#14-6 胸に手を当てて考えてごらん
一口、トマトソースの酸味とバジルの良い香りのするよく煮込まれた鶏肉を口へ運ぶ。
約1時間後───グランドホテル《Sea Dream》63階、イベントホール《鯱の間》にて
折角だからと海美に勧められ、さらに龍斗からすごいと聞いていたこのグランドホテルの食事ともあれば、優也は色々な料理を試さずにはいられなかった。幸い先程の海美のこともあって話しかけてくる人も少なく、話しかけられても海美を待っていると言えばすぐに下がって行った。便利な言葉だ、と感動しながら立食パーティーに参加し、様々な料理に舌鼓をうっていた。
『マジで羨ましい……優也〜持って帰って来てくれ〜』
「海美に頼んでください。きっとフルコースで用意してくれますよ」
『そういうのはちょっとな……』
流石にダメか。なら俺がここでよく味を覚えて再現できればいい。材料ならきっとSCRでも揃うだろう。鶏肉のトマトソース煮を食べ終わった優也は次の料理へと手を伸ばす。
すると、会場が少しざわつく。なんだ?と入り口のあたりを見ると、そこには美しく着飾った海美と若い男性がいた。
若い男性は清潔感のある7:3分けの髪型で、きっちりとした高級感のあるスーツを身にまとい、よく整った顔は穏やかな表情で海美と歓談している。
『あー終わったみたいだな。お見合い』
「海美、やっぱり結婚するんですか」
『しないだろ。お前さっきの海美ちゃんの反応見てなかったの?』
それに戦況も良くないし結婚なんてそんなこと言ってられないだろ。ソワソワとする優也を落ち着けるように龍斗が声をかける。しかし優也はそれを聞かないまま、胸の辺りに手を当てていた。
「龍斗さん」
『落ち着けって。不整脈なってるぞ』
「不整脈……それか。なんか、こう、モヤっとするのは」
『……んん?』
龍斗は眉を寄せ、隣で聞いている狛坂に目線を送る。モヤっとする?不整脈は落ち着かない優也へのただの冗談で、そんなわけないとツッコミ待ちだった。実際別にバイタルサイン上の問題も全くない。でもなんか……様子がおかしいような。
心配する2人を知って知らずか、優也は海美のことを見つめる。視線の先の海美は若い男性と談笑していた。
『大丈夫か優也。体調悪いなら自室戻るぞ』
「あ、いえ。別に体調悪いわけじゃないです。でも……その、胸のあたりがざわざわするというか」
『………!!?』
その瞬間、龍斗の頭に電流が流れる。そうか、そうか、そうか!!自分の心の機微に鈍感な優也が自覚するのに必要なのは取り合うライバルだったのか!!
隣に座る狛坂もニヤニヤと面白そうに笑っている。気づけば司令部全体が通信を盗み聞きし、さらに猛者は画面を自分のデスクトップに勝手に画面を共有してガン見しているようだ。目が死んでいる白夜長官を除けばみんなが″理解″している。
そう感じ龍斗は音声の音量を上げた。まさかこんな形で優也のLoveを目に見る日が来ようとは!いやぁ青い!青い春だ!!
「ああやって外行きの海美が人と話してるの見てたらなんだか胸の辺りがおかしくて。不整脈でしたか」
『いや、お前は不整脈じゃない、さっきのは間違えた!』
「え?じゃあ……どうして?」
『優也。胸に手を当ててみろ』
「?」
言われるがまま胸に手を当てる。ドクン、ドクン、と心臓が音を立てている。いつも通りで特に乱れているわけでもない。だけど胸のモヤモヤ感は晴れてくれない。
『よーく海美ちゃんのことを考えてみろ。笑った顔とか、怒った顔とか、色々思い出して』
「……はい」
『そうしたら思い当たるんじゃないか?原因が』
司令部員たちが心の中で龍斗に賞賛の拍手を送る。入って来た時期などに差はあるが、長くて10年、短くとも数年は成長を見て来た男がこうして今、初めての恋をしようとしているのだ。コトラ事件で優也に嫌悪感を示していた部員はもう優也という存在を受け入れ概ね良く思っており、悪意を持つ人間はいない。すなわち司令部全体が(長官を除いて)温度を上げていた。
眉を寄せながらううん、と唸る優也。少しずつ眉間の皺がなくなっていき、何か納得した表情に移り変わっていく。
「………そう、か。なんとなくわかりました」
『!!』
「龍斗さんの言ってる意味、わかった気がします」
『聞いてもいいか?それは、つまり?』
なんか改めて口にするのは恥ずかしいですけど。そう前置きして優也は穏やかに笑う。そんな優也の様子に伴ってか司令部の熱が上がっていった。そんな司令部に呆れたのかこの状況自体がくだらなくなったのか、ついに長官は椅子を回し背を向けた。
「このモヤモヤの理由。それは、」
『そ、それは?』
「きっと、」
「きっと………!?」
「親心、ってやつですよね」
『…………ん?』
清々しい顔の優也とは正反対に、龍斗は大きく顔を歪めた。
「龍斗さんも俺が小さい頃はきっとそうだったんでしょ?親のような気持ちです。あんな綺麗なドレス着て、上手く話せてんのかな〜とかちゃんとやれてんのかな〜とか心配で。それで心がざわつくんですね」
『いや、その、嫉妬とかは!?』
「嫉妬?龍斗さんがですか?」
『はい!?』
だから、シードリのご飯を食べれる俺に龍斗さんが嫉妬してるって話に戻ったんでしょ?え?違う?じゃあ誰がなんの嫉妬するんですか。俺?俺が誰に嫉妬を?意味わからないんですけど?
本当に龍斗の意図が通じていない優也に司令部全体で大きたため息が出る。いつのまにか座席を乗り出し前のめりになっていた龍斗と狛坂もしっかりと着席し、頭を抱えていた。
そんな司令部の様子など優也が知るはずもなく、ただ困惑して龍斗に応答を求めている。
「龍斗さん?どういうことですか?」
『……お前にはガッカリだよ』
「え!?え、なんで!?」
大きくなった独り言に周りが怪訝そうに優也を見る。その視線に居た堪れなくなり、優也はその場を後にし会場の目立たない角の部分まで移動するほかなかった。




