#14-4 超高級ホテルへ
「聞こえますか」
『こちら司令部、音声良好!カメラも問題なし〜』
2月某日夕刻──都内某所、グランドホテル《Sea Dream》にて
着なれないパーティースーツに、龍斗さんに教えてもらいながらしめたネクタイを少し緩め、緊張した息をゆっくりと吐き出す。見上げたホテルの最上階の灯りが首を直角に傾けてやっと見える。真下にいるとはいえ、高すぎるだろ。
耳の中に仕込んだ特製インカムから軽い調子の龍斗さんの声が聞こえる。中に仕込んでいるから外からじゃ見えないけど、外の音はちゃんと拾うし俺のちょっとした囁きも聞き漏らさない上に俺にしか音声は聞こえない。不便といえば俺の方から操作できないことぐらいか。
『あ、優也。あんまりネクタイ弄るなよ。カメラブレるから』
「了解。気をつけます」
『胸ポケットのカメラもあるけどネクタイピンカメラも大事だし頼むぞ〜狛坂なんかある?……なんもなーし!いけ優也!』
無駄に楽しそうな龍斗さんは放っておいて隠しカメラの位置だけ目で確認し、問題ないと分かればよし、と意気込んでホテルの入り口へ向かう。
中は想像していたギラギラしたお金持ちがいそうな下品さは全くなく、高級感を感じる慎ましくも豪華な装飾で俺を迎えてくれた。入り口すぐにあるレセプションのコンシェルジュが丁寧に礼をする。
「ようこそグランドホテル《Sea Dream》へ。本日のパーティへのご参加でしょうか」
「はい」
「お名前をよろしいですか?」
「嵐巻龍斗です」
「ありがとうございます。少々お待ちください。……嵐巻様。本日はご出席賜りありがとうございます。会場は40階、鯱の間となります。右手正面に見えますエレベーターで上がっていただき、到着後左手道沿いにお進みください」
「はい」
「こちら本日ご宿泊の部屋のカードキーになります。お荷物はございますか?」
「ありません」
「失礼いたしました。では海の夢のようなひとときをお過ごしください」
さらにうやうやしく一礼。それに軽く頭を下げて案内にあったエレベーターへ乗り込んだ。少し足に重力を感じて動き出し、シースルーエレベーターだったそれは都内の夜景をドアを除いた3面に映し出した。
『あ〜いいな〜俺も行きたかった。シードリに入れるなんてどんなお偉いさんなんだよ優也。そこ、目ん玉飛び出るぐらい高いホテルなんだからな』
「すごいです、景色」
『楽しんでるようでなによりですぅ〜』
インカムの向こうで悔しがる男を無視して景色を堪能する。以前の無反を起こしたことへのペナルティとして焼却任務以外では外出が半永久的に禁止されている奴にはカメラ越しの絶景で我慢してもらうとしよう。
何故こんな変な状況になっているのか。簡単な話だ。SCR外で俺の名前は使えない一方、SCR内のルールで龍斗さんは出られない。その凸と凹が合致して、俺が嵐巻龍斗の名前を使って出てくればいい。
幸い鮫島厳夫は書面上でしか俺たちの存在を知らないらしい。顔がバレていないならこの入れ替わりでも問題ないと司令部が判断した。白夜長官はかなり渋い顔をしていたが、鮫島厳夫の要望もあって無視しきれず、渋々俺を送り出した。
それにしても綺麗だな。ほとんど見たことのない都内の夜景。もちろんテレビでは何度か見たことはあるけど、こんなに綺麗なんだ。
チン、と小さなベルがなって扉が開く。えぇっと、左だったな。耳を澄ますと足音がかなりの数聞こえてくる。結構いるな。緊張でゴクリと唾を飲んだ。
会場へと向かう道中に壁に埋め込まれた水槽に目が奪われる。すごい。魚が泳いでる。廊下の照明が少し暗く水槽の中の明かりが映えて海の中にいるような感じを出したいのかな。
『優也〜何道草くってんだ?』
「……あ。すみません。つい」
『それにしても流石は鮫島財閥直下のホテルだな。海への愛情に溢れてる』
「海美?」
『Seaの方の海な。泳ぐ海。鮫島財閥はいろんな事業に力を入れているけど1番は海運業がすごいんだよ。なんでも初めに手を出したのがそれらしいし、現社長は海が大好きらしいからな』
「そういえば、鮫島財閥って名前はたくさん聞きますけど具体的なことは何も知らないです。前の……血でしたっけ?サメジマ家の血とかなんとか言ってませんでしたっけ」
『あぁ、まぁそれはただの噂だけどな。ほら会場急げ、中で挨拶とか始まったら入りにくくなるから』
そうだったと思い返して会場へ向かう。案内係が軽く礼をするのに会釈を返して、会場の中へ入った。
「おぉ……」
『おぉ……』
天井から下がる大きな大きなシャンデリア。気品のある赤のカーペットに、壁の美しく細やかな装飾がよく映えている。さっきまでいた廊下も高級感があるけどここはまた違った感じで、華やかな印象が強い。
そこには若い人からご高齢の方まで幅広い年齢層の人達が高級そうなスーツを身にまとい歓談している。これが上流階級の人たちかぁ。顔も名前もわからないけど、こんな機会がなかったらきっと直接お目にかかれるような人たちじゃないことぐらいはわかる。
「ようこそお越しくださいました。ウェルカムドリンクはいかがですか?」
「あ、じゃあいただきます」
「鮫島厳夫の登壇までしばらくお時間ございますので、どうぞお料理やショーをお楽しみください」
そう一礼してスタスタと歩いて行ってしまう。……ウェルカムドリンクってなんだ?匂いの感じ酒っぽいな。あんまり飲まないでおこう。
「こんばんは。いい夜ですね」
「っ、あ、はい。こんばんは」
突然後ろから話しかけられて驚きながら振り返るとそこには初老の男性がいた。きっちりした紺色のタキシードに蝶ネクタイ。ニコッと笑った顔は親しみやすく、跳ねた心臓はすぐに落ちる。
「突然すみません。あまりお見かけしない顔だったものですから気になってしまって」
「は、はぁ……」
「私こういうものです」
「頂戴いたします」
名刺を渡さされ受け取る。ええと……ポレポレコーポレーション代表取締役社長の上野忠弘さん……ポレポレって、あのお菓子メーカーで知らない人はいないあのポレポレ!?チョコとかグミとか、誰でも食べたことがあるアレの社長って、う、嘘だろ!?
バッと顔を上げるとニコリと上野さんは笑みを返してくる。そんな、あの大企業の社長が!?やばい、冷や汗が。
『優也!返し返し!!』
「あ……すみません。今名刺切らしてしまって」
「いえいえ大丈夫ですよ。大変お若く見えますが、もしかして学生さんですか?」
「はい。鮫島海美さんの友人として招待されまして」
すると突然穏やかな上野さんが目を見開く。
「今なんと?」
「え?あいや、鮫島海美さんの友人として──」
「それは……それは大変失礼しました!あの、海美様のご友人だったとは!」
え、え、え、何?
突然温和な笑みが引き攣って焦りなのか汗をかいている。さっきまでの社長の余裕感はどこへ行ったのか。手を擦り下から媚びへつらうように俺を見ている。
「よければお名前をお聞かせいただけますか?」
「嵐巻龍斗です。嵐に竜巻の巻で嵐巻です」
「嵐巻さん。どうぞよろしくお願いします。ぜひともお話させていただけませんか、あちらのスペースが空いておりますので」
ぜひ、ぜひ、とグイグイ押されてあっという間に連れて行かれる。何この人……
『適当なところで抜けろ優也。そんなやつの話なんていいから』
「そうは言っても、あのポレポレの社長ですよ?どうしろって」
『お前は鮫島海美の友人なんだよ。海美ちゃんが呼んでるからって言って離れとけ!』
そうこうしている間に何やら話を聞きつけた人達が近寄ってきて、上野さんは自分に有利な場を作ってやると言わんばかりに集まる人のなかから人を選んで声をかけていく。あぁ、龍斗さん。アンタが来ていればきっとトラブルなく綺麗に断れるんだろうな。でも俺みたいなコミュ障はこうなったらもう流されるまま───
「すみません、ちょっと通してください」




