#11-3 戻らない幸せ
「お待たせ」
「遅い〜パーティ終わっちゃうよ?」
更衣室を出ると、壁に背を預けてさっきより少し赤い唇。派手ではない、けどいつもより少し明るい、素の美しさを際立たせるメイク。
その瞳が俺を捉えると、また〜?と言いながら笑った。
「ネクタイ、ちょっと曲がってるよ」
「え、嘘」
「慣れないねぇ。手先器用なのに。」
「うーん、まぁ、こういうのは数を重ねていけばだよ」
「歳の間違いじゃない?」
「ン〜ワタクシまだ22ザマス」
「誰?」
コロコロと笑いながら光莉は俺のネクタイを直し始める。ネクタイ、結び慣れないんだよなぁ。つける機会が学会とかぐらいだし。歳を重ねれば上手くなるもんなんだろうか?
必然的に光莉が近寄る。頭を少し下に傾けた拍子に、美しい髪が垂れた。
手持ち無沙汰に、垂れた髪をすくう。
「……なぁに。邪魔しないでよ」
「綺麗だなって」
「ふふ、ありがと。龍斗もいつもよりキメてるねぇ」
「まぁ」
これだけ美しい人の隣に立つのなら、
「当然でしょ?」
「うわでた、自己肯定感ばかたか人間。さすが美男美女揃いの嵐巻家」
「光莉もその1人だからね、もう」
「……そうだった」
あのスーパーモデルのLuriさんがお義姉さんなんて、気が引けちゃうよ。そう眉を下げてるけど、光莉の方がずっと綺麗でかわいいから気にすることないのに。……前にこれ言ったら怒られたな。
うち両親と姉貴に今度挨拶に行くけど、すでに姉貴と母さんには写真を送ってる。そしたら「可愛い〜!!綺麗!!」「龍斗に品行方正な彼女って……何?何で脅してるの?」とかなんとか、俺が酷い言われようをしたぐらいだ。きっとすぐに気に入られる。
家族、かぁ。
「できた。……ん?どうしたの?」
ネクタイを直してくれた光莉の手をとる。陶器のように滑らかな肌。研究に使う薬品で荒れてもおかしくないはずなのに。
細く美しい指先。左手の薬指に嵌められた指輪を見つめる。俺の視線の行き先に気づいたのか、ふっと光莉は微笑んだ。
「綺麗だね」
「あぁ。すごく似合ってる」
「普段は研究でつけられないけど、いつも持ち歩いてるんだよ。約束、破ってないからね」
「ふふ、ありがと」
左手を口に添えて上品に微笑む。女神のようだ。そうふっと頬がほころんだ。
俺に夢を追う情熱とか、輝きとか。そんなものはないけれど。
これからも輝く君の隣で。そしたら、自分が輝けなくたっていいとも思ってしまったんだ。
この光は俺のものだ。誰にもとられたくない。だから指輪をずっとつけることはできなくても、絶対持ち歩いて欲しい。そう伝えた。
重い?上等だよ。情けなくたって必死になって譲れないから。
「綺麗」
「ほんと、綺麗だ」
手を放し優しく頬に触れる。少し顔を上げさせながらゆっくりと顔を近づければ、光莉少し驚いたような、困ったような顔をしている。
「りゅ、龍斗、恥ずかしいって」
「誰もいないし来ないよ。今パーティ中だし。……それとも、嫌?」
光莉は誰もいやしない廊下をキョロキョロと確認した後、しばらく逡巡して、それから降参したように目を伏せた。
イタズラ心が漏れでそうになった笑いを押さえ込む。
ゆっくりとさらにゆっくりと顔を近づけた。口の端がほんの少しだけ横に伸びて、ちょっと緊張しているのが見て取れる。
あ、瞼のアイシャドウ、いつもと違う色使ってる。薄暗い廊下の中でもわかるくらいキラキラしているそれは、俺しかじっくり眺めることのできない星空のよう。それにくるんとカールした前髪も、小さくて赤らんだ耳も、もう全部全部、
あー、かわいい。
可愛くてつい、
「んむっ!?」
「…………ふふ、」
「ひょっと!?りゅーと!?」
意地悪したくなる。
光莉の顔両手でむにゅっと挟んだ。タコみたいに口を尖らせながら伏せていた目を大きく開いて、抗議するように俺の腕を掴む。
「あははは!」
「にゃに、はぁ!?」
「こんなとこじゃしないしない。さ、かわいい顔してないで早くパーティーいくよ~」
「えちょちょっと!もう!!」
ヒラヒラと手を振って先を歩くと背中に柔い拳が飛んでくる。痛い痛い、と笑って振り返るとそかには茹で上がったタコのように真っ赤にした顔が、眉を吊り上げ酷いズルだ反則だ!とブーブー文句を垂れていた。
そんな顔までかわいいなんて、それこそ反則でしょ。
コロコロ変わるその表情一つ一つ、一挙一動の全てが愛おしい。惚れた方が負けというなら、俺に勝ち目なんてない。白旗振ってお手上げだ。だから、こういうイタズラぐらい許してよ、ね?
「もう、龍斗のばか!」
「あいあいばかばか。そんな馬鹿から一つ頼み事。ね、光莉。携帯通じる?」
「携帯?え、通じるでしょ」
そう言ってポケットから携帯を取り出す。画面をつけてすぐにんん?と困惑の声。あれーやっぱり圏外か。なんだろう、電波がやられてるってよりは通信会社の方がやられてたりすんのかな。
とりあえず上に出て、そこでも使えなかったらパーティ会場にいる先輩に聞いてみよう。
「なんで圏外……?」
「俺のも圏外なんだよ。一回地上出て確認しようか。それと先輩に報告したいこともあるし」
「ん?報告?」
「あぁ、さっき更衣室の中で───」
ヴーーーーーッ!!
ヴーーーーーッ!!
ヴーーーーーッ!!!




