#13-7 春の目覚めを待つあなたへ
「言語聴覚士って、どんな仕事なの?」
4月某日──都内某所、斗或高校3年7組教室にて
「うーんと、話す、聞く、食べることが上手くできない子供ちゃんとか、あるいは高齢者の評価、訓練、支援をする人だって」
桜が吹雪くこの季節。3年生になって悩み始めるのはこの先の進路のこと。偶然前後で一緒になった友達──みなほがスマホを片手に将来の夢を語った。医療職につきたいらしくて、その中でも言語聴覚士に興味を持ったみたいだ。
「昔お世話になったことあるけど、ほんとすごいんだから」
「そうなの?ごはん食べられなくなった、とか?」
「んーん、一時的だけど失語症なったことあるのよ。コトラ事件直後。その時によく訓練してくれたなぁって」
「えぇっ!?大変だったね。今じゃ想像つかないよ」
「あはは、今はもうすこぶる元気だからね」
こんな話も軽くできるくらいには心身ともに健康だ。そりゃまぁ、事件直後は言葉が出ないわ、事件のことを話そうにもショックからか何も思いだせないとか、
「……」
事件を面白おかしく騒ぎ立てるマスコミの餌食になったりとか。辛いことはたくさんあったけど。
事件の時、大きな水槽の中でおぼれていた私は救助された。何故か水の中に長時間いても死ななかったことから、人間でなくなってしまったのは自分でもわかっている。声が出なくなったのは、そのショックからだった。しばらく休養に専念して、言語聴覚士の先生に診てもらっていたら、良くなったけど。
お父さんが色々考えて動いてくれたおかげで、私が人間じゃなくなったこと自体は隠せた。けれど事件に巻き込まれたことを面白おかしく飾るマスコミに追われまくって、心がやんでしまって。
それでまぁ、お医者さんの助言通り、事件の後はもう公の場には出ないようにしていた。周りの噂話とかを一切シャットアウトして、おとなしく過ごしてきたこの10年。
左腕をさする。あの日からずっと、枷のように二の腕にはめられているそれは、自分が人間ならざる存在だという証明だ。
辛いことがないわけじゃないけど、こうして高校生活もなんとか送れているわけで。何とか前を向けている。
でも、あの日からなんだか、心臓が止まったままのような。
「海美?大丈夫?」
「あー……ごめんごめん。ぼーっとしてた」
「もーちゃんとしてよね。そういえば、今日から転校生が来るらしいよ?」
「そうなの!?」
「うん。なんか噂になってた。それに新しい生物担当の先生も来るらしいよ。しかも超イケメン!」
「えーーほんとに!楽しみだねぇ」
「鮫島のご令嬢でもそうそう見ないイケメンだよ~~」
「ふふふ、そりゃあ楽しみですわね!」
クラスメイトともうまくやっている。鮫島の価値にすり寄ってくる人や鮫島の気品のあるお嬢様扱いをしてくる人も多くいるけど、ちゃんとしたって言うか、こうして鮫島財閥いじりをしてくれるような、ちゃんとした子も数人いる。苦労はあれど、高校1年生の時から案外普通の学生生活を送れているのは事実だ。こればかりは目前で笑う友人──みなほには頭が上がらない。
「てか聞いてよ、しかもその転校生、イケメン先生と兄弟なんだって!」
「へぇ、兄弟でうちの学校に来たのかな」
「そうそう。てことは、その転校生君もかなりのイケメンかもよ?」
「いい人だといいなぁ」
「無視かい」
まぁいいわ、と雑談が途切れたところで始業のチャイムが鳴る。駆け込んできた男子生徒が先生に平謝りをして、なんとか遅刻判定を食らわないようにしている。ふふ、まだこのクラスになって1週間だけど、賑やかなクラスになりそうだなぁ。
ふわり、と春の柔らかな風が窓から入って頬を撫でた。
……将来の夢、かぁ。
そうだよね。高校3年生と言えば進路を考えないと。って言うか、大学受験の勉強のために2年生の夏ぐらいから勉強している子もいるんだし。私は遅すぎるくらいだ。
「…………」
浮かばない。あの日からずっと、なりたいものなんて何も。
……そういえば、なりたいといえば、シャークガールか。
昔、お姉ちゃんがよく話してくれたお伽話。強くて優しくて、何があっても折れない最強の女の子。あれ、お姉ちゃんの作り話だったんだけど。でも今でもずっと好きなんだよなぁ。
残酷な運命にだって容赦なく喰らいつくシャークガールに、ただ憧れるだけ。
「私に、何ができるのかな」
本当に本当に小さな声でつぶやいた。未だ騒がしい教室のなかじゃ誰にも、一つ前に座るみなほにすら聞こえない。
コトラ事件の後から、私は人間じゃなくなった。
なんだか偉そうな女性が色々と説明してくれたけど、ちゃんと理解できたのは自分の体が危険な特異生物と同じだってこと。そしてその力を利用して、ヒーローみたいに変身もできること。何かあったときのためにって1回だけ教えてもらったことがあるけど……ま、そんな日は来ないってお父さんにも言われてる。
自分のこと、知らないことだらけだ。
そんなんじゃ、そりゃやりたいこともわかんないよ。
そんな無知に甘んじるだけの自分が、一番嫌なんだけどなぁ。
「……」
そよそよと入る春風が慰めるように髪をなでる。今日はなんだか、風が強いかも。
少しだけ窓を閉めて、やっと落ち着いたところでホームルームが始まる。
「はーい静かに静かに!よし。今日は朝礼の前に転校生の紹介だ!入ってくれ!」




