#11.5-2 ことばが続かなくとも
「ひっ、」
コンコンコン、と扉がノックされる。ずいぶんと控えめに、優しくノックされているがそれでも優也を震え上がらせるには充分だった。
暗い自室の中、ベットと簡単な机しかない簡素な部屋の端にうずくまっていた優也は扉の方を凝視する。誰だ。誰がノックした。足音がしていたのは聞こえたけれど、それが誰なのか判別する術をまだ優也は持っていなかったのだった。
……コンコンコン
またノック。今度は少し強めに。中に自分がいると知っているから強くなったんだ。そう考え優也はさらに震える。このまま居留守にしたいけれど、きっとドアの向こうの人間はここに俺がいるってわかってるから意味がない。どうしよう。
迷っている間の静寂が喉を絞めていく。扉を開けるだなんてできないけれど、居留守を使ったらノックに反応もできない役立たずと思われる。また父さんが悪く言われる。そうだ、寝たふりをしよう。寝ていたことにすれば気づかなかったことに言い訳ができる。そう思って壁にかけられた時計を見ると時間は19時すぎ。いくら11歳とはいえ寝るには不自然すぎる時間に優也はガクッと肩を落とした。
「……優也くん、起きてる?」
はっと優也は再度扉の方を見る。この声は龍斗さんだ。でもどうして?何かあったのかな。自傷行為で未だに血が垂れてくる耳を抑えながら立ち上がり、扉の方へと向かう。龍斗さんだし、大丈夫。そう思えばざわざわと騒ぐ心が少し落ち着いたような気がした。
「龍斗さん?」
「あぁよかった。ね、よかったら一緒に夕飯食べない?食堂の人から色々もらってきてさ、ハンバーグ作れそうなんだ」
ちょうど2人分もらえたし!と扉の向こうの跳ねて楽しそうな声に、耳を抑える手に力がこもる。
「ごめんなさい。今その、……出られなくて」
「ん?なんかあった?」
「ううん、何もないけど」
「そっか。夜ご飯は食べた?」
「まだです」
「部屋に食べるものはある?」
「…………」
「うーん困ったな。何かいい方法はないか?」
きっと扉の向こうで腕を組んで頭を捻らせている。そう優也には確信があった。でも正直言ってもう放っておいてほしい。優しくしてくれるのはすごく嬉しい。嬉しいけど、その優しさに返せない自分に苛立ってしかたないから。返せない理由だってこんな傷、しょうもない。
ぽた、と抑えていた手から血が垂れた。ぐす、と鼻を啜った。
「そうだ、じゃあ俺が自分の部屋で作ってくるのをここの近くにおいておくから、それとるのは?」
「……いらない」
「ううん、難しいな」
「龍斗さん、あの」
これ以上困らせたくない。ただその一心で
「俺、夜ご飯食べました」
「え?」
「さっき間違えちゃいました。ごめんなさい」
「優也くん?」
「帰っていいです。俺、大丈夫なんで」
なるべく明るい調子でそう返した。少し鼻声だけど、扉越しじゃわかるまい。
どくどくと心臓が速く鼓動する。バレたかな。バレてないよな。眉を寄せながら扉の先を見つめる。けれどなかなか返事は返ってこなかった。少し不安になって扉に近づき怪我をしていない方の耳を当てる。けど何も音がしないのにまた眉を寄せた。
ずっと何も音がしない。何も声だけじゃない。帰った足音もしないのだ。さっきまで足音やノックの音にあれだけ怯えていたのに、今度は静かになったら不安になってきた。沈黙を続ける扉の向こうに意地よりも不安が勝って、つい声をかけた。
「龍斗さん?」
「………」
「あれ……?」
「優也くん」
遮るように低い声が響く。優也はビクッと驚いて扉から少し離れた。
「な、なに?」
「あのな、嘘はついちゃダメだ」
「っ!?」
バレてる。一気に頭から足の指先まで冷えたような感覚がした。扉から一歩、二歩、おそるおそるゆっくりと退がる。
そんな優也の様子を知って知らずか、先ほどより落ち着いた優しい声色で龍斗は声をかける。
「でもきっと困ってる俺に気を遣ったんだよな。ありがとう。でもさ、俺が1番困るのは優也くんがご飯食べないことなんだよね」
「え……?」
「優也くんがどうしても扉を開けたくないなら無理にとは言わない。でも心配なんだ。理由を無理に聞くことはしたくないんだけど、話してくれればもしかしたら解決できるかもしれない。ほら俺、大人だし。そんでもってラーメンつめ麺僕イケメーン!!だし??」
「っ、あははっ」
突然飛び出たふざけた調子につい笑いが溢れた。すると扉の外からもふふっと笑い声が聞こえてくる。もうさっきまで体に走っていた緊張を優也は覚えていなかった。
『心配なんだ』
その一言で、意地を張って勝手に逃げ道をなくしていた自分に避難場所ができたようで。
「………け、」
「ん?」
「けが、しちゃって」
「うん」
自然と声が出ていた。弱々しかったけれど、聞き漏らすことなく龍斗は相槌をうつ。
「自分で怪我しちゃって。まわり、足音とか、誰かの声とか、周りの音が怖くて、耳が無ければ聞こえないと思って耳を切っちゃおうとしたんだけど、できなくて」
「………うん」
「今も扉開けるの怖くて、その、」
ずずずっと鼻水を吸った。ぽた、と目から涙がこぼれた。
「その…………」
言葉が続かなかった。自分の中に渦巻く感情をどう処理すれば良いのか、優也にはわからなかった。
そんな言葉に迷う優也を導くよう、ねぇ、と声が掛かる。
「優也くんの好きな料理って何?」
「え、り、料理?」
「王道のハンバーグ?カレー?あ、オムライスって手もあるか。それとも案外渋いのが好き?きんぴらごぼうとか」
「あの、えぇと、俺は」
「なんでも好きなもの言ってよ。料理得意だから安心して欲しいし、材料はまぁシェフと仲良くなったし案外色々揃えられる。だからさ」
トス、と何かが扉に寄りかかった音がする。
「俺の足音が聞こえたら扉開けて待ってて。そしたら俺が中で料理作ってあげる。それはもう、とびっきり美味しいやつ」
「……」
「夜ご飯は一緒に食べよう。優也くんの部屋でさ。ほら、食堂って混んでること多いしちょうどいいじゃん?」
「……なんで?」
「俺がそうしたいから、かな?」
どうして?
なんで、なんでこの人はこんなに楽しそうに話すんだろう。
料理なんてめんどくさいじゃん。食堂で食べた方が絶対楽じゃんお金だってかかんないんだし。それに俺は孤虎だよ?アンタの奥さん殺したかもしれない犯人のこどもでしょ?なんで、なんでそんな優しくするの?
コトラ事件からまだ1年。心のない言葉に慣れすぎてしまった優也は、どうにも龍斗の言動が理解できなかった。
「どうして」




