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SCR -Specific mutant Cells organism Rangers-   作者: none
#11.5 幕間 優しい音
150/205

#11.5-1 ねむれない夜は

 例え心に重くのしかかる何かにすり潰されそうになってしまったとしても


 迷った足が向かう先には、あなたがいる。



 *****



 #11.5 幕間 優しい音



 *****


「…………」



 10月某日───SCR本部、特殊戦闘部居住区



「……………」


 足を一歩、音を立てないようゆっくり後ろに伸ばす。そのまま両足をそろえるように目の前の扉から下がる。


 時間は日付が変わって数分ぐらい。普段から私達特殊戦闘部しかいないこの居住区は静かだけど、今はやけに恐ろしくシン、としているように感じる。こんな時間だ。夜勤の人たち以外は寝ているはず。


 それは多分、この扉の先にいる優也だってそうだ。だから一歩踏み出せないままでいる。


「…………はぁ」


 やめよう。出直そう。また明日、明日が無理ならまた今度。そうしよう。こんな時間じゃ迷惑にも程がある。


 自分の部屋へ戻ろうと足を向けると、下を向いた視界に誕生日に優也からもらったルームウェアが映る。淡い黄色と白の縞模様のふわふわ記事に可愛らしくデフォルメされたサメのアップリケ。『よく眠れているか心配だ』なんて心配してくれていた彼がよぎって、また自分の甘さに足が止まる。


「…………」


 部屋に戻ったところでどうするの?また眠れずに病むだけじゃん。じゃあ優也に頼るの?いつも何から何まで頼ってるのに、こんなことまで?


 いやいやいや何考えてんの。もう帰ろう。こんな時間に何してるんだ本当に。これ以上迷惑かけられ────


 ガチャ

「あ………」


「…………」


 帰ろうと階段の方へやっと足が向いた矢先、扉が開く音が鳴る。嬉しいと焦りが混じったように目を見開いて見ると眉を寄せた優也の姿が扉から半分はみ出ていた。あまり見慣れない真っ黒なゆるいスウェット姿。いつもと比べて後ろ髪がぴょんと跳ねている。あ、やばい、足音で起こしちゃったかな


「あ、うるさかったよね。ごめん!」


「………」


「それじゃおやすみ!」


「あ、おい!」


 怪しまれないようぱぱっと挨拶だけして走り去ろうとすると優也の声に引き留められる。


「な、なに?」


「その、なんだ……」


 ガシガシと頭をかいて何か困ったような、焦ったような感じだ。え、な、なんだろ


「夜ご飯!今日の夜ご飯作りすぎて余ってる」


「え……?」


「1人じゃ食べきれないし、手伝え!」


「よ、夜ご飯?」


「…………いらないなら、いい」


 途端に小さくなった声にギィ、と扉が半分閉まる。そっか、優也は、


「た、食べたい!なんか目が冴えてお腹も空いてきちゃったところなの!」


「!?お、おう。ほら入れ」


 突然水を得た魚のようにげんきになる私に優也も驚きながら扉を開けて迎えてくれる。言葉尻の勢いが不安定なのはお互い様。誤魔化しが下手くそなのも含めてね。


「奥に座ってろ。すぐ持っていく」


「はーい。ありがとう」


 入り口近くのキッチンに立つ優也の奥、いつものリビングのソファに腰掛ける。数時間前は龍斗さんも一緒に3人で夜ご飯を食べてまったり団欒していたのに、1人部屋に帰るとどうしても気になってしまう。


 音が、どうしても気になってしまうのだ。


 自分の部屋には誰もいない。けれど、時計の針が進む音がやけに耳の奥まで響いてきてどうしても眠れない。目がどうにも冴えてしまって、なかなか寝付けない。優也みたいにドラマ鑑賞でもしようかと考えたけど、あいにく私のテレビは優也の部屋のテレビほどサブスクはなくて万能じゃなかった。夜中の放送に興味はないしなんか怖いし。


 3人がけのソファの端っこに座り込んでぎゅっと膝を抱く。テレビはついていない。見てなかったのかな。てことは優也ももう寝るところだったか寝てたのか、どちらにせよ邪魔したことに変わりはない。あーもう、こんなつもりじゃ。


「なんか飲むか?ホットミルクとか」


「え、いやいやいや、いいよ」


「苦手だったっけ」


「ううん、好きだけど。でも申し訳ないしこんな夜遅くに」


「そういう理由ならいい。淹れるから飲みたきゃ飲め」


 そう言い残してまたキッチンの方へ引っ込む。あぁ、またやっちゃった。いつもいつも迷惑ばかりで自分が情けない。


 程なくしてすこし甘い匂いが漂ってくる。ん?あれでも、これ牛乳だけの匂いじゃない。甘い……シナモン?パイ生地みたいな匂いもする。香ばしくて食欲をそそられる、この時間には悪魔のような匂い。


 すると優也がまずホットミルクを2人分ローテーブルに乗せる。そのまますぐにチン、とオーブンが鳴るとキッキンに戻って、ガサガサと厚めの手袋で持ち大皿に乗せて何かを持ってきてくれる。


 これって、

「アップルパイ……!?」


「2人が帰った後仕込んでたんだよ。明日のデザートに出そうと思ってたけど」


「え、いいの!?」


「こんな時間に食ったら悪魔的な食べ物だろうな。覚悟があれば食えるぞ」


 そうニヤっと笑った優也からフォークを受け取る。うぅ、こんなの前に出されて食べないなんて選択肢選べないよ!


「いただきます!!」


「いただきます。こっちの端は細く切ってあるからこっちから」


「うん、あむっ……っん!?熱!?」


「そりゃ焼きたてだもん」


 クスクスと笑う声と熱いアップルパイで、冷えていた体と心がじんわりと暖かくなっていく。美味しい。りんごは甘すぎなくてシナモンの香りがふわっとした後、隠し味のレモンですっきりして、パイ生地のサックサクな食感でこんなの幸せに決まってる!


 口が乾いてホットミルクを一口飲む。あ、ハチミツ少し入ってる。ほんのり甘い。何だかふわふわと眠気が出てきたような。


「……で、どうしたんだよ」


「え?」


「こんな夜中に人の部屋の前に立ってるから、何事だって聞いてんだ」


「あ」


 夢中になってかぶりついていたアップルパイを一度取り皿に落として、ケホンケホンと喉を鳴らす。優也は別に責め立てるような口調じゃない。言葉こそちょっとぶっきらぼうだけど、ただ心配してくれているだけってわかる。聞いてくれるんだ。なら、話したい。


「その、音が」


「音?」


「時計の針の音が気になって、目が冴えちゃったの。気を紛らわせようとしてもダメで」


「……時計を外してもダメか」


「ダメなんだよね。一回外したんだけど、今度は耳鳴り?みたいなのが気になって眠れなくて。それに、その……」


「夜中は病むからな」


「!」


 ぱっと下がっていた視線を優也に戻す。優也はホットミルクに視線を落としていて目は合わないけど、まるで私に起こったことを何でもわかるような様子で話す。


「夜中に起きて考えることなんて碌でもないことがほとんどだ。考えすぎる」


「うん。うん。そうなの。私……お姉ちゃんのこと考えちゃって」


「愛海さんだっけ」


「うん。お姉ちゃんは私のこと、昔から嫌いだったのかなって。それを隠して私と一緒にいてくれたのかなって」


 忘れもしないディスティニーランドでの出来事。龍斗さんが言うには記憶からどんな関係かを推測し、その感情を演じていただけだって。でもそれって、お姉ちゃんが私のこと嫌いだって推測できる記憶があるってことなんでしょ?私は小さい頃の記憶が曖昧だけど、何かあったのかもしれない。それに鮫島の血って、未だにピンとこないし。


「大好きって、いつも口癖みたいに言ってくれていた。ぎゅーーって抱きしめられて、愛されていると思ってた」


「…………」


「それがあんなこと言われて。揺らぎたくないけど、揺らいじゃって。優也が言う通り本人に聞くまでわからない。……わかってるんだ」


「………」


「わかってるんだけど、それでもお姉ちゃんはあの時、この時、こんなこと思ってたのかなとかあんなこと言いたくなかったのかなとか。私が楽しかった記憶は、お姉ちゃんにとって嫌な記憶なのかな、とか。もう考えすぎちゃって。気がついたら眠れなくなって」


「あぁ」


「それでここにきた。ごめん。私のわがままにいつも付き合わせて」


「…………」


 コト、と静かにホットミルクが置かれる。頭を下げる私に優也は何も言わない。数秒の沈黙の後、口を開いたのは優也だった。


「俺は耳がいい」


「え、うん」


「だから、足音がこの部屋の中にいても聞こえる」


「そうだね」


「その足音は俺にとって安心剤みたいなもんだ。だから気にするな」


「……どういうこと?」


 ふっと笑った優也のその笑みは、どこか遠くの記憶を呼んでいるみたい。……わからない。足音が安心する?優也、人と関わるの苦手じゃん。どっちかと言うと嫌がりそうだけど。うーん足音が煩わしくないってどういうこと?どうしてそう思うの?知りたい。


 そう口より目が雄弁に物語っていたのか、優也は苦笑して語り始める。


「昔SCRに来た頃、どうにも色んな音に敏感だった。父さんと俺を恨む声に目をつぶって近くに寄ってくる足音に肩を震わせて、耳を塞いでも貫通してくる音に吐き気がした。気づいたら用がなきゃこの部屋に籠ってた」


「………」


「それで子供みたいな…いや、子供だった。浅はかな考えが浮かんだ。『何も聞きたくないなら耳を削げばいい』って」


「え……?」


「それで耳をハサミで削いだんだ」


「え!?」


 わっと突然叫ぶと優也が隣で慌てて耳を塞ぐ。ごめん、と謝りながら優也の耳を見た。優也は私の左隣に座っているからこっちから見えるのは右耳だけだけど、別に大きな傷跡はない。記憶の限りじゃ左耳も別にこれといった傷跡はなかった気がするけど。


「まだ特異生物である自覚が薄かった。ちょっとハサミで切りつけたくらいじゃすぐに再生する。削ごうとしても無駄だった。ただ痛いだけで」


「そうなの……」


「痛くてたまらなかった。痛くて痛くて、なんでこんなことしてるんだっけって自己嫌悪に陥って、ハサミじゃ心臓に届かないことに絶望してた。視野が狭くてキッチンのナイフに目が向かなかったのは不幸中の幸いだったな」


「…………」


 キリ、と胸が締め付けられる。優也は左の方へそっぽ向いてまるで大したことのないような調子で、あっけからんと言っている。けどきっと、ずっとずっと心に残った傷。それを少し見せてくれているんだ。


「真っ暗でずっと怖かった。やけに扉を開く音が耳に残って怖くて、扉を開けるのが怖くて」


「……わかる、かも」


「そうやって部屋で1人震えていたら、龍斗さんが来たんだ」



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