#11-5 蠢く影
ボドンッ!
「きゃあっ!?」「〜〜っ!!」
マジかよ!!
上に向かう階段から"何か"の触手が降ってくる。まずい、これじゃ上にはいけない。下がるしかない!
踏み出した足を反対に向けて階段を駆け降りる。この建物の地下は3階まで。さっきいたのが地下1階だから、降りたら地下2階になる。ここで隠れるなりして時間を稼いで、どうにか上へ上がらないと!
一階分の階段を降りて廊下に繋がる扉を蹴り開く。この階にあるのは大型の研究資材置き場とゼミ室だ。どこかに隠れてやり過ごせれば西階段から上がれるのに……!
「龍斗、腕、大丈夫?」
「え?」
「私歩くから。龍斗の体力が」
心配そうに俺の顔を見つめている。……もしかしてキツそうな顔しちゃったかな。あちゃー、ダメだなぁ、俺。最愛の人を不安にさせてちゃ。
よっと、と改めて抱え直す。
「へーき。光莉軽いし」
「いやそういう問題じゃ」
「いいから、俺のこと応援してて。それだけで100万倍頑張れる」
「っ、」
「行こう。あの化け物をどうにかやり過ごさないと」
ゼミ室の扉が並ぶ廊下を駆け足で進む。中に隠れられればよかったけど、あいにく俺たちのもつ研修生証じゃドアは開けられない。勝手に使われないように常日頃から鍵がかけられているからだ。
廊下を進む。いつあの怪物たちが追いついてくるかわかったものじゃない。でも、
「この階じゃ隠れられるところないな……」
「ぜ、ゼミ室の中は?大きな机の下なら案外見つからないとかないかな」
「ゼミ室は俺たちのカードじゃ開けられな……」
あ、
「先輩のカードあるじゃん!借りたやつ!」
「確かに!」
そうだ、俺先輩にカードキー借りてるんだった!!
胸ポケットに入れていたそれは光莉の手中へと移動する。それを電子錠にかざせばピッと高い音とともにシャーっと滑るようにして扉が自動で開いた。
「中に隠れよう」
「あぁ、そうし……」
チャパッ
「え、」
薄い水の跳ねる音。同時に冷感。
足元を見ると水が地面を侵食している。なんで、いやそんなことより、
眼前で蠢く影はなんだ。
「龍斗、上!!」
「なっ!?」
反射的に後ろに飛び退く。同時に俺のいた地面が抉れた。その蠢く影から伸びる腕によって。
それは質感と色から凡そ人間の手だということはわかる。が、俺の知っている人間の手じゃない。指が10本ある。両手じゃない。片手に10本の指がある。手のひらにも手の甲にも生えて、うねうねと動いている。
扉とは反対側の壁に背をつく。
「なんだよ、なんなんだよ……!?」
「ひっ、あっ、ろ、ろうか、」
「え、」
「ほ、他の部屋にもいる!!」
ドン、ドン、ドン!!!
何かが扉を強く強く叩く音。扉と床の隙間から漏れ出す何かの液体。眼前の蠢く影に目はない。けれど俺たちを確かに見ている。強い敵意を込めた視線にその場に縫い止められる。
怖い。なんだよ、この化け物!
「龍斗、逃げなきゃ!!」
「くっ……!」
光莉の声で現実逃避し始めていた意識が戻される。そうだ。逃げなきゃ。光莉を守らなきゃ!
足が絡まりそうになりながら逃げる。来た階段とは反対側の東階段。そこから上に上がれるはずだ。
恐怖を煽る打撃音のなか駆けていく。あった、エレベーター!その隣に扉。ここから階段で上に、
「うっ……!?」
「……っ、」
向き込む風に乗ってくるのはむせかえる錆びた鉄の匂い。階段の上からダラダラと立て続けに流れてくる赤。それは、
「血……!?」
「しかもこの量、上で何が……」
何か嫌な予感がする。こんな血が出ることってなんだ。何か別の化け物が上にいるのか?そうしたら、東階段からは上がれない。西からじゃないと。
でも来た道を戻れるほどの勇気も時間もない。俺たちが選べるのは
「……下、行こう」
「っ……」
「地下3階で隠れながら西階段、あるいはエレベーターへ向かう」
「でも地下3階って動物舎しかないよね。先輩のカードがあれば入れることには入れるけど、私たちが隠れられるところなんて」
「……なら、駆け抜ける。地下3階に降りて、西階段に向けて突っ走る。東階段の上は……嫌な予感しかない」
光莉を再度しっかりと抱え直して下へ向かう。地上へ行こうってのに、さっきから下へ向かうばかりだ。まるで実験ケージの端に追い詰められたネズミみたいに、どんどん逃げ場がなくなっていく。
地下3階の廊下に出る扉の前まで降りて、服をうまいこと引っ掛けてドアを開ける。手の震えは光莉に伝わってしまっているだろうか。
この先に待つのは、死か、それとも。
ガチャ、と扉を開いた。




