#12.5-5 最愛の君に贈る
最近特に眠そうだと思っていた。
例えば朝のスープを作るときに小鍋を棚から落としたり、冷蔵庫の野菜室から野菜をとった後立ち上がったときにふらついてたり。
休めていないのかもしれない。そう思った。
そこに丁度柏木先生から連絡があって、クマが酷いって話があった。俺がつけた傷だってまだちゃんと回復しきっていないくせに、ずっと戦闘訓練やら事務仕事やらで動いて、結局治りきってないって。ったく、隠すなよ。相変わらずこういうことは器用なんだな、孤虎教授と似て。
柏木先生からの連絡の後、すぐに狛坂に酒を買う相談した。俺のお気に入りのシードルを手に入れれば、きっと優也も気に入って呑んでくれる。優也は酒に弱いし、多分酔っ払ったらすぐに寝るだろ。
酒で潰すことはいつかの姉を思い出してなかなか気が引けるけど、これ以上は流石に鎮静剤か睡眠薬を使ってでも一度体を休めさせないといけないって聞いたから、それよりは健康的かなって。
まぁ、ここまで上手く……というより速く結果がでるとは思っていなかったけど。
目の前で気持ち良さそうにすぅ、すぅ、と寝息を立てて、腹のあたりが上下している。狸寝入りってことはなさそうだ。大好物の果物の味がする酒とあらば、前に酒で一度失敗していても嫌悪感なく呑んでもらえてよかったな。……逆に危機感ってのを知らなさすぎて心配にもなるけど。
「……ぅんん、」
「!」
眉を寄せて寝返りをうち、掛け布団が暑くなったのか丸めて抱き枕のように抱える。恐る恐る顔を覗きこんでみると、寝顔は穏やかに戻っていた。よかった。起きたわけじゃないみたい。
机に置いたグラスに口をつける。別にこれで酔うほど弱くはないけど、ほとんど呑んでなかったの優也は気づいたかな。気づかれてないといいけど。
ぱちぱちと弱くなった炭酸が口の中で弾ける。うん、美味しい。我ながら流石のセンスだ。酒っぽくもないし優也があんなに酒が進んでいたのも納得。しかもあんまり悪酔いしなさそうな酒だ。
机の上の皿や箸をまとめてキッチンまで運んでササッと洗う。水気を切って、キッチンペーパーで水分を拭いて、シンクの横の水切りラックに並べていく。音が心配になって何度かベッドの方を確認したが起きる気配はない。今日は途中で起きることはないだろう。
散らかった部屋を見覚えのある限りで片して簡単に掃除し、洗濯物は洗濯機に突っ込んで終夜で回す。きっと明日の朝には乾いている。
そういえば仕事仕事と言っていた。ローテーブル近くの小さな棚に書類をまとめていたことを思い出して開けてみると、やっぱり溜まっている。ファイルにまとめて、外でやろうかな。部屋の明かりは消した方が睡眠効果が高いって聞いたことあるし。
書類をまとめて手に持って部屋を出る……前に、最後に気になって顔を再度覗き込んだ。何にも苛まれることのない穏やかな寝顔に変わりはなくて、ふっと笑みが溢れる。
『相棒がいいです。隣にいるから』
「ふ……ふふっ、くく」
寝ぼけた顔で、いつもの俊敏な動きと鋭くツンツンとした雰囲気とは正反対の緩慢な喋り方で、まさかそんなこと言うなんて想像もしてなかった。それも名前にこだわるなんてすごく珍しい。酒に酔ったおかげの素直さかもと思えば棚ぼただな。
相棒。
昔は俺が前に出て小さい優也を守らないとって思ってた。つい最近までは前に飛び出していく君を後ろから見守って、必要があれば前に出ていた。
けど違う。違うんだよな。
『居場所が欲しいって言うなら俺が隣にいてやる!!俺が龍斗さんの居場所になってやるから!!』
隣にいる。肩を並べて、隣にいるんだ。
どっちが前とか後ろとかじゃない。隣で互いを支え合う存在。
すぅすぅと眠る優也。掛け布団を丸めて抱きしめながら横になって眠る姿は子供ようだ。けどもう子供じゃないって随分と見せつけられた。もう立派な大人だ。だからこそ隣にいられる。
ぴょんと跳ねた横髪がつい目に止まった。少しのイタズラ心で指先で跳ねた横髪を軽く押し付ける。放す。押し付けて、また放す。どれだけ押し付けてもぴょんと跳ねる横髪。クルッと指で巻いてもまたぴょんと元の形に戻った。ううん、と唸って寝返りを打って逃げる優也にふふふ、とまた笑いが溢れた。
なんていえばいいんだろうな、この感情。
恋とかそういう話じゃない。光莉に向けていた感情とはどうにも違うから。じゃあなんだろう?
嬉しい?それだけじゃない。
楽しい?ううん、ちがうな。
愛しいってちょっと大袈裟。
しあわせ、かもしれないな。
家族じゃないけど家族愛に近いなにか。幸せになってほしい。幸せでいてほしい。できることなら一緒に、なんてすこし傲慢にもなってしまうような。
今までの人生じゃ知ることはなかった。君がくれた新しい感情は明確な名前がないけれど、もし仮に全部ひっくるめて乱暴に愛と呼ぶのなら。
最愛の君に贈る、いつもより少しだけ静かな夜
「おやすみ、相棒」




