#13-3 奇妙な祝宴
「あのーーーーー、すみませんお話中」
「!」「え、」
後ろから不意に声をかけられる。2人が声の方向を見ると、そこには小綺麗なパンツスーツと赤縁メガネがアンバランスな20代後半ほどの女性が立っていた。
ニヤニヤと厭らしい笑みを携え、手をすりすりと擦り合わせるような動きで2人に、特に愛海に近寄る。
「鮫島財閥のご令嬢様、ですよね」
「あ、えぇ、まぁ」
「こんにちは〜〜!あいや、こんばんは。ちょっとお話させてもらいたくて。今いいですか?研究資金の話で、鮫島財閥さんから協力してもらってる分が」
「葛花さん、今日はそういう話は無しにしませんか。葛花さんがこの楽しいパーティを企画してくださったのですから、鮫島さんたちにも楽しんでもらいましょうよ」
「まぁまぁまぁ、やっぱり鮫島財閥のご令嬢にお会いできるなんて、そうそう機会ないんですよ?今のうちじゃないですか!」
葛花と呼ばれる30代ほどの女性の研究員らしき女性はメガネをかちゃかちゃとならしながら、利人と愛海の間に入り込み、もはや失礼と言える距離にまで顔を近づけている。
「愛海さんですよね。財閥の正当な後継となる海美さんのお姉様!あの、追加の助成金のご相談っていま大丈夫ですか?少しだけでも大丈夫ですから、お父様に伝えていただければ!」
「ち、か……あの、その」
「やめてください葛花さん。彼女は今日挨拶しに来ていただいただけですから。また今度時間と場所を整えましょう」
「鮫島厳夫の娘だけが来るなんてコネ作りに決まってるじゃないですか!ここの方がフランクでお互いやりやすいでしょ?」
「ですが、」
「てかなんなんですか?こっちはこっちで勝手にやりますよ。口出さないでください。あーあ!孤虎研は金があって良いなぁ!」
わざとらしく外へ聞かせるように大きな声で騒ぎ立てる。ジロリ、と這うような視線で利人を睨め付けるが、利人は動じない。
「だって、この賞でいくら国から貰えるんですか?特細研としてもらえばいいのに、孤虎研としてもらっててズルいじゃないですか。うちだって欲しいのに」
「この賞は機関ごとじゃなく、個人に当てられるものでしょう。それを自分の研究に充てているだけですよ」
「それに加えて鮫島さんからも結構もらってますよねぇ。どんな研究したらそんなに金使うんですかァ?」
「うちは細胞実験や動物実験も多く行っています。来てくれている学生含め、不自由なく実験するためには必要な費用です」
「とある危ない細胞実験成果隠してるって噂聞きましたけどー!?」
ピリっと和やかだったはずの空気に緊張が走る。周囲の目は渦中の2人に注がれ、居心地の悪さに愛海は半歩後ろへ下がった。
利人の柔らかく優しい雰囲気は影を潜め、厳しく鋭い視線が葛花を突き刺す。しかし何も響いてはいないのか、葛花ヘラヘラとした態度を崩さない。
「……何の噂ですか」
「いやぁだって隠されてるもんで、私にも詳細は。でも聞いたことあるのはすごーーく危ない細胞育ててるらしいですねぇ?細胞培養室で」
「ハザードリスクは常に適切に評価、管理をしています。危ない細胞というだけでは、どの研究室もそうでしょう」
「いいや、通常の実験で使うような細胞とはわけが違うでしょう。だから秘密裏にやっているんですよね。ねー?」
葛花はそのまま視線を落とす。その歪んだ視線の先にいるのは、一人の子供。
「優也くん?」
「っ!?」
「……え、お、俺?」
「ね、君さぁ今何歳なの?こんな小さい子連れて研究なんて、大変ですよねぇ、教授?」
「……」
「大事な大事な息子さん。どうして研究所に連れてくるんですか?危ないでしょう。何かあったらどうするんですか」
「……」
利人は黙ったまま視線を少し下げ、少しうつむいた状態で動かない。それを占めたと言わんばかりに葛花は高らかに笑う。
「そんなにそばにおいておきたいですかぁ。さぞご自慢の息子さんなんでしょうね」
「……」
「それとも、何か別の理由でもあるんですか?」
「……」
「父さん……?」
「何か言えない事情でも?」
返事は返ってこない。愛海は目の前で繰り広げられる冷戦に困惑するばかりだった。声をかけようにも何も言えず、かといって「失礼します」と言ってその場からされるような空気でもない。
動くに動けず、困惑していると、海美が愛海の手をグイっとつかんだ。
「おねえちゃん。何話してるの?」
「え、あ……」
「あぁ、すみません。変な話に巻き込んでしまって」
「いえ、気になさらないでください」
「あぁそうだ!!鮫島のご令嬢様、気になりませんか?この教授が裏で何をしているのか!」
「えぇと、その……変な感想にはなりますが、悪い人には見えないというか」
「あはは、そんなそんな、ヒトは見た目じゃわかりませんよ?まぁまだお若いですから、わからないのも無理ないですよねぇ。なら聞いてみてはいかがですか?」
「え……?」
「何も後ろめたいことはしていないんですよねって。私ならまだしも、資金を提供している鮫島さんに聞かれたらだんまりはできませんよ。ねぇ?孤虎教授」
「……」
「ほら、はやくはやく!」
「っ……」
周囲の目が自分に集中するのがわかる。鮫島財閥の令嬢。その立場を見られている。
それに、こんな晒上げのような状況では、孤虎教授が話しづらいだろう。この葛花という研究者が勘ぐっているような、成果を隠しているような研究がたとえあったとしても、それは何か事情があって言えないんじゃないか。例えば、あまりに成果がすごすぎて報告してしまうと真似されてしまう、とか。
とにかくここで何か問いただすような真似はしたくない。というか、自分がここに来たのはそれこそ葛花さんが言うようにコネづくりだ。ここで不快な気分にさせて何かあったら今後の信用問題に発展してしまうかもしれない。
いつも通り外向け用の笑顔をかぶって、「また今度詳しく聞かせてください」と口に出そうとした。
その時
「父さんのバカ!!!!」
「えっ!?」
「なっ……!」
ドン、と利人を突き飛ばす。子供の力故に、その場でよろついただけだが、利人の動揺はそこにはない。
利人を突き飛ばした小さな影は、息を荒くし肩を大きく上下させている。目には涙の膜が張っていた。
「なんで黙るの。父さんの研究、すごいんでしょ!」
「優也」
「前に話してくれたじゃん!大切な人を守るための研究なんだって、そのために父さんは頑張るんだって!なんで何も言い返さないんだよ!」
「優也、落ち着いてくれ、静かに」
「何も言い返さないなんて、そんなの負けじゃんか!もっとすごいんだってこと言ってやればいいじゃん!なんで、なんで……!」
利人は優也の怒りを収めようとするが、怒りのボルテージは上がったまま爆発を迎えてしまう。
「こんな大切な日にやることが、バカにされても何も言わないことなのかよ!」
「!!」
「父さんのバカ!大っ嫌いだ!!知らない!!」
「優也!!」
父親の制止を振り切り優也はパーティ会場の真ん中を突っ切って走っていく。質のいい絨毯のような床に足を取られそうになり、転びそうになるほど前傾姿勢になりながらも走って、パーティ会場を抜け出してしまう。
その光景に顔を青くした利人は愛海と葛花に「すみません、また後で」と一言告げて礼をすると、優也の後を追うようにしてパーティ会場を走り去っていった。
あまりに突飛な状況にぽかんと口を開いていた愛海は数秒経ってハッとし、葛花に向き直る。
「あ、あの、葛花さん」
「……」
「その、あの、資金のお話なんですが、詳細についてはまた後日場を────」
「いりません」
「────え?」
「じゃ、私はこれにて失礼します。ちょうど、いい時間ですし」
「え、え、あの」
「それではパーティを楽しんでくださいね。くれぐれも会場を出ないように」
それまで質の悪い記者のような表情をしていた彼女は、打って変わって澄ました顔と落ち着いた口調、声量で愛海に声をかける。先ほどまでの様子とは全く別人のようなその様子に、再度愛海は目を白黒とさせていた。
そのまま葛花はその場を後にしてしまう。その場に残されたのは驚くばかりの愛海と首をかしげて「ゆうやはどうしたの?」と心配そうに姉を見上げる海美だけだった。
「なんなの一体……このパーティは……」
「おねえちゃん、ゆうやは?」
「えぇ?うぅん……なんか怒っちゃったね。とりあえず、会が始まるまで適当に食べよっか」




