#12-6 恋人のフリ大作戦
「改めまして、龍斗の姉の嵐巻 瑠璃華です。いつも愚弟がお世話になっています」
「……はぁ」
同日同時刻───SCR本部小休憩室にて
テーブルにおかれた紙コップ。その中の緑茶を覗くと自分でも見たことがないくらい苦い顔が水面に映る。きっとこの先これ以上の心理的な負担はないかもしれない、と頭をよぎるほどに。
いつものブレイクアウトスペースにはプラスチックの安いテーブルと少し不釣り合いなオフィスチェアが並べられており、そのうちの一つに俺と海美が隣に、その対岸に面接官のような瑠璃華さんが座っている。
「私は鮫島海美です。いつも龍斗さんにお世話になってます。あと、その……光莉さんも!」
「……どうも。嵐巻 光莉です」
海美は面白がっているのか龍斗さんの事情を汲んでいるのか、俺を光莉さんとして扱うことに決めたらしい。光莉さんの死について守秘義務はないがSCRのこともあって龍斗さんは全てを伝えていないんだろう。しかもそれをずっと偽装してきた。
となれば。この場だけでも俺が光莉さんとして偽装して乗り切れば問題ないわけだ。ないけど……ええいもう、適当に誤魔化せ!
「海美ちゃんはいくつなの?ずいぶん若そうに見えるけど」
「わ、私はその、ハタチです!」
「二十歳!?そんな若いのにもうこの研究所に?」
「あ、そ、そうなんです!優秀なので!」
「特別研究員として研修中なんですよ」
「あらそうなの。龍斗と同じような感じかしら。3人とも同じ部署なの?」
「そうです3人の部署です!いやぁ、2人ともいつもラブラブでお熱くて!私も幸せになっちゃうくらい!」
ピタリ、とお茶を手に取ろうとした手が止まる。ラブラブ?おい、何言って
「へぇ〜迷惑になってない?大丈夫?」
「全然!さっきもほら、熱い……熱いその、」
慌てて視線だけを動かし海美の顔を見る。目が泳ぎまくってもはや回転している海美に冷や汗が背筋を伝っていった。やめろ変な流れを作るな巻き込むな止まれ!
「せん、セッションしてて参考になったし!」
戦闘訓練って言おうとしたなこいつ!?
「ええと、会議とかそういうこと?」
「そうそう!!2人ぶつかりあって骨が折れt」
「意見が!!そう!!意見が会議でぶつかっちゃって!!なかなか骨が折れる案件だったもんで!!」
もうすでに限界だ。何言ってんだよバカアホ!!慌てて海美の口を右手で覆って塞ぎ口角をつりあげて誤魔化す。あの龍斗さんの雑な嘘に気づかなかったぐらいだしこれできっと騙されてくれるていうか騙されてくれ頼むから!
「そうなの。随分白熱した会議だったのね」
「アハハすみませんほんと。あ!そういえば海美、会議に呼ばれてただろ」
「え?私そんなのし」
「あ〜もう時間だろほら立って、時間ないぞ急げ急げ!」
「うわっ!?ちょ、あ、瑠璃華さんごめんなさい!また今度!!」
「は、はーい……?」
海美の腕を引っ張り無理やり背中を押してブレイクアウトルームの外へ出す。不満げな声が聞こえてきたがそれに構ってられる場合じゃない。この場は俺だけで何とか誤魔化し切るぞ。
「もしかして結構忙しいところに訪ねちゃったかしら」
「あぁ、いえ、その……お気になさらず」
「ねぇねぇ光莉さん。ちょっとお聞きしたいんだけど、龍斗はどう?職場で何してるの?」
興味深々な様子でこちらを見つめてくる。うぐ、なんか目力強いな。流石はモデルか。
「研究内容についてお伝えできることはないです。聞いているかもしれませんが」
「そうじゃなくて、ちゃんとやれてる?って。周りとうまくやってるかしら」
「……まぁ、揉めてはいないですかね。仲良い人も多いし、慕われてるし」
「そうなの。体は大丈夫?あの子よく昔から無茶するから」
「すごい体調崩したってことはないですよ」
体に風穴がいくつかあいたことはあるけど。
「そう……ごめんなさいね私ばかり。あの子、10年前から本当に何も連絡寄越さないものだから」
そう腕を組み小さくため息をつく。その姿はまさに弟を心から案じる姉の姿そのものだ。さっきまでの暴力的な面は全く感じない。10年、龍斗さんは10年もずっとSCRのことを隠してきたんだ。こんな優しい家族から。あんな事件さえなければきっと、そんな心配させることなんてなかったはずなのに。
ぎゅう、と左手首を掴む。
「そうだ、光莉さんから聞きたいことはない?何でも答えるわよ?」
「え、……あーえーっと、」
無意識に下を向いていた視線を上げると、先ほどの憂いを帯びた表情ではなくニコニコと輝かしい笑顔が向けられている。え、聞きたいこと?なんだろう……あ、
「あの、俺男ですけど……何も無いんですか?」
「え?何が?」
「その、日本では結婚認められてないとか、子供産めないとか」
「ふふ、そんなの愛し合う2人に私が茶々入れるのは馬に蹴られそうだしね。そういうことは2人がいいならいいの。それに龍斗はどっちもいけるの知ってるし、別に今更驚かないわよ」
「……はい?」
なんだ?俺、何か聞き間違えたか?
「あ、聞いてないの?昔色々……って、こんなの婚約者に言うことじゃないわね。気にしないで、ごめんなさい」
いやいや気になりすぎるけど!?
9割の好奇心と1割の『聞いちゃいけないような気がする』という後ろめたさ。でもあの人なんも昔の話してくれないんだもん気になるのも仕方ない。こんなめんどくさいことまで強制的に巻き込まれたんだしいいだろ。
心拍の高まりとともに口角が上がってしまうのをなんとか抑えようとするが、うずうずとした俺の様子に瑠璃華さんは苦笑していた。
「あー……一応弁明のために言うと、小中高と大学入ったばかりぐらいはね、あの容姿に惹かれて龍斗と付き合いたい〜って人が結構いてね。女性も男性も。アイツも来る者拒まずでやってたからかなり遊んでフラフラしてたのよ」
「おぉ……!」
「でも光莉さんに出会ってそういう遊びをピッタリ辞めたの。これは私が保証する。貴方に出会ってから本当に人が変わったみたいに貴方のことばかり。変わりすぎて正直頭を打ったのかと思った」
「光莉さ……俺の、ですか」
「そうそう。酒で潰したことあるんだけどね、その時もう可愛いかっこいい好き愛してるの連呼でうるさいのなんのの溺愛っぷり。あんなに遊んでた相手も全員連絡を絶って2度と会ってないって。びっくりしちゃうわよねぇ」
ナチュラルに酒で潰してるの怖すぎるけどな……でもこういう話、新鮮で面白い。普段の海美が色々と知りたがる気持ちがなんかすごいよくわかるかも。
すると瑠璃華さんの目が伏せ目がちになり、少し重くなったような空気に興奮していた肩が下がる。
「愛していた。心の底から愛してたの。それが私にも伝わってくるぐらいに。だからあの事件の時、大丈夫だったかなって」
「……」
「光莉さん、あの事件から消息不明だって聞いた時に心配だったの。けれどごめんなさいね、やっぱりあの子も心配で。あんなに大切な人が居なくなったら……って、不安になって。それにあの子は昔っからメンタル弱めだから心配だった」
「メンタルが?」
驚いた。昔はメンタル弱めだったのか?そう言えば前にホラー映画を3人でみたらめちゃくちゃ怖がりだったのは意外だったけど……でもメンタル弱いなんてそんな、
『これ?これは俺のじゃない。光莉のだよ。拾ってさ、あの日』
いつかの日の記憶が脳裏をよぎる。
昔とある日、なんとなく気になって聞いてしまって、眉をさげ困ったように笑いながら首にかけた指輪を寂しそうに見つめていた姿。
あぁ、そうだったな。そうだった。
光莉さんのことになると、いつもそうだった。
「あんな見た目と性格しといて脆いところあるのよ。嫌なことあるとすぐ夢見が悪くなって眠れなくなって泣きついてきて」
「夢見が?」
「魘されてるの何度か見たことがあるの。何度も何度も『俺のせいだ』って」
「……コトラ事件ですか?」
すると瑠璃華さんはううん、と首を振る。
「昔飼い犬が老衰で死んだ時自分のせいだって落ち込んでた時の話。老衰よ老衰!なのに自分のせいにしては落ち込んでうざいくらいだった。ああいうところは昔からずっと変わらない。自分のせいにしとけばいいとでも思ってんのよ。馬鹿馬鹿しい」
「全部自分のせいに……ですか」
「そう。どれだけ大人ぶってもあの感じは変わらないわね。光莉さんを亡くした時だって、きっと俺のせいだって泣いてそうで」
「…………」
違う。あの時は、
「生きててごめんって」
「え、」
「俺だけ生き残ってごめん……って。俺は聞きました」
不本意ながら鋭くなった耳がとらえた龍斗さんの声。事件から数ヶ月経った病院で、まだ初めましてもしていなかった頃の話。隣の部屋から聞こえてきた、力のない今にも消えそうなか弱い声だった。
あの時は自分にいっぱいいっぱいだった。父さんのこともあったし、状況が理解できていなくてどういう意味かよく分かっていなかった。けれど夜寝静まった時間に、普段聞こえてくる声とは格段にトーンが落ちて心に重くずしりとのしかかる声だったから、妙に覚えていて。
伝えなければと思った。
けれど空気は重い。元々明るい話題じゃないが、保たれる沈黙に申し訳なさが勝ってきた。
「……すみません。空気悪くして」
「いいえ。気にしていないわ。でもはっきりした」
「はっきり……?」
「やっぱり光莉さん、亡くなってるのね」




