#11-9 忘れられない一瞬を
手を引かれてペンギンの泳ぐ水槽を眺める。すごいスピードで俺たちの横を走っていくやつもいれば、奥にはぷかぷかと余裕そうに浮いているやつなんかもいる。
「かわいい!お腹ぷっくりしてる!」
「ね。奥のあいつなんてふてぶてしいよ」
「かわいい〜癒される〜」
「わっ、目の前通った!?」
「早い!陸上だとあんなてちてち歩いているのに、水中じゃすごい早い!」
もんもんと目の前の景色に集中しきれないまま
「クラゲってずっと見てられるねぇ……」
だんだん心臓の鼓動だけは早まって
「かっこいい!大きなタコ!」
でもまぁそんなこんなで、たっぷり楽しみまして。
出口近くまで来て、お土産屋では大きくふわふわなこの水族館限定のペンギンのぬいぐるみを見つけてはむうぅ……と頭を悩ませていた。かわいいなぁ〜!でもなぁ〜!と唸るその顔が可愛くて可愛くて。外の土産屋にも同じようなのあったし、後でこっそり買うリストに入れておこう。
出口は3本のバーが回転するターンスタイルゲート。ガチャガチャと音を鳴らしながら外に出る。このアクアパーク・マリアにはメインとなるこの施設の他にも3つの小さな水族館がある。その他にも釣りができたり、イルカと触れ合ったり、あとは簡単な遊園地もある。
「次はどこいく?」
「そうだな……イルカとのハイタッチ、やってみない?」
「いいね。あ、あとそういえば、カワウソとのハイタッチもあるらしいよ。後でいこうよ!」
まだ時間は太陽が真上に上がった頃。夕方まではみっちり遊べる。
そう、夕方まで。
太陽は傾き始めて、空の燃えるようなオレンジは藍色に食われようとしている。夕刻を告げる園内放送が流れて、家族連れや学生達は惜しみつつも帰りの道に着き始めていた。
人の流れに沿って、俺たちの足も進む。
「あー楽しかった!やっぱこういうのがないと人としてダメになっちゃいそうだよね。ずっと研究してるだけじゃ研究人間になっちゃう」
「そうだね。ねぇ、光莉」
足を止めれば、数歩先で光莉も立ち止まる。
「時間ある?この後」
「……もちろん。というか、今日家帰る気なかったんだけど?」
そういたずらっ子のように二マリと口角を上げた。あぁよかった。大丈夫だとは思ってたけど今日は帰さない気でいたの、俺だけじゃなくて。
「じゃ、こっち来て」
「ご飯行くんじゃないの?」
「その前にこっち」
柔らかな手を引いて、向かう先にはアクアワールド・マリアのメイン水族館。迷子の女の子がいたところ。
入り口で従業員らしき人にアイコンタクトを取ると、何も言わずにこくりと頷いて入り口を通してくれる。よかった。話はちゃんと通ってる。
美しい魚達を除いて誰もいなくなった水族館。水槽の明かりが薄暗い道を照らして、先へ先へと進む。朝きた時よりちょっと薄暗く感じるのはもしかして照明いじってくれたのかな?ムードがより出てなによりだ。
「え、ちょっと、もう閉館じゃないの?」
「見せたいものがあるんだよ」
「な、なに……?」
訝しげな質問には答えずそのまま順路に沿ってまっすぐ進む。アザラシもセイウチもペンギンも、俺たちを気にするわけもなく、ただ悠々た水槽の中の海を泳いでた。
見せたい。俺の見ている光を。
ペンギンの海をぬけて、広い場所に出る。
「あれ……こんな暗かったっけ……?」
「……」
大水槽。
頭一つ抜けて大きな水槽だ。高さとして10 mほど、横幅は15 mぐらいだ。大海原を生きる小魚も大型魚もそこを泳いでいる。
中でも目を引くのはイワシの群れだ。何万匹といるそれが一糸乱れぬ体形をとり、まるで1匹の大きな魚のようにも見える。朝始めに来た時はその身で光を反射してキラキラと光っていた。けど、照明が落ちている。ありがとう、従業員さん。
ドクンドクン、と心臓が跳ねる。
「光莉、ここに立ってて」
「え、なに、なになになに!?」
「ふふ、いいから。水槽見てて」
水槽の最前面に立たせて、水槽を見てもらう。するとどこからか音楽が流れ始めた。それと同時に水槽の中を照らすスポットライトが輝き始める。
「わぁ……!」
水面や鰯の体、果てには泡に乱反射した光がガラスを超えて光莉を照らす。音楽に合わせて鰯の群れが舞い踊り、エイが一瞬の影となってはまた光が差す。美しく幻想的なショーだ。
光莉が感動して夢中になっている間にこっそり荷物を預け、花束を受け取る。ポケットにはもちろん準備してある。
「すごい、綺麗……」
ショーに見惚れる光莉。君だけのための舞台だと伝えたら、喜んでくれるかな。
音楽も山場を超えて、ムーディな音楽に切り替わる。水槽の中を照らすスポットライトも照度を落として、反対に水槽の外にいる光莉を上から照らす光が差した。
「すごーい!!特別ショー?綺麗だったね、りゅう……」
ドクン、と心臓が一際強く跳ねる。この胸を貫いて、飛び出してしまいそうだ。
「えっ………!?」
流石にこの花束の意味は知っているようで。
「光莉」
一歩、一歩、近づく。
「りゅう、と」
花束を手渡す。目を見開いて、片手で口を抑えながらわなわなと小さく震えていた。
「やっぱり似合うね。青い薔薇。赤と迷ったんだけどさ。でも青色の方が好きだしきっと似合うと思って」
その場にひざまつき、ポケットから小さな箱を取り出す。
「俺と、結婚してください」
目に瞬く光。
小さな小さな青の宝石が反射して、輝いた。
光莉はついに顔を覆って、ひっくひっくと嗚咽の漏れる音がする。
「わたしで、いいの?」
「光莉がいいの」
「ずっと、一緒に、いていいの」
「光莉」
立ち上がって、柔く光莉の手を上から撫でる。ゆっくりと顔が見えて、頬を伝う涙すら美しかった。
「俺の一生を捧げるから、俺に貴方の一生をください」
「うぅ」
「どんな貴女も愛しています。必ず幸せにします。必ず。どんな時も。だから」
光莉の左手を支える。リングを右手で持って、添える。
「俺と結婚してください」
輝くその瞳の中に、一生俺を映していて。
「ふ、」
「……」
「不束者ですが、ひっく」
「……」
「不束者ですが、よろしくお願いします」
添えたリングに細い指が通る。ピッタリのサイズ。寝ている時にこっそり測って良かった。
とめどなく溢れる涙一つ一つが美しくて、愛おしくて、衝動に駆られて抱きしめる。あたりに青薔薇の花びらが舞って大水槽の光を受けて輝いて。
忘れられない。腕の中で笑った君の笑顔。
誰にも譲らない。俺だけの光。
「愛してるよ、光莉」
「私も、私も愛してる!」
光が燦々と降りしきる中落とした口付けに、誰も異論はなかった。




