#12-7 ネタバラシと知られざる過去
「……すみません。空気悪くして」
「いいえ。気にしていないわ。でもはっきりした」
「はっきり……?」
「やっぱり光莉さん、亡くなってるのね」
「………………あ」
どうもありがとう。そう悪魔のように瑠璃華さんの笑顔に頬が引き攣る。しまった。やられた。どうする。やってしまった!せっかく龍斗さんが隠していたのに!
サァッと顔を青ざめる俺を面白がるように笑う悪魔がごめんごめんと手を合わせた。
「ごめんなさいね。龍斗がどーーーーしても口割らないから、貴方に聞くしかなくて」
「え、え、え?」
「ネタバラシするとね、私光莉さんに会ったことあるの。あの子がいない時にたまたま研究所に用事があって、その時」
「は、はぁあああ!?」
なんだよそれ!騙されたフリしてたってことかよ!
瑠璃華さんはテヘッと可愛らしく首を横に傾けた。なんだよコイツ!ずっと騙されたふりして、光莉さんのことを俺から聞き出したってわけか!?
いや落ち着け。冷静になれ。大人の対応だろこういう時は。ムキになるなよ俺の苦労を笑ってへし折ってくるこの嵐巻姉弟になんか!
「事件で龍斗から光莉さんは行方不明になったって言われて、心配になって連絡してたら見つかったから心配いらないとか適当な連絡だけ。それ以降連絡もないからムカついてたけど、今日の焦った顔で清々した!」
「はぁ……!?」
「いやぁ傑作だったわあの焦った顔!君も巻き込まれて大変だったわね。ごめんなさい」
「...…別にいいですよもう。振り回されるのくらい慣れてます」
慣れてる。慣れてる。こういう人類に振り回されるのなんてもう。だから落ち着け。姉弟喧嘩に酷い巻き込み事故にあったって平気だ。というか巻き込み事故って、本当に嵐のような姉弟だな。
手に持った紙コップを焼かないように気をつけながらすすってため息をつく。やばい。胃がキリキリしてきたかも。
「巻き込んじゃったお詫びに、一つ龍斗もしらないこと教えてあげる」
「もういいですって俺は──」
「私、コトラ事件の時研究所にいたの」
「っぐぅ、っ!?」
放っておいて欲しいと遠回しに伝えたはずが、爆弾発言で返ってきた。吹き出しそうになったお茶をなんとか喉で食い止める代わりに大きくむせる。え?何?なんで?
「まぁまぁ落ち着いて。あの日、実はサプライズでパーティーに呼ばれてたの」
「は、え、は、」
「ちょうど私も休みだったしで噛み合って迎えに行ったの。それで──」
*****
外の騒ぎが少し落ち着いてきた頃、そろりと瑠璃華は車の外に出る。まだどこからか悲鳴や何かの鳴き声も聞こえるが、それ以上に弟のことが心配で後先考えずに飛び出していた。
正面入り口へと走る。視線の先には透明な自動ドア。その先に倒れている見覚えのある人影があった。
「龍斗!!」
最悪を想像した瑠璃華の声はもはや悲鳴に近かった。血相をかえ、美しく長い髪が乱れるのも気にせず走る。自動ドアの開閉ボタンを連打し開くところに身を捩じ込んで龍斗の元へ走る。側に座り込み龍斗の体を支え、脈を確認しホッと息をついた。
「りゅう、はぁっ、龍斗、龍斗!コラ、バカ、起きなさいよ!龍斗!」
軽く体をゆする。体は冷たくない。脈だってちゃんとある。体も色々切り傷やらなにかあるが大きな怪我でもない。
でもどうして起きない?頭でも打って気絶したのか。なら動かさない方がいいかも。いや違うええと、救急車。そうかばんからスマホを取り出そうとすると、カバンがない。そうだ、車の中に。
瑠璃華はよろけながら立ち上がり、来た道を戻る。何が起きたのか見当もつかないが、何か中でとてつもなく恐ろしい事件が起きたのは分かった。車の中に隠れていた瑠璃華が外に見た景色に、見たことのない生物が人を襲う場面があったからだった。
車の中から鞄をとり110番につなげる。繋がらない。番号を確認してもう一度。けれど繋がらない。どうして?こんな、こんな事態に?
とにかく龍斗のところに戻らないと。戻って、隠れないと。急げ、急げ。
走ってさらに来た道を戻る。駐車場から研究所の入り口まで全速力で2往復。息を切らしながら戻る。
「……え?」
けれど戻ったその場所に、龍斗はいない。
どこに行った?まさか怪物に連れて行かれた?そんな、そんなこと!瑠璃華の額に冷たい汗がじわりと額を湿らす。
「龍斗!?龍斗!!?」
ガタンバタンッ!!
瑠璃華の叫ぶ声に応えるような物音が鳴る。音の方向に視線を動かすと、階段に通じる扉の向こうからだった。誰かいたのか?何がいたのか?今さっきまで叫んでいたのを後悔し、口を抑えながらゆっくりと後退する。
距離を離していくが特になんの音もしない。何かが飛び出してくるわけでもないようだとわかると瑠璃華はふぅーっと止めていた息を吐き出した。怪物じゃないみたい。
……もしかして、龍斗が入ったの?
この入り口ど真前で?非常階段に?何かから逃げていたのか、それでも入り口から逃げた方がまだマシだろう。なんで非常階段に逃げる必要が?
瑠璃華、疑問を募らせながら非常階段の扉に近づき、少しだけ空いた隙間からチラッと中を覗き込む。ほとんど真っ暗で、非常時につけられる赤いランプがチカチカと頼りなく点滅している。少しドアを押してみるとギィ、という音と共に簡単に開き中の階段の様子が見えた。瓦礫や何かの血痕のようなものが飛び散っているが、一歩踏んでみるとまだ使えるようだ。
本当にここに龍斗が?いやまさか……
「光莉!!!」
「っ!」
下だ。反響して下から聞こえた。瞬時に瑠璃華は階段を駆け降りる。途中足を止めるような物もあったが、心の中で謝りながら先を急ぐ。まずは生きている弟の元へ先に行かせてください。最愛の弟を!
『姉貴、今度ちょっとドライブ付き合ってよ』
『いいけど何?急に』
『話したいことがあるから』
神様お願い
『何よそれ。ドッキリ?』
『違うわ。……ま、ちょっとご報告ってやつ?』
幸せそうなあの子の笑顔を、どうか奪わないで!
中途半端に扉が開くB3階に辿り着き、荒れた息を整えながら扉を開く。扉の外は廊下があるが、何か大きな生物が暴れたようにボロボロになっており、かろうじて蛍光灯がその惨状を不安定に照らし出していた。
「あぁ、」
「!」
龍斗の声だ。声は右隣。すぐそこに膝をつく龍斗がいた。何してるの、と肩を叩く前に目の前の光景に声を奪われる。
赤。赤。赤。
その一面全てに赤黒いペンキをぶちまけたような、そんな光景。
ペンキを誰かが溢したのか?けれど追って鼻をつく鉄臭い匂い。よくみるとここはエレベーターホールのようで、ペンキなんてあるわけない。じゃあこの赤は?この独特の鉄臭い感じは?まさか。
理解した途端に猛烈な吐き気に襲われる。口を抑えうずくまって堪えた。こんな、こんな大量の血なんて見たことがない。驚きと恐怖で後ろにズリ、と引き下がる。わからない。怖い。
そんな姉に気づいてすらいないのか、龍斗は正気を無くしたようにふらり、とその半分固まりつつある血溜まりに一歩踏み出す。一歩、二歩、エレベーターの扉へゆっくり近づき、右手でそれの下部をなぞる。
「………ぁ、」
なぞった指に何かがぶつかった。それを龍斗が拾い上げると、大きな背中が小さく震え始める。瑠璃華は龍斗が何を拾ったのか、背中越しで何も分からなかった。
「龍斗?」
「ぁああ、そんな、うそだ」
「……?」
「うそだ。うそだろ?なぁ!」
「っ!?」
突然声が荒くなる龍斗に肩が跳ねる。ちょっと落ち着いて、どうしたの。そう声をかけようとすると、自分の手が情けなく震えて声がうまく出ないことに気づいた。
「いやだ。ひかり」
「!?」
ひかり?ひかりって、光莉さんのこと?
嫌な汗が額を伝う。
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、そんな、そんなひかりなんで」
龍斗は膝をつき、頭を下にしてぶつぶつと何かを呟く。
「ひっ、はっはぁっはぁっ!?あ、いき、できな、」
突然呼吸も荒くなり過呼吸を起こす龍斗に、瑠璃華は無理を押して震えの止まらない手を伸ばし震えて息もできない背中を摩ろうとする。けれどその手は簡単に跳ね除けられ、錯乱した龍斗はその場に立ち上がって頭を壁に打ち付けた。
「ひゅっ、うそだ、夢だ!!こんなの!!起きろ起きろ起きろ、起きろ!!!起きろよ!!!」
「龍斗!!」
「光莉!光莉っ!!?なぁどこ行ったんだよ!!光莉!?どこ、ッゲホゲホゲホッッ、どこに、光莉、どうして、っっなんで、なんで!?なんでいないんだよ!?!?」
「ちょっと落ち着いて、落ち着いて!!」
「ぅう、あ、あぁ、はぁっ、はぁ、あぁあぁあああああっ!?」
やっと動いた体で龍斗に後ろから抱きつきなんとか動きを止める。龍斗は拘束から逃れようと腕を強く掴み離すように引っ張るものの、外れないそれを早々に諦めゆっくりとその場に蹲る。
コン、
「っ、あ、」
蹲った龍斗が血溜まりの中に何かを落とす。それは小さな何か。血で汚れ色はわからないが、五円玉より少し小さいぐらいの大きさの輪っかだ。一部だがほんの少しだけ飛び出た部分があり、そこから群青が光を反射する。
これって
「ひかり、ひかり、……いや、だ」
「まさか」
ぽたぽた、と血溜まりに涙が落ちる。薄まることを知らない血溜まりは冷たく2人を映し返すだけだった。
瑠璃華の視線がその赤に縫い付けられる。
「いやだ、ひかり、ぅうう、ぁ」
「そんな」
「ぅうあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」
龍斗が絶叫する。それ建物全体に響き渡り、誰にも、すぐそばで抱きしめる姉ですら止められない慟哭はまるで龍が吼えたようだった。体は力を使い果たし、心はとっくのとうに限界を迎えていて姉の腕の中で気を失う。
「...…嘘よ」
しばらくの静寂を瑠璃華が涙声で破った。
「違う...…でしょ、ねぇ。」
目の前のこれが、光莉さんのだって言いたいの?
それじゃ、死んだも同然じゃない───
めまいがする。意識がなくなってしまう前に自分がつけていたネックレスを外し、そこに汚れた指輪を通して龍斗の首につけた。これだけは、これだけは。
あれ?なんで私ここにきたんだっけ。龍斗が何が言って、それで、あれ?大切な何か、が、あったような。
とにかくここを離れなければならない。そう決心し、龍斗の体を担ぎながら歩き始めた。




