける。ありゃ、龍斗さんの髪が爆発アフロになるのも時間の問題かもなぁ。
ふふ、と軽く笑いがこぼれる。けど、まだ心に引っかかって取れないものがあった。
サメジマの血の話。周囲の人からどう思われているのかは分かった。けど、
あとは────お姉ちゃんがどう思っていたか、かなぁ




