#12-11 決裂
「──フレイム!?」
「えっなにあれ!?」
後ろを振り返るとそこにはフレイムの代わりに異様な光景があった。
それは──いわば繭のような。
オルガーの体が幾重にもくっつき、緑色の巨大な繭を形成している。ゆっくりと回転しながらさらに大きくなっているようだ。
さっきまでフレイムが応戦していた戦闘音が何も聞こえない。それにフレイムの声も。まさかフレイムはあの中に!?
「よそ見とは余裕だな」
「っ!!」
咄嗟に横に飛んで受けた拳のダメージを減らす。けれど勢いを殺しきれず近くの壁に叩きつけられて、スパークは反対方向の川へと投げ込まれてしまう。
「っぐ、」
「あれが何か、と問いたいのか。言わずともすぐにわかる」
「な、にを……!」
これで動けまいと腹を足で踏みつけられ息が苦しい。その間にも繭は大きくなっていく。なんだ、フレイムに何をする気だ!!
「龍青年。君にもいいことだよ」
「はぁ!?」
「よく見ていなさい」
すると途端に繭は膨張をやめ、下から何か液体が垂れてくる。その鉄っぽい匂いには覚えがあった。血だ。始めは繭の下の方からだけ流れ出てくるが徐々に上から漏れでて来て、地面を真っ赤に濡らす。まさか、あれ、
「〜〜っフレイム!!応答しろ!!」
『ダメです応答ありません!!』
「フレイム!!フレイム!!!」
「静かに」
「ゔっ!?」
首を絞められ息ができない。太い腕を何度も殴りつけるが全く効いていない様子でギリギリと音がなるほど強く絞めあげられる。
一か八か、長く太い龍の尾を揺らしてネイチの目元を狙う。が、空いた片腕で簡単に防がれてしまいうつ手がなくなる。俺の腕はネイチの顔までは伸びない。
やばい、やば……
「その手を離しなさい。ネイチ」
「ゲホゲホっ、ゲホッ」
ぱっと手が離され地面で転がりながら空気を貪る。暗く閉じかけた視界がなんとか戻ってくる。危なかった、ここで意識を失ったらフレイムが。
「全く、勝手が過ぎますよ。あくまで貴方は私の支配にあること、お忘れですか?」
「申し訳ありません」
「融合も、融合どころか分離してしまったではありませんか。貴方知っていましたね?」
「……」
「優也くんを求めるのは一緒でも、こうも反抗されるならば一度私は貴方の使い方を考えねばなりません。下がっていなさい」
「承知しました。貴女様はいかがされるのですか?」
「……ちょうどいい駒を見つけたので、拾って帰ります」
誰だ、この声。女性の声。キーンと耳鳴りがする遠くでネイチが女性と会話している。ぼやけていてよくわからない。誰だ、誰の声だ。
「あぁ、龍斗。なんて酷い姿」
その声の主が俺の頭を撫でる。驚いて顔を上げた。
「……え?」
「久しぶり、龍斗。元気にしてた?」
ありえない。
ありえない。
「驚かせちゃったかな。私だよ。覚えてる?」
「そんなはず」
ありえない。
ありえない。
「そんなはずって、何よ。婚約者に向かって」
「そんな、そんなこと」
そこにいるのは、長く艶のある美しい黒髪、スタイルの良い体によく似合う緑のワンピース、そして何より愛らしい微笑みの女性。
誰よりも何よりも焦がれた、その人。
「光莉……?」
「ふふっ、ちゃんと覚えてた。良かった」
真上からスポットライトのように降り注ぐ太陽の光に照らされ明るく花のように朗らかに咲く笑顔。間違いない。光莉だ。光莉なんだ。ここにいるのは光莉だ。
なんで、とかどうやって、とか
頭に浮かんだ言葉はそんなのじゃなくて。
頭を元の体のイメージにのせて変身を解く。痛む体なんて無視して、その細い体を強く強く抱きしめる。
ここにいた。ここに居たんだ。
「わっ!?」
「光莉っっ!!光莉!!!」
「もう。痛いよ〜龍斗」
「ごめん!!ごめん、っ……ごめ……ズズッ、光莉のこと守れなかった!!ずっと一緒に、一緒にいるって誓ったのに!!」
「ふふふ、気にしないで。私はまた龍斗に会えて嬉しいの」
「おれも、俺も嬉しい!うれ、し……」
呼吸がままならなくなってゲホゲホっと軽く咳き込む。涙が止まらなくて嗚咽が止まらない。でも嬉しくて嬉しくて、嬉しくて。ずっとこの瞬間を夢に見ていた。夢の中にいるような、頭がふわふわと幸せに包まれている気分だ。
「ほら落ち着いて。ゆっくり話して」
「あの日居なくなってもう死んだんだって思ってた。でも死体がないから、まだ、生きてるのかなって諦められなくって、気持ちがずっと揺れてて」
「うん」
「ひかりをなくしてからずっと自分の居場所がわからなくて、光莉の居る場所もわからなくって、死んで光莉の元に行くことだって何度も、何度も……何度も、ずっと、」
「うん。それじゃあさ、」
光莉が緩んだ腕から顔を覗かせて、鼻先をくっつけながら目を伏せて静かに微笑む。
「これからは一緒だって、約束してよ。ね?」
「ああ!約束する!絶対そばにいるから!!」
『〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
インカムから何か叫び声が聞こえる。何だろう。でもいいや。今は光莉との時間が優先だから。
すると光莉がインカムを俺の耳から取り外す。手の中でぎゅっと握ると、それは粉々になって地面へと落ちた。その綺麗な手は軽く怪我をしてしまっている。
「光莉、危ないからダメだよ」
「だって、嫌な声がするから」
「あー……別に気にしなくとも」
「気にするよ。今は2人の時間、でしょ?」
「それもそうだ」
ふわりと微笑む光莉に思わず笑みが溢れた。なんて愛しい笑顔。ずっとずっと側で見続けないと。その笑顔も、緑色の瞳も──
「──緑?」
「龍斗さん!!!」
ひどく掠れた叫び声にピクッと肩が揺れる。視線が声の方に引きつけられる。赤い地面にうつ伏せに転がってる男が叫んでる。誰だっけ?
「龍斗さん!!!違う、その人は光莉さんじゃない!!」
何を言ってるんだ?あぁ、この声そうだ。優也だ。
「優也、何言ってんだよ。光莉だよ。あぁそうだ初めましてだっけ?」
「〜〜っちゃんと聞けよ!!クソっ!!」
「龍斗」
鈴の音のような声に視線がまた腕の中の光莉の顔に戻る。でもさっきまでとは違ってすこし不安げな表情だ。
「どうしたの?」
「私、困ってて」
「何に?」
「私ね、ザセルなの」
「……え?」
何を言っているんだ?
困惑する俺を他所に光莉は表情をさらに曇らせる。
「あの事件の時、ザセルに体を取り込まれてしまったの。それ以来ずっとザセルに体を使われていて」
「な、」
「だから彼は私のこと殺したがってる。私は……何もしていないのに」
「黙れ!!!龍斗さん!!目ぇ覚ませよ!!!」
「でも私、死にたくない。龍斗と一緒に生きていたいの」
「光莉……」
「ねぇお願い龍斗。私を助けて。世界より私を選んで?」
そう言って光莉の唇が一瞬、俺の唇と重なる。
ああ、そっか。そうなんだ。
眼前に近づいたその涙の混じった瞳に、光莉の肩を強く抱いた。この夢を離せない。離したくない。
「そいつはザセルだ!光莉さんの意思はない!ただ光莉さんの体を使ってるだけだ!!」
「……そうだ。光莉は、ただ、被害者だ」
「騙されんなよそれは光莉さんの言葉じゃない!アンタを騙そうと──」
「光莉がそんなことするわけないだろ!!」
「っ、……!?」
「光莉は俺が守る。世界なんて知るもんか」
光莉を背にし、立ち上がる優也に向かい合う。
世界がどうとか優也がどうとか、もういいよ。俺は俺の大切な人を守る。ただそれだけ。
これが俺の選択だ。




