#11-6 残された逃げ道
ガチャ、と扉を開いた。
「……何もいない………よな?」
「うん。見た目は」
「よし、行こう」
廊下の天井、規則的に並べられた明かりはところどころが点いておらず仄暗い。ホラーゲームの研究所って多分こんな感じなのか、とどこか人ごとのような、ずいぶん呑気な考えが頭を過ぎる。あまりに馬鹿げた現実逃避だ。
足音を立てないように、けれど急いで先へと向かう。
程なくしてすぐに壁にぶち当たる。そこには重い鉄扉。上半分に大きな窓が取り付けられているが、曇りガラスで中は見えない。その窓の横にカードキーをかざす電子タブがあった。
光莉を一旦下ろしてカードキーを再度取り出す。
うちの先輩、登録してるかな。頼むからしててくれよ。
ピ、ピーガチャン
「……?」
「開いた……のかな?」
何かの駆動音。何かがあったことだけはわかる。けど、点灯したランプは赤い。
扉の取手を掴んで引く。
「開かないな」
「え……、でも今開いた音したけど」
「もしかして……閉まったのか?元々開いた状態で俺たちが今閉めちまった、とか」
改めて電子タブにカードキーをかざす。するとピ、ピーガチャンと同じ音がなった。けどランプは緑に点灯している。扉の取手を掴んで引けば、ガチャ、と開いた。
「やっぱそうか」
「……今まで開いてたってこと?え、なんで、」
「それはとりあえず後。今は向こう側に通り抜けるのが先決」
光莉を抱き上げようと肩に手を乗せると、やんわりとそれを避けられる。
「いいよ。疲れちゃうでしょ。ちょっと痛みも引いてきた」
「別にそんな疲れないよ。てかもしもの時に抱えてた方が一緒に逃げやすいし」
「じゃあそのもしもの時にすぐに助けて。それまでは私1人で大丈夫だから」
「わかったよ。でも無理しないでね」
ポン、と頭を撫でる。ずっと張り詰めていた緊張の糸が少しだけほぐれたような気がした。こんな時にも光莉の瞳の輝きは変わらない。まったく頭が上がらないな。
扉の隙間から中を伺う。開いてたってことは誰かがいるかもしれない。その誰か、が人間であることを祈るばかりだ。
中は物音一つしない。シン、としている。動物舎独特の匂いがぶわりと扉から溢れてくる。後ろからもしあの化け物たちが追ってきているならあまりチンタラしている場合じゃない。
光莉の手をとって先に進む。
「なんか、静かすぎない……?」
「そうなの?」
「私もそんなに入ったことあるわけじゃないけど、なんか、機械の駆動音があんまり聞こえないっていうか……ほら換気とか。何も聞こえないよね」
「電気系統がやられてんのかな。さっき携帯が使えなかったのもそのせいかも」
中は二重構造になっているようで、実際の動物がいるところには指紋認証も必要らしい。流石に指紋までは借りてきていない、けど通り抜けるするだけならまっすぐ進めばいいみたいだ。
「え、あれ……」
「?」
足を止める。なんだ?
光莉が震えながら指差す先には、赤い何か……肉塊とでも言えばいいのか。両手にギリギリ納まるぐらいの大きさのそれが転がっている。なんだあれ……?
困惑していると、怯えた様子で光莉が口を覆う。
「あれ、マウスの頭ついてない……!?」
「マウスの頭!?」
角度を変えてみると、死角になっていたところにマウスの頭だけがひょいとのぞいている。そう。頭だけが。
なんで、どうやって?この肉塊がマウス?いやそんなわけない。こんなにめちゃくちゃに肉をかき集めたような肉塊が、マウス?そんなわけない。じゃあ食われたのか?肉がマウスを?いやそんなわけ、そんなわけないだろ。
「ねぇバイオハザードって、」
絶句する俺に光莉が何かを言いかけた、その時。
ガシャンッッ!!
「!!」「きゃあっ!?」
入り口の方からガッシャンとガラスの割れる音が響く。来てる、そこまで!
鍵はかけた。まさか化け物達がカードキーを持っててそれをかざして入ってくるなんてことはないだろ流石に。ちょっとは時間稼ぎになればいいけど……!
光莉の手を引くとこのまま走れるようで、引っ張りすぎないよう気をつけながら走る。足場はプラスチックのすのこやらスリッパやらが散乱していて走りにくい。なかなかスピードも出せず足を取られながらも進む。
「扉!」
中から外に出るのは簡単だった。たったボタン一つ押すだけ。ピーと高い音がなって、体当たりするように扉を開く。すぐ目の前にはエレベーターがあった。少し間を挟んで階段へと続く扉もある。
エレベーターはちょうど地下3階、ここに止まってる。けど有事にエレベーターは使いたくない。
迷わず階段に続く扉を開いた。
ガラガラガラッ!!
「うわっ!?」
「龍斗!!」
痛い、なんだ!?
咄嗟に頭を庇う。上から落ちてきたのは両手で持てるかどうかぐらいのコンクリートの瓦礫だ。腕を掠ったぐらいでなんとか避けれたからよかったものを、もしこれが頭に直撃していたら?
背筋に嫌な汗が垂れる。
「なんで上から瓦礫が」
「龍斗頭下げて!!」
「っ!」
光莉の叫び声に頭を下げる。瞬間、何かが頭の上を掠めたのがわかった。身を引いて扉を一旦閉めよとすると、ガギンと鎌のような何かが引っかかり、隙間からその何かが見える。これって、
「シャァァアアアアッ!!」
「カマキリ!?」
「こんなでかいカマキリ存在するの……?」
「とにかくこれを閉めないと!!」
扉を手前に強く引っ張る。鎌が引っ掛けられて力比べの様相だ。とにかくこいつを廊下に出しちゃいけない!
キーンと金属と金属が擦れる高い音が響き、ガリガリと少しずつ鎌が擦れてズレて、バタン、と扉を閉めることに成功する。
ガギンガギンと金属がドアの向こうで鳴っている。開けられないのか?カマキリなら腕が鎌になっているから、上手く扉を開けられないのかもしれない。でも、
「あの化け物がいるんじゃ階段も使えない。どうする……!」
「あっち、この先に階段ってなかったっけ!?」
光莉が指差す方向はL字角の動物舎のない方向、つまり俺たちが来た道と直角にぶつかる廊下だ。そこは廊下にそって実験室が並んでいる。その先には、
「……いや、無理だ」
「えっ……あ、」
奥の階段からボトボトと泥のような何かが床を這ってくる。はっきりとした形もないのに、その軟体をうねらせ津波のようにこちらに迫ってくる。移動スピードは遅いが、あれを超えて向こうの階段に行くことは多分不可能だ。
目の前ではドン、ドン、ドン!!と追ってきた化け物たちが動物舎の扉を叩く音。背中の扉からはギギギ、と金属の擦れる音。それぞれの不協和音が織りなす交響曲は俺たちの体を恐怖で震え上がらせるには充分だった。
でもまだ、まだあと一つある。俺たちの逃げ道。
「……あんまり良くない気がするけど、今はこれしかない、か」




