#12-3 謝らない約束
「バーカ」
光のない絶対零度の瞳。
ゾワッと鳥肌が立った。
パパパパンッッ!!
「い゛っぅ!?」
何かが連続して破裂する音。同時に優也の飛び出した体が波をうって、腕は届かず地面に落ちていく。それを無理やり引っ張り、優也の鳩尾に追い打ちをかけるように膝蹴りが入った。
混乱と痛みで動けない優也の左腕を関節とは逆方向に折ればゴキュッと気持ち悪い音が鳴って、悲鳴をあげようとする優也の喉を掴んで声を潰す。顔を大きく歪める優也に対し、龍斗さんは意地悪く笑った
「俺の顔ばっかり見ちゃってさ。そんなに好き?」
「……ぅ、な゛わけ……!」
「まー仕方ないかぁ!俺、イケメンだし?」
「っぐ……ぅ!」
ぶらんと力なく揺れる左腕。代わりに右手で首を掴む龍斗さんの腕を掴み放させようとする。すると想定以上に簡単に放され力をかけていた方向に体が傾き、頸に肘鉄が入って地面に伏せてしまう。
「〜〜っ!!」
「ほんと、いつも視野が狭くて助かるよ」
すぐに起きあがろうとする優也を制するように優也に馬乗りになり、いつのまにか回収していた優也のナイフを手で回して優也の頭へと振り下ろす──
思わずぎゅっと目を瞑り顔を背けた。見れない。怖い。怖い。
「おーいスパークちゃぁん。大丈夫〜?」
「……え、」
どこか気の抜けた返事に止まっていた呼吸を再開する。ゆっくり、ゆっくりと目を開けると光が入ってくる。ガラスの向こう、その先は、
「むぐ、……ぅ、」
「はい。俺の勝ちね」
馬乗りになったまま後ろから回した右手で優也の口を抑え込む龍斗さん。その手にナイフは無い。視線をうろうろとさせて探すと左手に持ち替えたみたいだ。表情もさっきまでの氷のような冷たい表情は見る影もなく、いつもの穏やかに笑う龍斗さんそのもの。
あ、…………終わったんだ。訓練。
ふぅ〜っと少し長めのため息がもれる。何がすごい変な汗かいちゃった。そうだよ。これ訓練だし。
「むぐ、もご」
「いいから飲めって。早めに飲めば早く効くんだから」
口を抑え込む龍斗さんの右手が優也のよくわからないうめき声ともにモゾモゾと動き、不服そうに喉がごくりと上下する。セルヒール飲んだのかな。てか飲まされた、の方が正しいのか。
「やっぱ龍斗の勝ちかぁ。つまんないの」
「すごい、龍斗さんって強いんだね」
「強いって言うより賢いんだよね。フレイムくんは視野が狭いのを利用してる感じかな。物理的にも本人の癖的にもね。ま、頭の良さは僕ちんには遠く及ばないけど!」
ムフムフと威張る的戸さん。付き合いが長いだけあってなんでも知ってるみたいだ。
「ねね、あのパンってなった音何だったの?銃?」
「原理は同じだね。あれはお手製の火薬玉を風に乗せてフレイムくんに浴びせたんだろう。フレイムの攻撃を躱しながら風に乗せて天井近くに溜め込んでたの見えた?」
「え!?見てなかった!!」
「結構小さいしね。風なんて龍斗が良く使う手だし乱雑に吹かせた風の中に混ぜとけば音もしないからまぁまずバレない。さらに注意深くフレイムくんが自分に集中している時にタイミングよく死角から浴びせたってとこでしょ。慎重だな〜」
的戸さんが決まったねっていったのは風を操って優也の死角から火薬玉を叩きつけるところを見てだからなんだ。やっぱりすごい!
「これでわかったでしょ?フレイムくんの師匠が誰なのか」
「それに特異生物の戦闘訓練に普通の人間混ぜたら死んじゃうよね。そういうことだったんだ」
いつも優也はかなり手加減してくれてるんだ。私骨折られた事もないし。優しいような、甘いような。
がちゃ、とガラス窓の隣の分厚い鉄の扉が開きふーっと息を吐き出てくる龍斗さんと左腕を押さえてる優也が体育館から出てきた。
「おまたせ海美ちゃん。って、的戸も来てたのか」
「やぁ龍斗。調子よさそうだね」
「お前よりはな」
「そ~れ~と~フレイムくん!折られた骨は大丈夫かい!?僕ちんがなんとかしてあげy」「突然挨拶もなく失礼します!!的戸先生いますか!?」
ガタンガッシャンッッ!
「………うん。そこにいる」
「き〜ら〜み〜な〜くぅ〜〜〜〜ん??」
この閲覧室はとにかく狭い。さらに外の体育館スペースにつながる扉はこの部屋からみてどちらも内開きだ。そこに私と龍斗さんと優也、そして車椅子に乗っている的戸さん。スペース的にはもう限界だったんだよね。
いきなり全力全開に開けられた扉で倒れた車椅子の車輪がカラカラと虚しく空転する音が鳴る。扉を開けて入ってきた男性──煌湊さんの顔がサッと青ざめる。
「あっ!?あ、ごめんなさい的戸先生!!」
「何してるの!!この僕ちんの車椅子に扉をぶつかるなんて、僕ちんに何かあったら世界規模のそんしt」 「それより聞いてください!今やってるsrra-1123で面白い結果が出てきたんですよ!!自分もう嬉しくってたまらなくって早く的戸先生に見てもらいたいんです!!」
「……君にはまず常識ってもんを教えなきゃだねぇ」
早く早く!と転がった的戸さんを車椅子に乗せて猛スピードで車椅子を押しおそらく研究所に戻っていく2人。なんというか、うーん……
「やっぱ研究者って変なのしかいないの?」
「アイツらと一緒にされるのは心外だなぁ」
「特殊解だろ、あの人たちに関しては」
それもそうかと納得する。はぁ、と優也が一つため息をついてお腹のあたりを摩った。なんだか少し顔色も悪い。どうしたんだろう。
「2人は先いつものとこ戻っててください。俺ちょっと医療部寄ってきます」
「え?どうしたの?」
「骨折ってちょっと気分悪いだけ。心配すんな」
「あぁそういう」
「いってらっしゃい」
体育館から出て優也は反対方向へ歩いていく。足元がフラフラしてる訳でも無いし大丈夫だろうけど、ちょっと心配。隣の骨を砕いた張本人はもっと気が気じゃないんじゃない?と、チラッと龍斗さんの表情を伺う。
「あれ?意外と……」
「ん?意外?」
「あぁ、いや、意外と平気そうだなって」
「ん?何が?」
困った顔だ。本当に心当たりなさそう。
「優也の骨折ったの龍斗さんだから、罪悪感で申し訳ないな〜とか心配だな〜とか思ってそうだったから」
「あぁそういうこと。確かにちょっと雑すぎたかも、折るの」
「そこ?」
「そこぐらいかな。海美ちゃんも知ってると思うけどこういう訓練で怪我はなかなか避けられないでしょ?それをいちいち謝ってると申し訳なさが無意識に染み付いて甘くなる。それじゃ意味がないのよ」
「そっか……そうだよね。私も今度から優也に手加減すんなって言う!」
「相手を想いやったことなら、例え怪我させても間違えてないしそれは謝らないってルールなの。俺と優也は」
「男の友情だ!」
「なのかな?ちょっと違うような気もするけど」
龍斗は少し恥ずかしそうに笑う。そんな恥ずかしそうにしなくともかっこよかったのに。あ、そうだ!と続けて人差し指を立てた。
「かっこいいと言えばさっきの訓練、龍斗さんすごいかっこよかった!『バーカ』とかちょっとカッコつけて私もやっ」
「ちょちょちょまっ、ちょっと待って?え?聞いてたの!?」
「え?だって見学するって言ったじゃん」
「いや、そんな音までそっちに漏れるかな!?結構小さく言っても聞こえるもんなのか……?恥ずかしい」
「なんか聞こえたなぁ。耳が良くなったのかな?」
そう雑談しながらブレイクスペースに向かう。まだ午前11時。優也はさっきの訓練で怪我して私の相手してる場合じゃないし、暇になって終わりそうだ。あ、龍斗さんに相手してもらおうかな?
いつの間にかブレイクスペース前近くまで戻ってきている。部屋に入ってからでも……いやいいや。今聞いちゃおう。
「龍斗さん。今日何か用事ある?個人の」
「いーや?特にはないよ」
「じゃあさ、午後ちょっ───」
「龍斗!!」




