#11-10 夢のまた夢
「ぅ……?」
ガンガンと痛みで悲鳴を上げる頭。ぼやける視界が少しずつはっきりして、誰かが俺を呼んだような気がして目が覚めた。
仰向けに倒れていた。ここはどこだ?
体を起こしてみると、そこは知っているようで、全く知らない景色。
「なんだこれ……」
確かにそこは研究所の入り口だった。総合受付といくつかソファが置かれたエントランスホール。研究所の東入り口そのものだ。
だけどその有様は、俺の知るものじゃなかった。
何か爆発でもあったのか、そう思わせるほどに荒れている。それだけじゃない。至る所に血のようなものが飛び散っている。その辺には肉の塊?あれ、ただの作り物……じゃ、ないのか?でもこのキッツイ匂い。まさか、本物?
てか俺こんなところで何して────
『愛してる、龍斗』
『光莉ぃぃいいいいい!!!!!』
「っ、あ」
『はは、』
ネズミの死骸を踏み潰した水っぽい感覚。冷えた背中に、体を奪われる無力感。
「っ!?」
慌てて腕を見る。ついてる。動く。普通に動く。なんで?さっき引きちぎられただろ。それに色んなところも噛みつかれてぐちゃぐちゃになって。
死んでない?死んだんじゃないのか?あれで死んでないなんてことないだろ。
「はぁっ、はぁっ……はぁ、」
よくわからない。リアルな夢……なのか?
「はぁ、はぁ……?」
夢、なら。
弾かれたように立ち上がる。血やらなんやらで滑りやすくなった床を踏み締めて、地下へ向かう階段へ飛び出した。溢れる血や死体なんか避けて、滑って転がって落ちて。
「あ゛……っ!!」
床に叩きつけられた体は不思議と痛くなかった。
血まみれになって、手で床を押して立ち上がって走る。走る。
もしさっきまでのが全部夢なら
全部全部夢なら
「光莉!!」
応えてくれ、頼むから!
壁に書かれた地下3階の文字。傷だらけになったボロボロの扉を押し開ける。
そこはまた、見覚えのないほど荒らされた廊下だった。足元には粘ついた何か、壁の至る所に穴や亀裂が入ってしまっている。チカチカと点滅する蛍光灯が恐怖を煽るようだった。
扉を出てすぐ右側。エレベーターの扉。
そこは。
「あぁ、」
そこには。
力が抜けて膝をつく。ぐちゃ、と血でさらに汚れた。
視線が目の前に釘付けになる。
そこには、赤、赤、赤。
エレベーターの扉が赤に染められている。扉だけじゃない。接する壁も床も天井も、赤に染め上げられている。
元々赤かったんじゃないか?そんなわけがない。元々は白とか銀とか普通にありそうな色で、こんな真っ赤になんてなっていなかっただろ?
じゃあこれはなんだ。これ、は、
血だ。
血だ。
だれの?
ふらりと立ち上がる。そうだ。ネズミの死骸のかもしれない。別の化け物のかもしれない。違う。違う。これは、この血は、
だって、そうだ。この扉の面が血に濡れてるのはネズミとか怪物のせいで。きっと、人間とは違う血で。
粘度の高い血溜まりに一歩踏み出す。一歩、二歩エレベーターの扉へゆっくり近づき、右手でそれの下部をなぞる。きっと違う。違う。
「………ぁ、」
なぞった指に何かがぶつかった。
なんだ、何か小さいものがある。
それを拾い上げた。
「…………」
拾い上げてしまった。
「ぁああ、そんな、うそだ」
血で塗れた隙間。チカチカと点滅する蛍光灯を反射するのは、見覚えのある青い宝石。
『普段は研究でつけられないけど、いつも持ち歩いてるんだよ。約束、破ってないからね』
「うそだ。うそだろ?なぁ!」
それは貴女がつけていたもの。
貴女がつけていたはずのもの。
「いやだ。ひかり」
どうしてこんなところにあるんだ。ずっと君がつけているんじゃないのか。
荒れ狂う思考の波に一隻の船が乗る。
拾ったそれは血溜まりの中にあった。血溜まりの上から落としたんじゃなくて、少なくとも、血溜まりができた時に放り込まれいることになる。
俺がここにいた時、こんな血溜まりはなかった。
できたとしたら、エレベーターの扉が閉じた後。
つまりそれが意味するのは?
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、そんな、そんなひかりなんで」
再度膝が落ちて、頭を抱えて。
それが意味するのは、
「ひっ、はっはぁっはぁっ!?あ、いき、できな、」
貴女はここで、
「ひゅっ、うそだ、夢だ!!こんなの!!起きろ起きろ起きろ、起きろ!!!起きろよ!!!」
なぁ、夢なんだろ?
誰か夢だって言ってくれよ。
「光莉!光莉っ!!?なぁどこ行ったんだよ!!光莉!?どこ、ッゲホゲホゲホッッ、どこに、光莉、どうして、っっなんで、なんで!?なんでいないんだよ!!?!?」
ここにいない貴女の体が、
残された致死量を裕にこえる血溜まりが、
「ぅう、あ、あぁ、はぁっ、はぁ、あぁあぁあああああっ!?」
コン、
「っ、あ、」
血溜まりに落ちた婚約指輪が
「ひかり、ひかり、……いや、だ」
次々に死を物語る。
「いやだ、ひかり、ぅうう、ぁ」
『龍斗、愛してる』
「ぅうあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」




