#10-10 あてのない希望とリンゴゼリー
海美ちゃんの顔が俯く。暗い表情で、ポツリとつぶやいた。
「もう私に戦う理由なんてない、の」
「……?」
お姉さんのことが...…あぁ、いや。そうか
あの日、ネピア────海美ちゃんのお姉さんの姿をした特異生物は焼き焦げ転がりその後完全に焼却された。一生残るトラウマだろし、もう元には戻せない。
「お姉ちゃん、もういなくて。それで心がずっとフラフラしてて、戦う理由見失って」
「……うん」
「私、もう何も知ることなんてできないのかな。あの日あの事件の時、お姉ちゃんと私に何があったのか。お姉ちゃんはなんで私をプールに突き落としたのか。もう真実なんてわからないのかな」
言葉は少しずつ力を無くす。迷子になった子供が知るはずもない親の居場所を求められ、聞いているこちらの無力を様々と感じさせられる。言葉が途切れたその先の沈黙は誰よりも雄弁だった。
それでも
折角歳上を頼ってくれているんだから。ちょっとした、あてのない希望1つでも言いたいじゃない?
「諦めるには早いんじゃない?」
「え?」
「SCRには特秘事項があるよね。俺たち特異生物にバレちゃいけないような事」
「う、うん」
「その中に優也のお父さんの研究の話があった。それは多分、優也の戦意喪失を危惧してだったのもあるだろう。父親のために戦う優也の戦意を削がないためにね。てことは、SCRは俺たちの戦意を削ぐような事実をまだ何か隠してるかもしれない」
「……それって!」
海美ちゃんが目を見開く。
「海美ちゃんのお姉さんがなぜ海美ちゃんを突き飛ばし、自分だけは逃げたのか。その理由もわかるかもしれないね」
「じゃあ今すぐにでも司令部に!!」
「ちょちょ、ちょっと待った海美ちゃん!!」
焦ったように突然立ち上がる海美ちゃんをなんとか抑え、テーブルに着かせる。
「あくまで予想だしあっても特秘事項だ。教えてくれるわけがない」
「……っ!!」
「でも手がないって訳でもないよ」
しょげて落ちた肩はそのままに、視線だけがかち合う。なるべく明るく、いつも通り笑って見せた。
「俺たちの戦意を削ぐから隠されてる。なら、戦いのあとならわかるんじゃない?」
「戦いの……後?」
「そう。要は、すべての特異生物を完全に焼却して、完全に平和が戻った時。戦う必要がなければ戦意を削ぐって話はなくなるでしょ?SCRにとって、もう何も隠す必要はない」
……まぁ、戦意を削ぐからってだけじゃないだろうけど、仮説としては十分だ。
「戦いに勝てば、知る事ができる?」
「かもしれない、ぐらいだけど。でも悪い話じゃないでしょ?」
仕方ないけど俺たちは相変わらず、微かな希望だけが頼りだから。
「そっか」
でもこんな下手な希望でも、海美ちゃんの瞳は確かに光が差した。……ような気がする。年長者として何かできたかな、多分。
「うん。きっとそうだ。それと……優也に謝らないと」
「え?」
「色々。また迷惑かけちゃったし。言い出すタイミングがまた難しいけど」
「あぁ、アイツはなんだかんだで優しいから、気楽にね」
カチッ
「あ、お湯できたみたい」
「おぉ、海美ちゃん座ってて。俺淹れるから」
「えーと、そしたら私クッキーお皿に取り出そうかな」
「あれ、ご飯食べない方がいいんじゃないの?」
「なんかお腹空いちゃったの。秘密ね」
そっかそっか、と笑いながら二つのカップにお湯を注ぎ入れ、紅茶のティーパックをそこに浮かせて3分ぐらい待つ。狛華ちゃんのクッキーは特別紅茶に合うって聞いたし楽しみだなぁ。あ、そうだそうだ。
「海美ちゃん砂糖かミルクいる?」
「あーお砂糖少し入れたいな。そこの棚の赤い蓋の瓶に入ってるからとってもらってもいい?」
「合点承知〜」
指差された方向にあるキッチンの棚から赤い蓋の瓶をピックアップし机に戻る。紅茶の香りがふわっと漂って緩んだ空気に温度を与えていく穏やかな時間だ。遅い時ってのもあるけど微睡んだ空気につい眠気を誘われる。あ、そうだ、せっかくなら優也も呼んでやろうか。1人寂しい夕飯だろうし。もう海美ちゃんも大丈夫そうだし。
すると海美ちゃんがクッキーを乗せた小さなお皿を配膳してくれる。
「お待たせ〜クッキーもってきた……って、何で塩?」
「え?」
「これ塩だよ。青い蓋でしょ?砂糖は赤い蓋」
「え……え!?」
ゴジゴシゴシと目を擦る。さっきピックアップしてきた手元の瓶は確かに青色の蓋だ。海美ちゃんが言うに塩が入った瓶なんだろう。あれぇ?確かに赤い蓋の瓶を取ったと思ってたんだけど。ボケてたかな。
「ごめんごめん。ちょっと目がボケてた」
「歳?」
「海美ちゃん?泣くよ?」
ガサガサ、ガタン
「「え?」」
突然聞こえた音。何かビニールのものが……扉にかけられたのか?部屋の入り口から音が聞こえてきた。海美ちゃんと目を見合わせ扉の方へ行く。
内側に何かあったわけじゃあるまい。何かあったなら外側。ガチャ、とゆっくり開ける。
「誰もいない……ね?」
海美ちゃんが周りを見渡すが人影は見当たらない。その代わりに下の方からガサっとビニールの擦れる音がした。見るとドアノブにビニール袋が引っ掛けられている。
「ビニールだ。なんだろ」
「中何か入ってるね」
中身を取り出すと深さ5 cmぐらいのプラスチック容器に果肉がところどころ浮いている美味しそうなゼリーが入っている。おまけに保冷剤付き。
「あ、メモ落ちたね」
「え?あぁ本当だ。なになに?『りんごの摺り下ろしゼリー作ったから、食べられるなら食べてもいい。いらなかったら捨てろ』だってさ」
「りんごの摺り下ろしゼリー?いらなかったら捨てろって……この言い方」
ふふっと海美ちゃんが笑い、俺もクスクスと笑う。海美ちゃんがふと何かを思いついたかのようにキッチン入って戻るとその手には小さなスプーン。ゼリーを手に取り止める間もなくゼリーを一口パクッと食べてしまった。顔を見合わせ、コクリと頷きテレパシーのごとくお互いの意図を理解する。
「あーー誰だろ!?こんな美味しいデザート用意してくれる人!!」
「ねーー!誰だろうね!きっとりんご好きに違いない!」
海美ちゃんの元気な声が廊下に響く。耳のいい盗み聞きの犯人には丸聞こえであろう被害届代わりの叫び声は、きっと今頃犯人を焦らせているところだろう。なけなしの負け惜しみがここまで効くとは。言ってみるもんだ。
一段と明るい高い声の戻ってきた夜は静かに、けれど確かにここ一ヶ月とは違う空気となって更けていった




